Alcibiades

アルキビアデス

　　プルターク英雄伝、河野与一訳、岩波文庫、1952。

　アルキビアデス（＝Alcibiades）の父クレイニアスは自費で調達した三段櫂船に乗り、アルテミシオンの海戦で名を挙げた。父はボイオティアの戦いで戦死し、近親のペリクレス、アリフロンが後見人となった。ソクラテスもアルキビアデスの才能を見込んだ。乳母はスパルタ人で、家庭教師はゾピュロスである。
　その美しさについては、多言を要さない。少年青年壮年と、その美しさは衰えず、多くの愛慕者を引き寄せた。発音にも愛嬌があり、語尾が少し粘ついた。アルキビアデスの息子も父親に似ていた。「着物を引きずってしゃなりしゃなりと歩くのは、父親に似せようと思っているのだ。おまけに気取って首を曲げ、レロレロとものを言う」
　容姿に似ず、競争心は激しかった。レスリングで押さえられ、相手の手に噛みつこうとした。「噛むんだな、女のように」と言われると、「そうじゃない、獅子のように」とやり返した。
　子供の頃、往来でさいころ遊びをしていた。自分の番の時に牛車が通りかがったので、待ってくれと頼んだが、その男は待たなかった。すると、アルキビアデスは牛車の前で仰向けに横たわった。
　学校では、おとなしく勉強したが、なぜか笛は嫌って、縦琴を好んだ。縦琴は弾きながら、歌がうたえると言うのである。さらに、笛は顔が歪むし、アポロンもこれを嫌ったと、他の生徒まで扇動したので、アテナイは笛を授業から外した。
　少年の頃、家出して愛人のデモクラテスの下に身を寄せた。これは、同性愛が公認のアテナイでも、不謹慎な話だった。
　少年の頃の美しさは輝くばかりで、多くの高貴な身分の人が集まって、驚嘆し、機嫌を取った。ひとり、ソクラテスのみは、容姿よりもその才能に注目し、誘惑に負けて花を散らしてはなるまいと、保護する役割を引き受けた。アルキビアデスは甘やかされ放題で、誰の言う事も聞かなかったが、ソクラテスだけは認めて、他の愛人を斥けた。そして、男らしくない快楽は捨て、接吻や愛撫を求めず、その哲学の弟子となった。その様は、威勢の良い雄鶏が羽根を伏せてうずくまるようであった。アテナイの人は、アルキビアデスがソクラテスに懐き、一緒に食事をし、一緒に相撲を取り、一緒にポテイダイア攻略に出たのを見て驚いた。
　アルキビアデスは多くの愛慕者に対して、傍若無人な態度を取るようになった。かつての愛慕者アニュートスの食事の誘いを断りながら、酔った仲間を連れて押し掛け、金銀の食器の半分を奪って帰った。居合わせた客が怒ると、まだ半分残してくれたとアニュートスは庇った。ほかの愛慕者に対しても、このような態度を取った。
　ソクラテスの言葉は、アルキビアデスの心に染み通り、涙まで流させた。他の愛慕者の誘惑に負けて、ソクラテスから逃げる事もあったが、結局は元の所へ帰った。
　アルキビアデスは何と言っても快楽に向かう性であった。無責任な人々が、アルキビアデスの虚栄心をくすぐって、政治や戦争の野心を煽って、ペリクレスをも凌ぐとおだてた。のぼせ上がった青年を捕まえて、ソクラテスは謙遜と不完全さとを教えた。それは、熱した鉄を水に入れて鍛えるようであった。
　青年になってから、ホメロスに興味を持った。
　ペリクレスを訪問すると、アテナイ市民への報告書を作成しているから、暇がないと断られた。すると、「報告をせずに済むようにした方が良いではないか」とやり返した。
　ソクラテスに従って参加したポテイダイア戦では、二人とも武勇を示した。アルキビアデスかが傷付いて倒れ、ソクラテスはこれを守って奮戦した。ソクラテスは武勲賞を得たが、アルキビアデスにも冠と武具が授かるように計らった。
　デリオンの戦いでは、アテナイが退却する中、ソクラテスも徒歩で退却したが、成長したアルキビアデスはこれを守り、多勢の敵によく戦った。
　ヒッポニコスは勢力家であったが、アルキビアデスは仲間と賭けをして、この人を殴った。しかし反省して、夜明けにヒッポニコスの家を訪れ、裸になり、鞭で罰してくれと詫びた。ふたりは和解した上、娘のヒッパレテを嫁に貰った。
　ヒッパレテは柔順な女性であったが、夫がヘタイラ（＝水商売の女）と仲良くするのを苦にして、離婚を申し出た。アルキビアデスは役所に駆け付け、妻を思い停まらせた。
　政治に参加するには、家柄、財産、武勲、交友とも申し分なかったが、本人は弁舌のみを頼りとした。実際、それは見事だった。デモステネスさえ、アルキビアデスは素晴らしく雄弁だと褒めている。テオフラストスによれば、アルキビアデスの演説はただ調子が良いだけでなく、学問的な正確さをも心がけたと言う。演説の途中に黙り込み、丹念に考え直してから話す事もあった。
　馬の飼育には熱心で、オリュンピア競技に七頭も出したのは、どこの国王にも前例がなく、この人ひとりである。しかも、一着、二着と、三着だか四着だかを占めた。これは世界に衝撃をもたらし、エフェソスはテントを贈り、キオスは馬の飼料を贈り、レスボスはぶどう酒や食品を贈った。
　政界に進出すると、多くの弁論家を圧倒して、ファイアクス、ニキアスと張り合うようになった。
　ヒュペルボロスという卑しい男がいて、無恥と厚顔を売り物にしていた。人々は、誰かを陥れたい時に、この男を利用していた。狙われたアルキビアデスはニキアスと組んで、逆にこの男を陶片追放にした。しかし、これはこの制度を汚した。陶片追放はそもそも、名声、権力とも、衆に優れた人に対して用いられる為である。
　ニキアスの名声は高まった。アルキビアデスはプロクセノス（＝駐留外国人の面倒を見る）の職に着き、スパルタ人の世話をしていたのに、ニキアスが講和を進めて、それらの人を本国へ帰した。さらに、ペリクレスが起こした戦争をニキアスが停戦した事から、全ギリシアはそれをニキアスの講和と呼んだ。アルキビアデスは嫉妬に駆られ、その講和を壊そうと計った。そして、アルゴスに赴き、スパルタへの離反を説いた。
　スパルタはボイオティア同盟を強化し、アテナイに返還予定のパナクトンを壊してから与えたので、アテナイ市民は憤慨した。機に乗じて、アルキビアデスはニキアスを弾劾した。スパルタに対して弱腰で、捕虜まで返還した、というものである。
　ニキアスは不利になったが、スパルタから全権大使が到着し、平和の為の妥協案を出したので、元老院はこれを歓迎し、翌日には民会が招集される運びとなった。しかし、ここにアルキビアデスは割り込んだ。使節と面会し、そして言った。　「民会はどこも高圧的で無理強いばかりするから、全権は持っていないような顔をして、普通に協議して下さい。私も協力します」　使節はこれを信用し、その手腕と知見に期待した。
　翌日、民会が招集された。アルキビアデスが使節を迎えて、どういう資格で来られたと尋ねたので、使節は全権は持たないと答えた。アルキビアデスは大音声を上げて、相手を変節漢となじり、何をしに来たのかと責めたので、民会は激怒した。真相を知らないニキアスは、うろたえるばかりだった。
　アルキビアデスは将軍に任命され、アルゴス、マンティネイア、エリスと同盟を結んだ。これは、前線を遠ざけ、スパルタが勝っても得はなく、負ければ国家存亡の危機に陥るようにさせた。
　アルゴスの貴族党がスパルタと内通し、民衆党を解散させ、駐留軍を置いた。やがて、民衆党が息を吹き返した所へ、アルキビアデスが援軍とともに駆け付けて、勝利を確定した。さらに、石工、大工を伴って、町に長壁を築き、町と港とを結んだ。これは、アテナイの影響を及ぼす為である。
　パトライもこれに習い、海と町とを長壁で結んだ。
　一方で、アテナイの陸上支配をも充実させた。周辺の、小麦、ぶどう、オリーヴ、いちじくの実る土地を領土に編入した。
　政策で優れた手腕を示しながら、宴会や愛欲に溺れ、市場では女のような赤い着物を引きずって浪費に精を出した。三段櫂船では板敷きのベッドの代わりに、ハンモックを考案した。しかし、楯の紋章をエロス像に代えるといった伝統破壊も目立った。アリストファネスは民衆の気持ちを代弁している。「好きでもあり嫌いでもあるが、居て貰いたい人だ」「町で獅子を飼ってはならないが、いったん飼えば従わねばならない」　気前の良さ、家柄、弁舌、容姿、武勲が、市民の反発を和らげた。
　画家アガタルコスを家に閉じ込めて絵を描かせた。催しで張り合うタウレアスに対して、思わず頬を殴った。メロスの捕虜の中から一人の女を選び、子供を産ませた。これらは、若気の到りとか、親切とか言われた。
　画家アリストフォンがネメア像を描いたが、その腕にはアルキビアデスが抱かれていた。民衆はこれを喜んで眺めたが、年寄りは憤慨した。アルケストラトスは、ギリシアは二人のアルキビアデスには耐えられまい（＝こんな男はひとりで沢山）と言ったのは的外れではない。
　アテナイは以前からシチリアに野心を持っていた。敵対するシラクサから攻撃を受けた町には、援軍や同盟軍を駐留させていた。アルキビアデスはこの野心を煽って、大艦隊を組織した。ニキアスは慎重派だったが、アルキビアデスはその先にまだリュビアやカルタゴまで望んでいた。若者たちは熱に浮かれて、遠征を知る老人たちの話を聞き、体育場で暇を見ては、砂場にシチリアやカルタゴの地図を描いていた。
　ソクラテスは霊感を得て、遠征については警告を放った。天文学のメトンも未来は不吉であると計算した。夜中に家を焼いたメトンは、翌朝、民衆の前に現れ、自分はこんな不幸な目に合ったのだから息子は除隊させてくれと願い、許された。
　ニキアスは意に反して将軍に選ばれた。大胆なアルキビアデスに対する押さえとして、市民に担がれた。第三の将ラマコスも大胆な方だった。
　出航準備は整ったが、めでたい前兆はなかった。たまたま、時期がアドニア祭に重なったが、これは、遺体に見立てた人形を埋葬するという儀式が好ましくなかった。また、あちこちにあるヘルメス像が、一晩のうちにすべて顔を壊されるという事件があった。これは、シラクサを植民都市とするコリントスの仕業とも、単なるいたずら好きの青年の仕業とも言われたが、不吉であった。この事件の真相をめぐって、元老院と民会とは毎日のように招集された。
　やがて、扇動家のアンドロクレスが、アルキビアデスを冒涜の罪で告発した。夜間、仲間とともに秘儀に耽り、デメテルとペルセポネを冒涜したというものである。民衆は騒いだが、兵隊も船員も味方であるので、アルキビアデスは強気だった。さらに、アルゴス、マンティネイアからの援軍が、アルキビアデスに万一の事があれば協力しないと宣言した。
　アルキビアデスの政敵はここぞとばかりに民会に集まり、これほどの大軍勢を一人の全権将軍に委ねるのは危険だと説いた。ある者は、裁判を延ばして、機会を失わせようとした。ある者は、ともかく出航させて、帰ってから裁判を再開しようとした。アルキビアデスは我慢がならず、民会に出頭し、申し開きをさせろと訴えた。
　民会はそれを許さず、出航を命じた。三段櫂船１４０、重装兵５１００、弓兵、軽装兵１３００が出航した。イタリアでレギウムを落とし、シチリアでカタネを味方に着けた。しかし、何もしないうち、アルキビアデスは裁判で呼び戻された。
　事態は悪くなっていた。ヘルメス像の毀損の件まで、秘儀と結び付けられ、アルキビアデスは革新を目論でいると訴えられた。民衆の怒りは激しく、アルキビアデスの身内や友人はひどい目に合っていた。
　いざ裁判になると、原告は何ひとつ証拠を提出できなかった。ヘルメス毀損の犯人の顔を見たという証人は、それを月明かりで見たと言ったが、当日はみそか日であったから信用を失った。形勢は逆転して、民衆は扇動家を牢獄に投じた。
　ティマイオス、アンドキデスらが投獄された。アンドキデスについては、家の前に立派なヘルメス像があり、これだけが難を免れていたので疑われただけである。自首すれば免罪と教えられたので、アンドキデスは自首した。民会はアンドキデスは許したが、一緒に名を上げられた者は全員死刑とした。
　民衆の怒りは矛先を変え、再びアルキビアデスに向かった。アルキビアデスに対して、再び出頭命令が下った。しかし、アルキビアデス抜きでは、ニキアス配下では兵は消沈し、ラマコスは勇敢だが貧乏で権威がなかった。
　アルキビアデスは出航して、アテナイに対する離反行為に出た。メッセネがアテナイ側に付こうとしているのを、シラクサ側の人に暴露して停めた。そして、トゥリイに上陸して、追っ手を巻いた。あなたは祖国を信用しないのかと問われて、「ほかはともかく命については母をも信用しない。書き間違えて投票しないとも限らないから」
　アテナイは、アルキビアデスに死刑を宣告した。罪状は、ふたつの女神に対する冒涜の罪。欠席裁判で有罪となり、財産は没収、祭司による呪詛が決定された。
　アルキビアデスはアルゴスに逃れた。ここから、スパルタに使いを送り、自分を受け入れてくれるなら、スパルタの為に働こうと申し出た。
　スパルタはアルキビアデスを迎えた。彼はすぐに、大きな仕事をした。第一、ギュリッポスを指揮官としてシラクサに援軍を送り、アテナイ艦隊を撃破。第二、スパルタ陸軍によるアテナイ侵攻。第三、アテナイ近郊のデケレイアの占領と城壁建設。この要路を押さえる事によってアテナイは没落した。
　アルキビアデスはスパルタ風の生活をして、人々を瞞着した。冷水浴をし、大麦パンを食べ、黒い粥をすするのを見ては、この人がかつて家に料理人を置いていたとは思えなかった。アルキビアデスはカメレオンのように、行く先々の習俗に合わせた。スパルタでは体育に親しみ質実を旨とし、イオニアでは愛想が良く気楽で、トラキアでは酒に酔い、テッサリアでは馬に乗り、ペルシヤに行っては王侯と豪奢を競った。スパルタの人は見事に騙され、「あれはリュクルゴスに躾けられた人だ」「昔のままの人だ」と言われた。
　スパルタ王アギスの遠征中に、王妃を誘惑して自分の子供を産ませた。王妃はその子をレオテュキデスと名付けたが、陰ではアルキビアデスと呼んだ。多くの人がアギス王に言い付け、懐胎日の不在から、その子は世継ぎの権利を失った。
　シチリアでアテナイ海軍は惨敗した。キオス、レスボス、キュジコスがアテナイに叛き、スパルタ側に付いた。アルキビアデスの助言で、スパルタはキオスに援軍を送り、自身の指揮でイオニアの大半を離反させた。あまりの功績と、私生活での事から、アギスはアルキビアデスを憎んだ。ほかの有力者も同様だったので、イオニアに暗殺団が送られた。
　アルキビアデスは戦略についてはスパルタと連絡を取りながら、自身の身の上については委ねる事をせず、逃亡を計った。そして、ペルシヤの大守ティサフェルネスの下に逃れ、そこで第一人者となった。この大守は一筋縄ではいかない人物だが、アルキビアデスの手腕にはかえって魅せられた。また、アルキビアデスの容姿と愛嬌は、どんな人でも心を和らげる作用があった。嫌っている人でも、その顔を見れば快い印象を持った。数あるペルシヤ人の中でも、特に残忍でギリシア嫌いのティサフェルネスがアルキビアデスに魅せられ、逆に機嫌を取るまでになった。その領地の中で、もっとも手入れの整った美しい荘園をアルキビアデスと名付け、今日までそれが伝わっている。
　当時、ペルシヤは、ギリシアに対してはこれを分断させる策を取っていた。アルキビアデスはスパルタを見限り、同盟策を斥けた。また、アテナイは壊滅させず、僅かながら援助を与え、スパルタとアテナイとで消耗戦を演ずるように仕向けた。これは返って、ギリシアの双方の国に感謝された。少なくともアテナイは、これで命拾いをしたのである。
　前４１２、アテナイ海軍はすべてサモスに駐留していた。そこを拠点としながら、ティサフォルネスとフェニキア艦隊とを恐れていた。アルキビアデスはサモスに使いを送り、民会の横暴を押さえてくれるなら、アテナイの為に働こうと申し出た。
　大勢はアルキビアデス受け入れに傾いたが、フリュニコス将軍だけは反対した。そして、フリュニコスは、ペルシヤ提督アステュオコスに使いを送り、アルキビアデスの二股使いを告発した。ところが、アステュオコスは臆病者だったので、これをアルキビアデスに打ち明けた。フリュニコスの策謀は無駄に終った。
　アテナイでは四百人党（＝貴族党）が実権を握った。彼らは、貴族支配のスパルタは同調するだろうと予測した。また、公然と四百人党に背く者は殺害した。サモスに駐留するアテナイ艦隊にとって、これは我慢のならない事であった。彼らはアルキビアデスを将軍として擁立して、アテナイへの逆襲を願った。
　しかし、アルキビアデスは偉大な指導者であった。亡命者からいきなり大将軍に担がれた者にあり勝ちな、擁立してくれた者の言いなりになるような態度は避けた。ここでアテナイ艦隊が本国へ向かえば、イオニアはもとより、ヘレスポントス全体が敵の手に入る。アルキビアデスはそう説いたのみならず、一人々々を捕まえて説得した。声の大きなトラシュブロスが、これを助けて力があった。
　さらに、アルキビアデスはスパルタ、アテナイ双方を傷付けないように、ペルシヤ配下のフェニキア艦隊を中立のままに保った。ティッサフェルネスにはギリシア人が同士討ちするのを高みの見物をするよう説いたが、本当は、これほどの戦力が加わればどちらか一方は壊滅する事を恐れたのである。
　アルキビアデスの党派がアテナイで活躍した結果、四百人党は三ケ月で政権を失った。市民はアルキビアデスを歓迎したが、本人は何の功績もなしに帰国するのを惜しんだ。その時、ヘレスポントスにて、スパルタ艦隊とアテナイ艦隊との大海戦があった。そこへ、アルキビアデスがサモス駐留艦隊を率いて到着した。始め、スパルタの意気が上がり、アテナイは消沈した。アルキビアデスはアテナイの旗を揚げてスパルタ艦隊に突入し、これを陸地に追いやり、船を壊した。スパルタ歩兵を率いるファルナバゾスが救援に赴いたが、アルキビアデスは捕虜３００を得た。
　得意になったアルキビアデスは、数々の贈り物とともに従者を従えて、覇者としてティッサフォルネスの下へ登場した。当時ペルシヤはスパルタと同盟していたので、これを幽閉した。
　三十日後、アルキビアデスは脱獄して、クラメゾナイに逃れ、さらに、アテナイ艦隊のいる所まで逃れた。キュジコスで、ミンダロスとファルナバゾスが布陣していると聞いて、手回りの勢に、周辺の船を押収して勢力を加えた。
　その夜は、雷雨と暗黒で視界が利かなかった。アテナイ艦隊は敵に気付かれる事なく、キュジコスに近付いた。そこで空が晴れたので、アルキビアデスは大艦隊には待機を命じ、自分は４０隻だけ率いて挑発に出た。海戦の最中に、さらなる大艦隊が押し寄せて敵は面喰らった。
　アルキビアデスは精鋭２０隻を率いて敵艦隊を突破、陸に着いて船から降り、陸戦に転じた。そして、多数を殺した。勇敢なミンダロスまで殺したので、ファルナバゾスは逃げた。アルキビアデスはキュジコスを占領し、スパルタ艦隊をすべて捕獲した。ヘレスポントスを確保したばかりでなく、ほかの海域からもスパルタを掃討した。この時のスパルタの報告書が残っている。「船はなくなった、ミンダロスは去った、兵士は飢えている。どうして良いか判らない」
　アルキビアデス配下の兵士は思い上がって、他の配下の兵士と一緒にされたくないと言い張った。この直前、トラスュロス将軍がエフェソスで大敗を喫していた。そこで、両軍は練兵も宿舎も別にしていた。しかし、アビュドスの会戦で、トラスュロスとファルナバゾスが戦ったのに、アルキビアデスが救援に赴き、両軍は夜を徹して戦い、敵を潰走させたので、兵士らは和解した。
　翌日、ファルナバゾスの領地を略奪した。カルケドンが離反し、ビュティニアを誘おうとしたので、ビュティニアを叱責し、同盟を結んだ。
　アルキビアデスはカルケドンを包囲した。ファルナバゾスが応援に駆け付け、カルケドン司令ヒポクラテスが蜂起した。アルキビアデスはこの両方を攻め、ファルナバゾスを潰走させ、ヒポクラテスを殺した。
　ヘレスポントスを航行したが、セリュブリアでは手違いがあった。セリュブリアで手引きする一党が足並の乱れから、こちらの準備の整わないうちに合図を挙げた。アルキビアデスは寡勢で突入したが、セリュブリアの衛兵は多勢であった。そこで、高らかにらっぱを吹いた上で、アテナイ兵はセリュブリア兵に危害は加えぬと宣言した。この宣言により衛兵は、すでに市内は占領されたものと見て、温和しくなった。そこへ、やっと本隊が駆け付けた。セリュブリアは和平に傾いているのに、トラキア傭兵部隊が略奪を望んでいるので、アルキビアデスはトラキア兵を外した上で和議を結んだ。
　カルケドンを包囲するアテナイ軍は、カルケドンがアテナイに服従する事、ファルナバゾスの安全を保証する事で講和した。
　次いで、アルキビアデスは離反したビザンティオンを包囲した。内応する者があったので、全艦隊で街を包囲して脅し、講和しやすいようにした。しかし、戦闘なしでは納まらなかった。駐留のペロポネソス、ボイオティア、メガラの兵士がアテナイ軍を攻めた。アルキビアデス、テラメネスが奮戦して敵を破り、捕虜３００を得た。
　ビザンティオンの人は何ひとつ不利な条件を付けずに、アテナイと講和した。後に、ビザンティオン駐留スパルタ軍の指揮官アナクシラオスは、ビザンティオンを無条件で引き渡した事につき、スパルタで裁判を受けた。アナクシラオス曰く、当時のビザンティオンは危険であった。食糧は駐留軍の兵士が食べて、市民は飢えていた。自分は市民を救う為に、アテナイに内応したのだ。スパルタは、彼を無罪にした。
　アルキビアデスは故郷に錦を飾りたくなった。多くの捕虜、戦利品で艦隊を満載にして、アテナイに向かった。壊した敵艦の船首像だけでも、２００はあった。
　ドゥリスの伝える所では、笛吹きや役者が音頭を取り、満艦飾に飾って帰港したと言うが、事実ではない。やはり追放後の事で、びくびくもので、親戚、友人、家来が迎えに出るまでは船を降りなかった。
　市民はアルキビアデスを歓迎し、老人は若者に彼の事を教えた。アルキビアデスを失ってから、シチリア遠征に失敗、海上覇権まで失ったのに、この人はそれを回復させて帰って来たのだ。
　アルキビアデス召還については、これ以前にクリティアスが提議して合意していた。アルキビアデスが民会で長々と演説すると、黄金の冠を幾つも被せられた。
　当時、デケレイアはスパルタ側に落ちていたので、アテナイ市民はエレウシスの祭をするのに陸伝いに行く事が出来ず、海路によっていた。だから、祭が年々みすぼらしいものになった。陸路を通って祭の準備をする事は、アルキビアデスに取って名誉となるように思われた。
　アルキビアデスは軍隊の守護の下に祭の使節を出したが、まわりの町はこれに手を出さなかった。これでアルキビアデスの意気は大いに上がり、貧民層に訴えたので、ついに民会も法律も無視し、ほとんど独裁者のようになった。
　有力者はこれを煙たがって、百隻の艦隊を仕立て、アルキビアデスを将軍にしてスパルタ配下のアンドロス攻撃に向かわせた。
　民衆の期待は過剰で、アルキビアデスに失敗はないと思われた。だから、戦果がないと、手を抜いているのだと非難された。キオスやイオニアまで占領するものと、人々は勝手に期待した。兵士の給料や食糧まで不足し勝ちであった事まで、考える者はなかった。
　アルキビアデスは金策に走る為、アンティオコスに後を託して艦隊を離れた。こちらからは仕掛けるなという言い付けを守らず、アンティオコスは、リュサンドロス率いるスパルタ艦隊を挑発して敗れた。帰還したアルキビアデスが再戦を望んだが、敵は挑発に乗らなかった。
　自陣のトラスュブロス（別人）がアテナイに帰り、アルキビアデスを告発した。将軍はイオニアの女を侍らせ、酒宴や芝居に興じていたものだから戦略を過ったというものである。民会はそれを信用して、アルキビアデスを解任した。
　アルキビアデスは傭兵を使って、周囲のトラキア民族を討った。
　テュデウス、メナンドロス、アデイマントスらアテナイ側の将軍は油断して過ごしていた。アルキビアデスはそれを見過ごしに出来ず、すぐ近くに統率のとれたスパルタ艦隊がいるのだから、セストスに停泊せよと助言した。テュデウスは、あなたは将軍ではないと耳を貸さなかった。
　敵を油断させるのは、リュサンドロスの作戦であった。スパルタ軍は不意に攻撃を仕掛けて、軍艦二百を捕獲、兵三千を殺害した。さらに進んで、アテナイを陥落。艦隊を焼き、長壁を壊した。
　陸も海もスパルタが支配する中、アルキビアデスはビテュニアに逃れた。さらに、ファルナバゾスを頼って、ペルシヤ王アルタクセルクセスに面通り願おうと、フリュギアに赴いた。
　リュサンドロスはアテナイの民主制を廃止し、スパルタに友好的な三十人党に町を託した。人々は悲しみ、自分達の愚かさと過ちを嘆き、その最大の過ちはアルキビアデスに対する二度目の追放だと気付いた。市民らは、本人に咎のない僅かな失敗に腹を立てて、もっとも有力な将軍を追い出したのだ。
　三十人党までが検討して、アルキビアデスを再評価するようになった。クリティアスはリュサンドロスに向かい、アテナイに民主制の芽がある限り、スパルタは覇権を確立できず、アルキビアデスが生きている限り、アテナイを今のままにはして置かないと説いた。リュサンドロスはこれに反対したが、スパルタからのスキュタレがアルキビアデス暗殺を命じた。これは、貴族か、アギス王の意志である。
　リュサンドロスはファルナバゾスに使いを送り、ファルナバゾスは身内の者に殺害を命じた。
　アルキビアデスはフリュギアにて、ティマンドラという女に抱かれて眠っていた。暗殺団は家に入る事をためらい、代わりに放火した。気付いたアルキビアデスは剣を取って外に飛び出し、まわりのペルシヤ兵を追い散らした。ペルシヤ兵は遠巻きに槍や矢を放ち、アルキビアデスは倒れた。ティマンドラは遺体を看取って、自分の衣裳で覆い、立派に葬った。
　ティマンドラの娘がライスである。

寸評
　プラトン「饗宴」のラストに登場する奴がこれです。巨大なオカマです。

　英ウィキペディアで検索すると、彫像が拝めます。

　エラガバルスみたいな脳タリンばかりでなくって良かったですわね。

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