Timoleon

ティモレオン

　　プルターク英雄伝、河野与一訳、岩波文庫、1952。

　コリントスの人。コリントスとシチリアは近縁であり、かつ、シラクサは独裁制をめぐって揉めていた。
　シラクサの独裁者ディオニシウス（＝二世）は、ディオンに追放された後、元の地位に復帰した。優秀な人々は、近郊レオンティノイのヒケテスの下に逃れた。
　カルタゴの大艦隊がシチリアを包囲した。シチリアは同族のコリントスに援助を求めた。しかし、ヒケテスは、コリントスはやがて内患で援助を引っ込めると判断して、ひそかにカルタゴと内通した。
　当座、コリントスに問題はなかったので、要請を受けてティモレオン（＝Timoleon）を派遣した。ティモレオンはティモデモスの子で、聡明で、勇敢で、独裁を憎んでいた。兄ティモファネスも武勇の人だが、ひそかに独裁制を目指す所があり、弟は兄の短所をよく隠していた。
　コリントスはかつてアルゴスと同盟を結んでいたが、裏切られて、危うく亡国の窮地に立たされた。そこで、今度は四百人の傭兵を雇い、ティモファネスを長官とした。しかし、ティモファネスは傭兵を悪用して、すぐ独裁制を敷いた。ティモレオンは思い直すよう説得したが、兄は愚弄した。ティモレオンは義兄アイスキュロス、友人オルタゴラスを伴って説得した。ティモファネスは三人を嘲笑ったので、ティモレオンは下がって涙し、他の二人が剣を抜いてティモファネスを殺した。
　コリントスの有力者はティモレオンを賞讃したが、屈従に馴れた人はこれを卑しんだ。母親までが家を閉ざしたので、ティモレオンは悲観に暮れた。断食して死のうとしたが、友人らがそれを許さなかったので、田舎に退いて暮らした。
　理性と感情とを比べれば、理性の優越を認めねばならない。かつて、プラトンの仲間のアリステイデスがディオニシオス一世に娘を所望された時、独裁者の妻にするくらいなら娘の死体を見る方がましだと答えた。ディオニシオスがアリステイデスの子らを殺し、まだ同じ意見かと問うと、心を痛めるが言葉に悔いはないと答えた。
　ティモレオンは兄を殺した心痛から、二十年もの間、隠棲生活を行った。しかし、シチリアからの要請を受けて、市民が投票を行った結果、将軍に担ぎ出された。市民を代表して、テレクレイデスは言った。「あなたが立派に戦えば、我々はあなたが独裁者を殺したと見るし、見苦しく戦えば、兄を殺したと見るだろう」
　出航前に、ヒケテスから牽制する手紙が届いた。すでにカルタゴに包囲されているので無駄である、というもの。その魂胆が読めたので、コリントスの人はなお出航を急いだ。
　ペルセフォネの女官は夢見で、女神らがティモレオンに伴うと語った。ティモレオンがデルフォイでアポロン神殿に参ると、勝利の女神像を飾るリボンが落ちて、ティモレオンの頭にまつわった。それは、神から冠を受けたように見えた。
　十隻の船を率いて出帆したが、天が裂けて火が降り、その火は目指す所に向かった。そもそもシチリアは、ペルセフォネの略奪が行われた場所である。
　途上で、情勢の変化があった。ヒケテスがディオニシオスを破ってシラクサを占領、カルタゴ艦隊はこれを守ってシチリアを封鎖した。さらに、カルタゴ艦隊は対岸のレギオンでティモレオンを迎え、言葉巧みにコリントスへ引き返すよう説いた。
　カルタゴ艦隊は二倍近くあったので、ティモレオンも上辺は従った。しかし、友邦レギオンの議決を待つと加えた。レギオンも、対岸がカルタゴに支配されるのを望まなかったので、策に乗った。カルタゴ陣の見守る中で、レギオン市民、ティモレオンは演説をした。その間、コリントス兵は出港準備をした。全艦出帆して、最後にティモレオンが乗り込み、カルタゴは遅れを取った。
　ティモレオンはシチリアのタウロメニオンに着き、アンドロマコスに迎えられた。これは、史家ティマイオスの父である。
　カルタゴの人は三段櫂船でタウロメニオンに使者を出し、コリントス勢を追い出さなければ町がこうなるぞと、下に向けた手をひっくり返して脅した。タウロメニオンは、さっさと出て行かなければ船がこうなるぞと、下に向けた手をひっくり返して答えた。
　シラクサの不幸はここに極まった。海はカルタゴ、町はヒケテスが占領し、ディオニシオスは砦に立て籠もっていた。かつてシチリア解放の為に来たカリッポス、フアラクスも失敗したので、人々はティモレオンにも期待しなかった。
　しかし、東岸のアドラノンだけは、ヒケテス派とティモレオン派とに分かれて分裂し、両方に使者を送った。ヒケテスは五千を率いて駆け付けたが、ティモレオンは千二百、しかも、距離も遠かった。初日は野営したが、二日目は急いだ。しかし、夕暮れには、ヒケテスが町に着いたと知らされた。先頭の小隊長は、ここで兵士に休息させ、次の戦闘に備えさせようとした。ティモレオンはむしろ全速力で進み、今しがた行進を止めて、食事や天幕の準備をしている敵を襲うべきだと説いた。そして真っ先に進んだので、兵士らも続いた。その距離は、３０スタディオンも無かった。敵は混乱に陥り、死者三百、捕虜六百を残し、ほかは逃げ去った。アドラノンは門を開いて、ティモレオンを迎えた。
　これは良い幸先となり、方々の町がティモレオンの味方となった。カタネーの独裁者マメルコスが同盟を結び、ディオニシオスまでがティモレオンを頼みとした。兵四百を差し向けると、ディオニシオスは兵二千、武器七万とともに投降した。生まれて初めて謙遜な様子を見せたので、コリントスへ送られた。
　ディオニシオスはもっとも栄華を極めた独裁者でありながら、ディオンとの戦争以後は、辛い事の方が多かった。息子らは殺され、娘らは辱しめられ、妻が多くの兵士に凌辱され、その子らとともに海に捨てられるのを眼で見た。
　ディオニシオスがコリントスに着いて、これに興味を示さないギリシア人はいなかった。何しろ、シチリアの独裁者だった人物が、魚市場の回りをうろつき、香油の店先に座り、水の混ざったぶどう酒を酒場で飲み、遊女たちと人前で悪口を言い合っている姿ほど、運命の働きを示すものはなかった。ディオニシオスのそういう振る舞いは、もともと呑気で道楽好きだったからとも、野心を持っていないように見せる為だったとも言われる。
　ディオニシオス二世はプラトンとも交際があった。ある人がからかって、プラトンの知恵からどんな利益を受けたのかと聞くと、「こうやって、運命の変化に耐えている」と答えた。気の利いた人が、ディオニシオスの新居に入るのに、独裁者の家に入るように着物を振って見せると、（独裁者は暗殺を警戒するので、武器を持たない証拠にそうする）「出て行く時にもそうして貰いたい、中の物を盗まなかった証拠に」と答えた。
　プラトンはすでに亡くなっていたが、ディオゲネスは生きていた。ディオゲネス、「ディオニシオスよ、何とあなたにふさわしくない生き方をしているのです」　ディオニシオス、「不運な私に同情して下さるのは有り難い」　ディオゲネス、「そうじゃない。独裁者として孤独に生きれば良いのに。ここに来て楽しんで、贅沢をしながら、我々と暮らしている」
　さて、ティモレオンはシチリア上陸後５０日にして、シラクサのアクロポリスを占領した。これに力を得て、コリントスは２２００の兵を送ったが、カルタゴ艦隊に阻まれて渡航できなかった。軍はトゥリオイに駐屯したが、暇を無駄にせず、この町を自国のように守った。
　ヒケテスはシラクサのアクロポリスを包囲して兵糧攻めにした。また、アドラノン駐留のティモレオンに刺客を二人送った。犠牲式を行う神殿に、二人はうまく潜り込んだ。ところが、刺客の一人はならず者だった。神殿の中に、かつてその男に父親を殺された兵士がいた。兵士は親の仇とばかりに、それを刺客と知らずに切り付けた。これを見た刺客の片割れが、すっかり肝を潰して、ティモレオンの前に出てすべてをぶち撒けた。居合わせた人すべてが、運命の巧妙さに舌を巻いた。
　刺客と知らず、父の仇を取った男は十ムナの褒美を貰った。長く漏らさずにいた怨みを、ここぞという時に一気に片付けた事も驚嘆された。
　運命がティモレオンに味方しているのを見て、ヒケテスはカルタゴの将軍マゴンに全軍を率いて出るよう頼んだ。マゴンは百五十の艦隊を率い、シラクサに六万の兵を上陸させた。いよいよ、シラクサは蛮族に支配されたかのように見えた。アクロポリスのコリントス軍は窮地に陥った。
　ティモレオンはカタネーからアクロポリスに食糧を送った。カルタゴ艦隊は、カタネーを占領すべく出港した。アクロポリスの将ネオンは、残った兵が弱小なのを見て、海に面したアクラディネを占領した。これで、補給は自由になった。出航したカルタゴ艦隊は途中でアクラディネ陥落を聞き、急いで引き返したが、挽回は出来なかった。
　これまでの幸運は、知恵と勇気によるとも言えるが、ここから先は幸運としか言えない。トゥリオイ駐留のコリントス軍は、カルタゴ艦隊と荒天に阻まれて動けなかった。そして、やむなく陸路でレギオンを目指した。カルタゴの提督ハンノーは無柳ﾐﾐﾍﾝに任せて、ギリシアの楯で艦船を飾り、対岸の援軍は片付けたと見せかけて、アクロポリス側を落胆させる心理作戦に出た。コリントス軍がレギオンに着くと、海は凪いで、カルタゴ艦隊も出払っていた。さっそく出航し、馬は舷側を泳いでついて来させた。
　援軍は、ティモレオンに迎えられた。全四千の部隊は、メッセネを占領し、さらに、シラクサへ向かった。
　シラクサの入り江は鰻が多く、両軍とも暇に任せては、この鰻を取っていた。お互いギリシア人で、戦場を離れた入り江では、敵味方で言葉を交わす事さえあった。コリントス側の兵士は口説いた。「本当ならば、シチリアはギリシアの前衛となるべきだ。そもそも、ヘラクレスの柱の向こうの連中が、わざわざヒケテスの為に危険を犯して来るものか」　この話が陣営に広まったので、マゴンは疑心暗鬼に陥った。そして、恥ずべき事にヒケテス支援を途中で捨て、リュビアへ出帆した。
　翌日、ティモレオンは到着した。人々は、マゴンの臆病を笑った。しかし、ヒケテスはシラクサの要所を固く守った。ティモレオンは部隊を三つに分けて攻略した。ヒケテスは潰走し、町は陥落したが、ティモレオンの部下が一人も傷付かなかったのは、その戦略よりも幸運の故と見られた。
　シラクサの主となったティモレオンは、ディオンの過ちを犯さず、その建築が美しいからと言って見逃さず、独裁者の宮殿や墳墓を破壊した。そこを均した上に法廷を立てて、市民を喜ばした。
　シラクサの市民は、戦争と亡命によって、数が少なくなっていた。市会の広場には馬が飼われ、町中には鹿や猪がうろつき、狩りが楽しめるほどだった。ティモレオンとシラクサ市民は、コリントスに植民を要請した。
　マゴンは自殺した。カルタゴ軍はその遺体を磔刑にした上で、再びシチリアへ侵攻するとの噂があった。
　要請を受けたコリントスは、これを領土拡大の好機とせず、シラクサの亡命者が帰還するようギリシアとアジア各地に呼び掛けた。そして、それが一万人に達してから、コリントスの船と指揮官によってシラクサへ送った。これは、ギリシア中の賞讃を受けた。
　ティモレオンを慕って、イタリアとシチリアから六万人が集まっていた。ティモレオンは彼らに土地を分配したが、それでも市民には武装する余裕がなかった。そこで、市民は、市内に残る立像に有罪宣告をして、これを売り飛ばした。独裁者の中でもゲロンのみ残したのは、ヒメラの戦いでカルタゴに勝利した為である。
　シラクサは活況を呈したので、ティモレオンはシチリア全土を解放すべく転戦を志した。ヒケテスはレオンティノイで一私人に収まり、アポロニアを解放して、そこの独裁者レプティネスをコリントスに送った。さらに、デイナルコス、デマレテスを派遣して、シチリア島内でカルタゴ勢力下にある町を解放した。
　カルタゴは七万の兵、二百の軍艦、千の貨物船を率いて、シチリア西部リリュバイオンに入港した。シチリアからギリシア人を一掃する目的である。シラクサにこの報せが入ると、ティモレオンとともに武器を持って立ち上がったのは、数万のうち三千人に過ぎなかった。ほか、傭兵が四千いたが、うち千は怖じけづいて逃げた。ティモレオンは挫けず、臆病者が戦争を前に逃げ出したのは喜ばしい事と、残った者を励ました。
　進軍中に、パセリを運ぶら馬に出会った。島では墓前にパセリを捧げる習わしなので、兵士らは恐れた。ティモレオンは説いて、コリントスではパセリは勝利の冠だと勇気づけた。それは事実で、松の葉に変わったのは最近である。さらに、ティモレオンはパセリを取って、それを冠として戴いたので、兵士らもそれに習った。
　時は初夏、川から上がった霧が平原を覆った。コリントス軍が丘に上がった時に、太陽が昇って靄が晴れた。カルタゴ軍は、クリメノス川を渡っていた。四頭立て馬車、白楯部隊、さらに様々な民族の部隊がそれに続いた。ティモレオンはその河が、敵の大部隊を中断し、片付けるのに都合の良い人数分だけ渡しているのを見た。配下のデマレトスに騎兵隊を率いて、渡ったばかりの敵兵を襲うよう命じた。ところが、戦車部隊が河原を擁護して近付けない。そこで、自身が先頭に立って正面攻撃を加えた。
　カルタゴ軍も、最初は持ち応えた。しかし、剣技もたけなわの頃、山手で突風と雷雨が起こった。それは、ギリシア軍の背中を励まし、カルタゴ軍には正面から吹き付けた。カルタゴは重い武装の為、身軽な行動が取れず、泥に足を取られた。いったん倒れた者は、ぬかるみに足を取られて立ち上がる術がなかった。さらに、クリメノス河が増水によって決壊した。低地にいたカルタゴ軍は水に呑まれた。ギリシア軍がカルタゴの先陣四百を倒せば、本隊も潰走した。平原で追い付かれた者は殺され、川までたどり着いた者は水に流された。一万の死者のうち、生粋のカルタゴ人が三千もいた。これは、由緒あるカルタゴに取っては大敗北である。
　鎧一千、楯一万、戦車二百が戦利品となった。兵士らは鉄や青銅には構わなかったほど、金や銀製のものが多かった。みな略奪に忙しく、勝利の標柱が立ったのは戦闘後三日たってからである。
　戦利品の中で一番立派なものを、ティモレオンはコリントスへ送った。
　ティモレオンは傭兵に旧カルタゴ領を略奪させ、自身はシラクサに帰った。厭戦した千の傭兵はイタリアへ送還したところ、ブルッティウムの人に殺された。
　カタネの独裁者マメルコスとヒケテスとは、嫉妬からカルタゴと同盟を結んだ。そして、シチリアから手を引くつもりがないならばと、援軍を要請した。前３３８、ギスコーが艦七十を持って来航した。この時、カルタゴ軍は始めてギリシア傭兵を採用した。
　カルタゴ軍はメッセネに集まり、ティモレオンからの派兵四百を殺した。さらに、イエタイに伏兵を置いて、レウカスのエウテュモスの兵を全滅させた。この事件は、ティモレオンの幸運を加筆させた。というのは、これらの兵隊は、かつて神殿略奪をして忌み嫌われていたところ、ティモレオンに拾われたのである。神はティモレオン全軍を罰さず、その中から罪ある者だけを選んで滅ぼしたので、ティモレオンは神に注意深く見守られているように見えた。
　それでも、独裁者の兵力は大きかった。毒舌家のマメルコスは、シラクサ市民への挑発を繰り返した。ティモレオンがカラウリア侵攻を行っている隙に、ヒケテスはシラクサに侵入して略奪、破壊、暴行を行った。これを追ったティモレオン軍は、将校の先陣争いで、かえって統制が乱れた。ティモレオンは渡河に先立ち、将校らの指輪を預かり、それを上着に包んだ上でひとつを取り出した。それは偶然にも、勝利の標柱が刻まれていた。兵士の意気が上がり、順を待たずに渡河して、敵一千を殺した。
　ティモレオンはレオンティノイに出撃し、ヒケテスとその息子を生け捕りにして、殺した。騎兵隊長エウテュモスは、嘲弄によってコリントス人から憎まれていた。彼はコリントスの介入を、「女が来ただけだ」と嘲っていた。命の取り合いは戦争の常で仕方がないが、この嘲弄によって憎しみを受けて死刑となった。
　シラクサ民会は、ヒケテスの部下、妻、娘を死刑にした。これは、ヒケテスがディオンの妻子を海に投げ捨てた事への復讐である。
　ティモレオンはカタネを占拠するマメルコスを攻めて、二千を殺した。その中には、ギスコー率いるカルタゴ軍も含まれた。カルタゴはティモレオンと講和を結び、シチリア西部はカルタゴ領とする事、領民の移動は自由にする事、独裁者と協力しない事を約束した。
　マメルコスはメッセニアの独裁者ヒッポーンを頼った。ティモレオンは海陸両方からメッセニアを攻めた。ヒッポーンは船で逃げる所を捕えられ、市民らは子供達まで集めて、独裁者の死刑という見世物にして苦しめて殺した。マメルコスは、裁判を受けるという条件で降伏した。そして、シラクサの民衆の前で演説を始めたが、とても聞いて貰えないと悟り、劇場を走って壁に頭をぶつけて死んだ。
　ティモレオンは次々と独裁者を片付けたので、シチリアは教化されて住み良い所になった。アクラガス、ゲラの町に、配下の将校が兵や故郷の人を植民させた。戦争中も、それらの町には安全を保ち、あれこれ設備を整えたので、軍は町の建設者のように慕われた。
　同時期のペロピダス、エパメイノンダス、エジプト遠征のティモテオス、アジア遠征のアゲシラオスらの功績には、無理や強制が付きまとっている。ティモレオンの業績は、兄との事さえなければ神に愛でられているように見える。アンティマコスの詩やディオニシオスの絵には努力した跡が伺われるが、ニコマコスの絵やホメロスの詩には、力や美が備わりながら、軽く仕上げたように見える。ティモレオンの業績は楽なように見えて、見る人には勇気の賜物と取れる。
　ティモレオンはシラクサに停まり、市民が与えてくれた家に住んだ。家族も呼び寄せ、政治上の争いにも陥らなかった。その幸福は、何万もの市民が自力で幸福になるのを見る事であった。
　民主制に、誹謗者は付き物である。ティモレオンにも、ラフュスティオス、デマイネトスという者が攻撃を加えた。ラフュスティオスがティモレオンに出頭を要請した時、ティモレオンは市民に騒ぐ事を許さなかった。彼が労苦を犯したのは、シラクサ市民が法律の恩恵に浴する為だからだ。
　デマイネトスが民会でティモレオンの指揮について弾劾を行った所、ティモレオンは反論せず、眼をつぶり、かつてシラクサの人が言論の自由を行使するのをこの眼で見たいと祈った神に、感謝を捧げるばかりであった。
　たった八年でシチリアを解放したティモレオンは、当時のギリシア人でもっとも大きい功績を残したと評価される。晩年、視力が弱まり、失明に到ったのは、運命ではなく、遺伝によるものである。その家系には、晩年に視力を失う者が多くいた。
　ティモレオンはこの不幸を悲観せずに耐えた。シラクサ市民も、盲いた偉人に感謝と尊敬を捧げ続けた。市民はこの家をよく訪問し、旅人は必ずここに案内し、恩人の逗留を誇った。シラクサ民会は、ふだんの会議はともかく、重大な案件がある時は、必ずティモレオンを招待した。彼が馬車で来ると、民会は歓迎の挨拶をする。その上で、各人の意見を聞いてから、自分の意見を述べる。そしてまた、拍手をもって送られる。さらに、シラクサ民会は、外国との戦争時には、コリントスの人を将軍に立てると決議した。
　晩年は、全市民の父として過ごした。老齢で亡くなり、葬儀には何万もの男女が冠を被り、衣裳を浄めて葬列に加わった。その嘆きや涙は、形式ではなく、真の感謝と追慕によるものである。その棺は焚火の上で焼かれ、以後は音楽と馬術と体育の競技で追善する事が布告された。
　墳墓の近くには体育館を建て、ティモレオンティオンと名付けた。

寸評
　コリントスとテバイは、けっこう侮れないです。

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