アレクサンドロス

　　プルターク英雄伝、井上一訳、筑摩書店、1966。

　父系はヘラクレスの子孫、父フィリッポス、母オリュンピアス。母は結婚前夜、雷が腹に落ち、そこから一面に火が燃え広がる夢を見た。
　フィリッポスがポテイダイアを占領した日に、アレクサンドロスは生まれた。同時に、別動隊を率いるパルメニオンが勝利し、オリンピア競技ではマケドニアの馬が勝利した。予言者は、三つの勝利とともに生まれた子供は不敗の人となると語った。
　アレクサンドロスの容姿は色白で、顔と胸には紅が指していた。眼に潤いがあり、首を左に軽く曲げる癖があった。
　子供の頃から節制の徳があり、性急で激情な行動も取ったが、肉体の快楽は斥けて、それに触れるのは非常に控え目であった。名誉を求めたが、何でも良いという訳ではなかった。足が速いのを褒めて側近が、オリンピア競技に出ればと問うと、「王たちが相手になるならば」と答えた。音楽や競技を好んだが、格闘技にはあまり賞を出さなかった。
　フィリッポスの留守中に、ペルシアの使節を迎えた。下らない事は質問せずに、ペルシアの国勢や民情を質問したので、使節は驚いて、フィリッポスの偉大さもこの子に比べればたいした事ないと言った。フィリッポスがどこかの街を陥落させると、自分の功績がなくなるとこぼした。総じて、富や快楽を求めず、勇気と名誉を求めた。
　テッサリアの人がフィリッポスの所へ馬を売りに来た。多くの人が試したが、荒馬で使えなかった。「下手で臆病だからって、あんな馬を置いとけないとは」と、アレクサンドロスはこぼした。そこで、乞われて試した。馬が影に怯えていると見たアレクサンドロスは、馬首を太陽の方に向けた。そして、始めは叱らず脅さず、馴れてきたと見て声を上げて腹を蹴った。下馬する息子をフィリッポスは涙ながらに迎えた。「お前にふさわしい王国を探せ、マケドニアにはお前の居場所はない」
　フィリッポスは息子の教育の為、アリストテレスを招いた。その為に、いったんは破壊したその故郷スタゲイラを再建した。
　首都ベラの近郊ミエザには、今もアリストテレスの腰掛けとか、散歩道とかが残っている。アレクサンドロスは特に、秘伝や口伝まで学び、ふたりの往復書簡も残っている。アレクサンドロスはこの師から医術を学び、身近な友人に治療や処方を施している。また、「イリアス」を戦術書としていつも身に携えていた。ほかに、エウリピデス、フィリストス、ソフォクレス、アイスキュロス等を好んだ。後に成長してからは、アリストテレスへの敬意は失われた。
　家庭教師には、ほかに、レオニダス、リュシマコスがいた。
　ビザンチンに遠征中のフィリッポスに代わり、アレクサンドロスは１６才で内政を掌った。
　対ギリシアのカイロネイア戦に参加し、当時最強のテバイ神聖部隊に最初に突撃して、これを下した。
　フィリッポスは老いて、酒や色事に溺れるようになった。また、母オリュンピアスが嫉妬深かった事が、アレクサンドロスと父との不和を助長した。
　フィリッポスは年の離れた娘クレオパトラと結婚した。花嫁の叔父アッタロスが、ここから世継ぎが生まれるようにと祈ると、アレクサンドロスは怒って、「貴様は私を妾の子と言うのか、悪党め」と盃を投げ付けた。フィリッポスは息子に向かって剣を抜いたが、幸いな事に足を滑らせて転んだ。アレクサンドロス曰く、「諸君、この人はヨーロッパからアジアへ渡る準備をなさっているが、椅子から椅子をまたぐ間に転んだ」　そう言い残して、家を出た。やがて、コリントスからの賓客デマラトスが、フィリッポスを宥めて事態を収拾した。
　カリア総督ピクソダロスがフィリッポスの子アリダイオスと縁籍を結ぼうとした時、父はその子の為に華々しい婚礼の準備をしたので、世継ぎが変更になるのかとアレクサンドロスは混乱した。そして、婿を自分にするよう画策した。しかし、カリア領はペルシヤの配下なので、そんなものを羨むようでは世継ぎに価しないと父は怒った。そして、アレクサンドロスの友人ハルパロス、ネアルコス、エリギュイオス、プトレマイオスらを追放した。彼らは後に、復位して厚遇されている。
　アッタロスに侮辱された青年パウサニアスが、フィリッポスを暗殺した。これには、オリュンピアスの差し金があったとも言われている。アレクサンドロスが犯人一味を追っている間、オリュンピアスはクレオパトラを自殺に追いやり、その子らを殺した。帰還したアレクサンドロスは、その処置を嘆いた。
　アレクサンドロスは二十歳で王国を継いだが、まわりの情勢は不安定だった。フィリッポスはギリシアを統一したが、混乱したままであった。アレクサンドロスは懐柔策を捨て、少しでも譲歩すれば総決起を招くと判断した。そこで、反乱や暴動を鎮圧して回った。ドナウではトゥリバロイ族に勝利し、テバイが離反すれば、アテナイが追随するより先に急行した。
　テバイを包囲して後、降伏勧告を蹴ったので、アレクサンドロスはこの街を占領、劫略、破壊した。そして、六千人を殺し、離反決議に反対した人を除いて三万人を奴隷として売った。
　何人かのトラキア兵は、淑徳で有名なティモクレイアの家を襲い、略奪した。隊長は彼女を犯し、さらに財宝を尋ねた。彼女は井戸に案内して、財宝はここに投げ込んだと教えた。中を覗く隊長を後ろから突き落とし、さらに石を投げて殺した。引っ立てられたティモクレイアは氏素性を尋ねられ、カイロネイアで戦死した将軍テアゲネスの姉妹と答えた。感心したアレクサンドロスは、彼女とその家族を自由な身分として解放した。
　アテナイはテバイの不運を悲しんだが、アレクサンドロスはこれと和解した。本人も、テバイ攻めの過酷さを反省し、ほかの街には温和に接した。さらに、テバイの生き残りの人で、大王に何か頼んで聞かれなかった人は一人もいなかった。
　ギリシアは連合し、アレクサンドロスの指揮の下にペルシヤに遠征する計画を立てた。コリントス会議の席、シノペのディオゲネスもここに滞在したが、顔を出さなかった。アレクサンドロスが訪ねると、日なたぼっこの最中。何か欲しいものはないかと尋ねると、陽射しを遮るからどいてくれと答えた。アレクサンドロスは心を打たれ、「もし私がアレクサンドロスでなかったら、ディオゲネスになりたい」と語った。
　遠征について、多くの前兆があったが、中でも不思議なのは、杉で作ったオルフェの木像が汗をかいた事だった。人はこれを凶兆と取ったが、アリスタンドロスは、これは多くの詩人や音楽家に汗や労苦を与える事、つまり、歌にうたわれるほどの功業がある事を意味すると語った。
　軍隊については、歩兵三万から四万、騎兵四千から五千。マケドニアの財産は戦費に使い尽くして出発した。ダーダネルス海峡を渡り、トロイでは、アキレウスの墓の前で競技をして祈りを捧げた。
　グラニコス川では、向こう岸の敵陣を前に強行渡河した。困難はあったが、対岸の幾つかを確保できた。大王の兜の両側には白い大きな羽根飾りがあり、楯も同様で、目立ったので、敵が殺到した。投槍を受けたが、怪我はなかった。敵将ロイサケスとスピトゥリダテスが同時に切り掛かった。スピトゥリダテスの剣は兜の飾りを壊し、大王の前髪を切った。黒のクレイトスがスピトゥリダテスを倒し、アレクサンドロスはロイサケスを倒した。
　この間にマケドニアの密集歩兵団（＝ファランクス）が川を越え、歩兵戦になった。ファランクス有利で、敵部隊は潰走した。ペルシヤ側死者は歩兵20000、騎兵2500、対するアレクサンドロス側は、全部で34人が死んだだけと伝えられる。
　この勝利により、サルディスは戦わずして降伏。ハリカルナッソス、ミレトスは占領。リュキアのクサントスにて、ペルシヤ支配の終焉を示す前兆があったので、さらに、打倒ダレイオスを目指して進軍を続けた。
　ピシディア、フリュギアを占領。ゴルディオンでは、結び目を解いた者が世界の王になるという伝説の紐を見て、それを断った。別の伝承では、紐の元を止める釘を外して、それから紐を解いたと言われる。
　さらに、パフラゴニア、カッパドキアを征服。有能な海軍提督メムノンの死を聞いて、さらに勇気を得る。
　ダレイオスは六十万の兵を率いて、スサを出発。同時に、アレクサンドロスは病を得てキリキアに休んだ。これは、ダレイオスを力付けた。
　名医フィリッポスが薬を勧めたが、同時に、この医者がダレイオスから金を貰っているという手紙がパルメニオンから届いた。アレクサンドロスはその手紙を誰にも見せず、隠した。フィリッポスが登場すると薬を貰い、その手紙を渡した。アレクサンドロスが薬を飲むのと、フィリッポスが手紙を読むのが同時。アレクサンドロスは晴れやかな笑顔で、フィリッポスは夢中で無実を訴えた。やがて、アレクサンドロスは昏睡状態に陥ったが、フィリッポスの介護で回復した。
　ダレイオスは地峡で迎撃する作戦を取ったが、マケドニア人参謀アミュンタスは、大軍で少数を討つにはと平原での待機を勧めた。しかし、ダレイオスは、敵の逃亡を恐れて、地峡にまで迎えに出る作戦に固執した。
　いざ地峡に入ると、そこが自軍に不利なのはダレイオスにも判った。急いで撤退しようとしたが、逆にアレクサンドロスは急いで攻撃した。両者は激突し、ダレイオスとアレクサンドロス自身も白刃を交え、ダレイオスはアレクサンドロスの腿に傷を負わせたが、戦闘ではアレクサンドロスが勝って１１万以上の敵を潰走させ、多くの財宝を捕獲した。浴場、寝台、食卓など、贅沢そのものだった。
　捕虜の中に、ダレイオスの母と妻と二人の娘がいた。アレクサンドロスは彼女らを哀れんで、以前と変わらない待遇を保障したのみならず、戦死者について望むままに葬礼を行い、さらに、名誉を汚す事のないように、軍中でも男子禁制の神聖な生活を送らせた。ダレイオスの妃スタテイラは、王妃の中でも一番美しいと評判だったが、アレクサンドロスは敵に勝つよりも自分に打ち勝つ事を善しとした。
　王族アルタバゾスの娘で将軍メムノンの妻であったバルシネーがダマスコスで捕えられた。パルメニオンの勧めによって、アレクサンドロスはこの身分の高い美しい女を側室に迎えた。結婚前には、バルシネー以外の女を知らなかった。
　多くの美少年が奴隷に落とされ、アレクサンドロスの下に送られたが、本人はこの処置を叱りつけた。また、配下の将校が敵兵の妻を犯した事につき、死罪を命じた。アレクサンドロスの手紙が残っている。「私はダレイオスの妃を見た事もないし、見ようとも思わないし、彼女の美しさについて語る事さえ禁じている」
　飲食についても、アレクサンドロスは節制であった。カリア女王アダは、多くの料理、多くの料理人を遣わしたが、アレクサンドロスはすべて断った。
　その一日は、早朝に犠牲式、そして朝食、狩猟、軍務、裁判、読書。行軍中で急がない時は、弓や車の練習をする。行軍後に入浴、皆で食事をするが、食事は不公平のないように気を配った。ただし、お世辞には弱かった。
　ついで、アレクサンドロスは海岸地方に矛先を向けた。キュプロス、フェニキアの王たちは、ただちに降伏した。テュロス包囲は七ケ月に及んだ。予言者アリスタンドロスは、この町は今月中に陥落すると言ったが、その気配はなかった。アレクサンドロスは予言者の顔を立てて、その日のうちに陥落させた。
　多くの戦利品は、母オリュンピアス、姉妹クレオパトラ、教師レオニダスらに贈った。
　エジプト征服の折りには、ここにギリシア風の町を建設しようと思い、ホメロスの一句から、それを離島ファロスに定めた。白墨がないので小麦粉で設計図を描いた所、海からも河からも、あらゆる種類の鳥がやって来て、その小麦をついばんだ。アレクサンドロスがこれに当惑していると、予言者は、この町は栄え、あらゆる人種を養うようになると語った。
　砂漠越えでは、渇きに苦しめられたが、にわか雨が降った。道に迷うと、鴉が先に立って道案内をした。
　フェニキアでは犠牲を捧げ、王たちを集めて競技を催した。
　ダレイオスから、捕虜の交換の申し出があったが、先延ばしにしていた。すると、ダレイオスの妃が出産が元で亡くなった。ダレイオスが嘆くと、使者ティレオスは、嘆くには及ばない事を繰り返し誓った。聞いてダレイオスは、天を仰いでペルシヤの繁栄を願った。「敗れてアレクサンドロスから受けた恩を、勝って返す事ができますように」
　ユーフラテス河の手前を支配したアレクサンドロスは、百万の兵を率いるダレイオスと対陣した。兵隊たちは遊びで、アレクサンドロス組とダレイオス組とに分かれて模擬戦を行ったが、しまいには本気になって止めるどころではなくなった。そこで隊長に一騎打ちを命じたところ、アレクサンドロス組が勝った。
　ガウガメラで両陣は接近した。その夜、ダレイオスは閲兵を行ったが、アレクサンドロスは兵士を休息させた。パルメニオンは、海鳴りのような敵陣の音から、王に夜襲を勧めたが、アレクサンドロスは、「私は勝利を盗まない」とこれを斥けた。
　戦闘開始。左翼パルメニオンにバクトリア騎兵が激突し、さらに、マザイオスがファランクスを避けて迂回する作戦を取ったので、押されたパルメニオンは大王に援軍を要請した。豪華な装備で出撃するアレクサンドロス、目指す中央、近衛騎兵の向こうに、戦車に乗ったダレイオスが見えた。両者激突、激戦。車輪は死体に引っ掛かり、馬は死体を踏んで進めず、身動きの取れなくなった戦車を捨てて、ダレイオスは馬に乗って逃げた。
　戦争は終わり、アレクサンドロスはアジアの王と宣言された。壮麗な犠牲式、論功行賞。
　バビロニアも平伏。地元民は、アレクサンドロスに珍しいものを見せようと、ナフサ油井に案内する。ナフサは、アスファルトより軽く、火を近付けただけで着火してしまう。
　アレクサンドロス、スサを占領。４万タラントン、多くの贅沢品、５千タラントンの深紫の染料を入手。その染料は190年も貯えられながら、色落ちしなかった。
　王宮のあるペルシスは、ペルシヤの多くの貴族によって守られていた。占領後、その方が有利なので、多くの捕虜を殺した。兵士によってすでに倒されたクセルクセスの巨像に向かい、「そのままにしようか、勇気に免じて起こそうか」と話しかけ、しばし黙考した。
　アレクサンドロスがペルシヤの玉座に座った時、随行していたコリントス人デマラトスは、「これを見ないで死んだギリシア人は惜しい」と言った。
　逗留は長くなり、ヘタイロイの宴会にアレクサンドロスも顔を出した。そこでは、女たちも恋人の所へ来て、一緒に酒を飲んで騒いだ。後に王となる将軍プトレマイオスの愛人タイスは、アレクサンドロスを褒めたり、からかったりしたが、酒が進んで、アテナイの仕返しに王宮に火を放とうと言った。王も説き伏せられ、人々は松明を持って王宮を囲み、火を着けたが、王は後悔してすぐにそれを消させた。
　アレクサンドロスは生来気前が良かったが、戦利品が増えて拍車がかかった。パイオニアの将アリストンが首級を手に、国では手柄に対して黄金の盃が出ると言うと、「からの盃だろう、健康を祝して、酒を注いで上げよう」と言った。
　ある兵士が、王の黄金を運ぶ騾馬を追っていたが、騾馬が弱ったので自分で背負って運んだ。王はその疲れた様子を見てとり、兵士がくたびれて荷を降ろそうとするのを停めて言った。「へこたれるな、テントまで運べば、それはお前の物になる」
　その征服地で、アレクサンドロスの側近は贅沢と濫費が激しくなった。ハグノンは長靴に銀の鋲を打ち、レオンナトスは体育練習用にエジプトから砂を取り寄せた。アレクサンドロスはこれをたしなめて、かつてのペルシア人を見ても、安逸な生活こそ奴隷の生活だとなじった。「自分の体を自分の手で触らなくなった者が、どうして馬の世話や槍や兜の手入れができよう」「我々の征服の目的は、征服された人と同じ事をする事ではない」と語った。
　彼自身はますます、行軍、狩猟に危険を犯し、獅子とも戦った。
　再び、ダレイオスとの対決。ダレイオスはベッソスによって捕えられたとの事。そこへの急行軍は長く、水不足に苦しんだ。偶然に、水を運ぶマケドニア兵の一隊と出会った。兵士らは大王に水を捧げたが、並居る兵士がみな首を伸ばして見ているのを見ると、「私だけが飲めば、この者たちががっかりする」と返した。兵士らは、お供させて下さいと叫び、元気に行進した。こんな王の下では、疲れも渇きも何でもないと思われた。
　ダレイオスはやっと見つかったが、多くの投げ槍を受けて瀕死であった。そして、ポリュストラトスから最後の水を貰って、亡くなった。
　アレクサンドロスはベッソスを懲罰にかけた。まっすぐな樹を二本たわめ、そこに手足を縛りつけて離し、両方の樹を離して体を真っ二つにする方法である。
　アレクサンドロスはさらに、ヒュルカニアに侵入した。これは、カスピ海の沿岸である。ここで名馬ブーケファラスが盗まれたが、脅して返させた。
　さらに、パルティアに侵入した。アレクサンドロスは現地風に服装を改めて、ペルシヤとメディアの中間の服装をした。この地で、スキュタイ人を破った。
　ここで、大部分のマケドニア兵を帰国させようとしたが、兵士らは、世界の果てまでお供しますと叫んだ。
　酒宴の席で踊った、若く美しいロクサネーを見初めて、これと結婚した。アレクサンドロスは女性には節度があり、ロクサネーに対しても、結婚しなければ手も触れなかっただろうと言ったので、返って敬愛された。
　パルメニオンの子フィロータスは高い地位を保ち、アレクサンドロスを除いては一番気前が良かった。ある友人が無心に来たが、家令が何もないと断ると、「盃も外套もないのか」とたしなめた。しかし彼は、尊大で贅沢になった。キリキアでダレイオスの財貨や捕虜が押収された際、その中に、美女アンティゴネーがいた。彼は、これを黙って自分のものにした。ついにフィロータスは酒を飲み、父の功績を誇り、アレクサンドロスを小僧と呼んだ。これは、アレクサンドロスの耳に届いた。
　その頃、ディムノスは謀反を企て、ニコマコスとケバリノスがこれを察知した。ケバリノスはそれをフィロータスに注進に及んだが、取り合って貰えなかった。そこで、別の人を通じて、アレクサンドロスに面会し、ディムノス謀反の件、フィロータス拒絶の件を訴えた。さらに、ディムノスを捕えに行った者がこれを殺したのは、真相隠蔽の為と思われた。ついに、フィロータスは拷問を受け、殺された。
　ついで、パルメニオンが殺された。彼は、フィリッポス時代、アジア遠征について一番功績があった人物である。
　さらに、クレイトス事件が起こった。ある人が、珍しい果物を参上した。王はそれを喜び、これを分けてやろうとクレイトスを招いた。クレイトスは犠牲式を中断して参上したが、犠牲となる三匹の羊が王宮までついて来た。予言者はそれを悪い兆しだと言ったが、やがて酒宴になった。
　宴もたけなわ、ピエリオンという詩人が、蛮族に負けた将軍をからかう詩を披露した。アレクサンドロスは上機嫌だったが、クレイトスは怒り、彼らは不運だったが、ここにいる連中より上なのだと庇った。アレクサンドロスが、負けた者は臆病だったのだと言うと、クレイトスは叫んだ。「その臆病者が、神の子と言いながら、スピトゥリダテスの剣に背を向けていた方をお救いしたのですぞ」
　アレクサンドロス、「貴様はいつもそんな事を言う」　クレイトス、「苦労の末がこのざまだ。マケドニア人がメディア人に鞭打たれたり、ペルシヤ人を通さねば王にも会えないような始末を見るくらいなら、先に死んだ奴を祝ってやるくらいだ」　アレクサンドロス、「マケドニア人の中にギリシア人がいると、野獣の中に半神がいるように見える」
　クレイトス、今日こそは言いたい事を言わせて貰うと逆上。怒ってりんごを投げつけ、短剣を探すアレクサンドロス。しかし、側近は短剣を隠したので、アレクサンドロスは近衛兵を呼んだ。しかし、ラッパ手は命令に従わなかった。クレイトスは宴会場から締め出されたが、また、歌をうたいながら戻って来た。激したアレクサンドロスは衛兵から槍を奪い、クレイトスを突き殺した。しかし、我に返り、抜いた槍で自決しようとするのを衛兵らが止めた。アレクサンドロスは夜通し泣き、翌日は泣き疲れて悲観した。
　哲学者カリステネスも、追従をよくしないので王に疎んじられた。青年貴族ヘルモラオスの一味の企てた陰謀が発覚した。背後にカリステネスがいたと思われたが、一味は拷問にかけられても、その名を口にしなかった。それでも、カリステネスは疑われて、獄中で死んだ。彼は、アリストテレスの姪ヘーローの子である。
　インド遠征では、軍隊が多量の戦利品で身動きが取れなくなっているのを見て、まず自分の物、ついで側近の物、ついでマケドニア兵の物を焼かせた。これは暴動を招くと思われたが、やってみると、恨んだ者は少なかった。
　仔羊に悪い前兆があった。しかし、オクソスで油性液の泉が出た。それはオリーヴ油そっくりで、オリーヴ油は労苦を癒すので、良い前兆とされた。
　ニュサ包囲戦では、使節がやって来たので迎えたが、アレクサンドロスが護衛も付けずにいるので使節は驚いた。
　インドの人タクシレスはアレクサンドロスに挨拶して、「我々の間に戦争は必要ありません。財産や財宝が欲しいなら、必要なだけ差し上げます」と語った。対する王は、「あなたの親切が私を負かす事のないよう、好意で戦おう」と言った。そして、より多くの贈り物を与え、最後には一千タラントンを贈った。
　対ポーロス戦では、川を挟んで両軍が布陣した。アレクサンドロスは毎日大きな音を立てて、インド軍を騒音に馴れさせた。夜半に川を渡ったが、増水して奔流となった。アレクサンドロスが先頭に立って渡河し、作戦は成功を収めた。ポーロスは象部隊を率いて来たが、投げ槍の前に破れた。ポーロスは象に乗っても釣り合うほどの大男で、象もなつき、降りる時は膝を折って降ろしてやり、王の身に刺さった槍を鼻で抜いた。
　ポーロスは降伏したので、総督として統治する事を許された。
　二万のポーロスに苦戦したマケドニア兵は、さらなる前進をためらった。ガンジス川はより大きく、対岸にはガンダリタイ族、プライシオイ族が二十万の兵を率いて布陣していた。アレクサンドロスは側近の言を入れて、ここで引き返した。
　プライシオイ族の王サンドラコットスは当時年少だったが、この地でアレクサンドロスに面会した。後にこの王は、六十万の兵を率いて全インドを征服した。
　アレクサンドロスは海岸沿いに帰還したが、時に上陸しては遠征に出掛けた。
　対マロイ戦で、アレクサンドロスは少数を率い梯子を掛けて自ら城壁に登った。ここで射られた矢が、鎧を通して肋骨に刺さった。さらに、多くの傷を負い、棍棒で殴られた所で、マケドニア兵に救われた。やじりを抜く手術で、アレクサンドロスは失神したが、後に回復した。
　オケアノスに入り、アレクサンドロスは陸路を取り、ネアルコスは艦隊を率いて帰った。しかし、陸路は貧しい生活をしている地域を通ったので、食糧が徴発できなかった。飢え、暑さ、疫病によって、十三万の兵のうち、四分の一も帰還できなかった。
　六十日後、ゲドゥロシアでようやく近くの王や総督の歓迎にありついた。ネアルコスが合流したが、再び陸海に分かれた。
　スサでアレクサンドロスは、ダレイオスの娘スタテイラと結婚した。かつて、この地に残した三万の少年部隊が見事に成長した。王はこれを喜んで身辺警護させたが、これはマケドニア兵を怒らせた。王と兵士は反目したが、後に兵士が反省し、三日間も嘆き続けたので、王も泣いてこれを許した。老いた兵士は除隊させ、立派な贈り物をし、様々な特権を与えた。
　バビロン入りに臨んで、アレクサンドロスに様々な不吉な前兆が起こった。多くの鴉の喧嘩があり、犠牲牛の肝葉がなく、飼っていた獅子を驢馬が蹴殺し、流れ者が勝手に玉座に座った。
　アレクサンドロスは、ネアルコスを迎えて宴会を行い、メディオスの招待を受けて宴会を行った。
　１８日、発熱があって浴室で休む。１９日、寝室で養生、メディオスと賽ころ遊び。２０日、入浴、寝室にてネアルコスから海路の報告を聞く。２１日、熱が高くなる。２２日、熱高く、浴室で眠る。将軍の任命あり。以降、高熱が続いて、２８日夕方に亡くなる。
　ロクサネーは妊娠していたが、スタテイラを嫉妬し、その妹ともども井戸に埋めて殺した。

寸評
　勇敢で善良な王子様、という感じです。

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