テセウス
プルターク英雄伝、河野与一訳、岩波文庫、1952。
テセウス（＝Theseus）はアテナイの建設者である。
テセウスの父は、エレクテウスに遡る最初の移住者、母は子沢山の王ペロプス
の子孫にあたる。
アテナイ王アイゲウスは子供を欲しがった。そこで、ピッテウスは娘アイトラ
を娶合わせた。アイトラは身重になったが、王弟パルラスは子沢山で、地位を伺っ
ていた為、アイゲウスは息子の存在を隠した。一説では、洞窟に剣と靴を置いて、
岩で蓋をし、息子が自力で岩をどけられるようになるまでは会いに来させるなと
命じたという。
少年の頃には、体力、知恵、勇気も人一倍に育ったので、アイトラは息子を洞
窟に案内した。テセウスは岩を持ちあげ、しるしの品を取った。母は海路を勧め
たが、息子はあえて危険な陸路を選んだ。当時、アテナイまでの陸路は、山賊や
追剥が多くて危険であった。
当時の人間は、腕力や体力や俊足を誇り、それを社会の役に立てず、その手中
に陥った人を過酷に扱って、正義だの公平だの慈悲だのというのは女々しい人間
のいう事だとされていた。ヘラクレスが退治したのは、そういう類の人間である。
ところが、ヘラクレスのリュディア滞在が長かった為、ギリシアは再び不穏な状
態になった。テセウスはヘラクレスの武勇に憧れていたので、あえて陸路を選ん
だ。
血筋から言っても、この二人は又従兄弟である。ヒッポダメイアとペロプスの
間に生まれた姉がリュシディケで、弟がピッテウス。リュシディケの娘アルクメ
ネがヘラクレスの母であり、ピッテウスの娘アイトラがテセウスの母である。テ
セウスは、ヘラクレスがいたる所で悪人を退治したのに、自分が安全な海路を行
くのは恥と考えた。
エピダウリアでは、棍棒使いのペリフェテスと闘い、これを仕留めた。この棍
棒は気に入ったので、終生これを愛用した。イストモスでは、ピティオカンプテ
オス（＝松を橈める人、という意味。旅人の両足を橈めた二本の松に結び、裂い
て殺した）と呼ばれるシニスを、同じ方法で殺した。シニスには、ペリグネとい
う背の高い美しい娘がいた。娘はストイベやアスパラガスの茂みに隠れたが、テ
セウスが害は加えないと誓ったので出てきた。そして、テセウスと一緒になって、
メラニッポスを産んだ。メラニッポスの子孫はカリア植民となり、ストイベやア
スパラガスを焼き払わず、尊重する風習を伝えた。
クロンミュオンの猪ファイアを殺したが、別な説では、ファイアとは女賊で、
猪と仇名されていたとも言われる。
メガラではスケイロンを殺した。この者は、傲慢にも旅人に足を洗えと命じ、
洗ったところを蹴って海に突き落としていた。エレウシスでは、相撲取りケルキュ
オンを相撲で倒した。
ヘルメウスでは、プロクルステス（＝引き伸ばす人）と仇名されるダマステス
と闘い、この人が旅人にしてきたように、背丈を無理に寝台と同じ丈にして殺し
た。
ケフェソスまで来て、やっとこの町で歓迎を受けた。犠牲式を挙げ、饗宴を受
けたが、それまでは、こういう人情を持つ者に出会わなかった。
アテナイに着くと、アイゲウスはすでに老いていた。アルゴー探検隊のイアソ
ンの女であったメディアが、薬草を使うので老王に取り入っていた。テセウスは
面会を求め、メディアは王に毒殺を勧めた。肉を勧められて、テセウスはしるし
の剣で肉を断った。王は相手が息子と知り、毒を盛った皿を庭に投げ捨てた。
アイゲウスは居合わせた市民に、改めてテセウスを息子と紹介した。
王弟パラスの子らは、王位継承の望みを持っていたので、テセウスに我慢がで
きず、蜂起した。それが二手に分かれて、アテナイを攻めた。伝令のレオスが寝
返ったので、テセウスは待ち伏せ部隊を討ち取った。それを聞いて、もう一方の
部隊も散りぢりになった。
テセウスは民心を得る為、マラトンの牡牛退治に出かけた。そして、これをア
ポロン神殿に捧げた。
その頃、アテナイはクレテに対して、男女の貢ぎ物をしていた。
クレテ王ミノスは有力で、息子がアッティカで死んだのは謀り事によるものだ
と恨み、たびたび戦争を仕掛けた。また、天災にも見舞われた。アポロンの神託
は、九年ごとに若い男女を七人づつ差し出せと命じた。この若者たちは、ラビリ
ントスに迷い、牛頭のミノタウロスに殺されたと伝えられる。
クレテの人はこの伝説を認めず、ラビリントスはただの牢獄で、競技の優勝者
にこの若者たちを与えたと伝えている。ミノス旗下のタウロス将軍がよく優勝し、
この若者らを過酷に扱った所から生まれた伝承としている。
神託から十八年目、三度目の貢ぎ物を迎える使者が到着した。年頃の子供を持
つ父親は籤を引く為に集まったが、王であるアイゲウスが、子供のいないのを良
い事に、今までこの不運を免れていた事が非難された。テセウスはこれを聞いて
心を傷め、自分が貢ぎ物になろうと名乗り出た。
テセウスは、ミノタウロスを倒せば済む事だと父を元気付けた。父は出帆に際
し、息子が無事なら白い帆を、そうでないなら黒い帆を上げて帰れと命じた。
クレテに渡ったテセウスは、ミノスの娘アリアドネの愛を得た。彼女から麻糸
を授かり、ラビリントスでミノタウロスを倒し、迷わず抜け出し、アリアドネと
若者たちを連れて帰った。
一説では、テセウスはクレテ艦隊の船底に穴を開けて追って来れないようにし
たと言う。また、一説では、ミノス旗下のタウロスが、海戦でテセウスに敗れた
のだと言う。
また、別な説では、テセウスはクレタの競技への参加を許され、相撲でタウロ
スを泥まみれにしたと言う。また、アリアドネに見初められたのも、その席だと
言う。
より政治的な説によると、クレテの彫刻家ダイダロスがアテナイに逃げ込んだ。
ミノスが引き渡しを求めだが、テセウスはこれは身内に当たるので断った。テセ
ウスは隙を衝いてクレテ港に入り、ラビリントス門の会戦で勝利した。ミノスは
失脚し、娘のアリアドネが政権を見たので、これと和議を結び、アテナイとクレ
テの友好を確立した。
帰路、アテナイに近付いたが、テセウスも仲間も喜びの余り、しるしの帆を忘
れていた。それを見てアイゲウス王は、絶望して崖から身を投げて死んだ。
ところで、男女七人づつの貢ぎ物を連れてゆく際、テセウスは友人の中で、特
に容姿の美しい者を二名選び、日陰で生活をさせて、身を飾り、残り五人の娘に
交えて、それで通させた。勝利を記念してオスコフォリアの祭が祝われたが、ぶ
どうの枝を持つのはこの二人の役目である。また、祭に、食べ物を運ぶ女が加わ
るのは、籤に選ばれた娘の為に、その母親たちが食物を運んだ為である。母親ら
は娘を慰める為、お話を聞かせた為、祭でも、お話が披露される。
アイゲウス亡き後、テセウスはアッティカの部族をひとつにまとめた。これま
では紛争の絶えなかった部族をひとつの民族とした。さらに、王のいない民主制
を保証し、自分は戦争の指揮と法律の擁護にのみ回ると宣言した。各部族の議事
堂を廃止して、ただひとつの議事堂を作り、街をアテナイと名付けた。
テセウスは諸民族を集めた上で、それを貴族、農民、工匠に分けた。職務は異
なっても身分は同じである。ホメロスもアテナイ人のみは、デモス（＝民衆）と
呼んで、ひとまとめにしているから、この区分に階級差はない。
テセウスは始めて貨幣を鋳造し、それに牡牛の刻印を押した。ゼウスを讃える
為にヘラクレスが始めたオリンピア競技の向こうを張って、ポセイドンの為にイ
ストミア競技を行った。
テセウスが黒海に遠征し、女だけの戦士集団アマゾンを討ったのはヘラクレス
の後であるが、その地の女王アンティオペを娶った。ところが、同僚のソロエイ
スがアンティオペに恋慕し、撥ねつけられて死んだ。テセウスは神託に従い、そ
の地に町を作り、ソロエイスの兄弟を統治者とした。
これが反感を招いて、アマゾン族がアテナイ市街まで侵攻した。市内で白兵戦
が演じられた証拠が残っている。やがて、アマゾン族とは和議が成立した。
テセウスの武名はとどろいたが、ペイリトウスはそれに挑戦しようと、テセウ
スの牛を盗んで待ち構えた。向き合った二人は、互いの勇姿に感じ入った。ペイ
リトウスが牛泥棒の審判になれと言うと、テセウスは相手の無罪を宣告した。
ペイリトウスはヒッポダメイアと結婚し、その披露宴にテセウスも招かれた。
ケンタウロス達も招待されたが、酔って女たちに無礼な振る舞いをした。テセウ
スが助力して、ケンタウロス達を国外に追放した。
五十才になった時、テセウスとペイリトウスはスパルタに赴き、アルテミス神
殿で踊っている少女ヘレネを誘拐した。アルカディアまで逃げてから、籤を引き、
勝った方がヘレネを妻として、負けた方の結婚を助けると決めた。テセウスが勝っ
た。しかし、まだ結婚の年に達していないので、友人のアフィトノスに、自分の
母とともにヘレネを預けた。
ついで、ペイリトウスの嫁として、モロッソイ族の王アイドネウスの娘に目を
付けた。しかし、王は、ケルベロスと名付けた犬を飼っていて、娘の求婚者には
これと戦わせた。ペイリトウスは犬に喰い殺され、一緒にいたテセウスも牢につ
ながれた。
民衆扇動家のメネステウスは、アテナイの民衆がどこの馬の骨とも知れない奴
に従っているのはどういう事かと、テセウス弾劾を行った。これに、ヘレネの兄
弟カストルとポルクスが加わり、妹の身柄引き渡しを求めた。ところが、テセウ
スもヘレネも町にはいない。ある人が、ヘレネはアフィドナイに匿われていると
教えたので、カストル、ポルクスらはアフィドナイを攻め落とした。
メネステウスの案内で、カストル、ポルクスはアテナイ入城を果たした。大軍
勢を率いたにも関わらず、誰ひとり傷付けなかったので、ふたりは星座に祭られ
た。
テセウスの母アイトラとヘレネとは、捕虜となってスパルタに連れて行かれた。
モロッソイ王アイドネウスのもとを、ヘラクレスが訪問した。その要望で、テ
セウスは釈放された。テセウスはその礼として、アテナイにある自分の領地の一
部をヘラクレスに捧げ、その名もヘラクレイオンと名付けた。
アテナイに戻ったテセウスは、すでに人望を失い、民衆が自分に従うどころか、
機嫌を取って貰いたがっているのを認めた。テセウスは、父の故領のあるスキュ
ロスへ出帆した。ところが、スキュロス王リュコメデスは、テセウスを恐れた為
かアテナイの機嫌を取ろうとした為か、土地を見せると言ってテセウスを島の高
地に案内し、そこから突き落として殺した。
当初、テセウスの死は問題にならなかった。メネステウスがアテナイの王とな
り、テセウスの遺児は他の人とともにトロイ戦争に参加した。しかし、メネステ
ウスの死後、王位を取り戻した。
ペルシア戦争の後、ピュティアの神託が下されて、アテナイの人々にテセウス
の遺骨を探すよう告げた。そこは、狂暴なドロペス族が支配しているので困難で
あった。にも関わらず、キモンはそれを志した。島を占領し、一羽の鷲が丘の頂
上を嘴でつつき、爪で引っ掻いているのを、神のお告げととった。そこを掘ると、
大きな棺と刀とが見つかった。それはアテナイに運ばれ、ギムナシオンの傍に葬
られた。十一月の八日には、テセウスの大祭があるが、他の月の八日も、テセウ
スの日として祝われている。
寸評
ボブ・ホープの西部劇「底抜け二丁拳銃」で、二本の樹をたわめて人を飛ばす
のを見たんですが、その起源がこんな所にあったとは！ （ちなみに、映画では、
靴が脱げて遠くへ飛ばされた）
紛れもなく、これは史実です。
トロイア遺跡が発掘されたという事は、ヘレネは実在し、その双子のオニーチャ
ンもまた実在し、とゆーことになります。星座があるのが、何よりの証拠です。