アギスとクレオメネス

　　プルターク英雄伝、岩田拓郎訳、筑摩書店、1966。

アギス

　金や銀が流通するようになってから、スパルタは奢侈に流れるようになった。この衰退期に、アギス(＝Agis IV)とレオニダス(＝Leonidas II)が王位に着いた。
　アギスの母アゲシストラタ、祖母アルキダミアは、ラケダイモン中でも一、二を争う富裕な女性であった。幼少から富裕、奢侈に馴らされて育ったが、二十歳前に王となったアギスは、奢侈を斥け、昔風の質素な生活を尊んだ。
　ラケダイモンは退廃しつつあったが、リュクルゴスの定めた世襲農地は残されており、市民の平等は保たれていた。
　たまたま、エピタデウスという片意地な人が監督官となった。この人は息子といざこざを抱えていた。この人は、息子を嫌う余り、世襲農地を他人に贈与する事を合法と定めた。
　たちまち、有力者が土地を買い込み、国土を貧窮が多い、多くの人から自由人としての資格や誇りが奪われた。自由市民は七百となり、うち世襲農地を持っている者は百人だけとなった。
　アギスは、自由市民の数を以前の定数に戻す事を提案した。これは同時に、有力者への資産接収を意味する。若者たちは賛同したが、年寄りは尻込みした。年寄りは贅沢に馴れていて、リュクルゴスと聞いただけで耳をふさいだ。
　アギスの友人リュサンドロス、マンドロクレイダス、叔父アゲシラオスが、この運動に賛成した。しかし、アゲシラオスが賛成した理由は、債務から逃れる為だった。
　アギス、アゲシラオスは、母アゲシストラタの財政支援を頼み、説得した。アギス、「財産にかけては、エジプトやシリアの、知事や執事程度の連中でも、私達より多く持っています。しかし、私が、思慮と質実さを持って彼らの奢侈を凌駕したなら、偉大なる王という呼び名はわが物となりましょう」
　居並ぶ婦人らは、この青年の名誉心に刺激されて、ことが成就するようにと青年を励まし、手を取り合って、各自その夫を説得し、よその婦人らに話を伝えた。ラケダイモンでは、夫が家事に口出しするよりは、妻が政治に口出しする方が大目に見られた。
　ラケダイモンの富は、なぜか女性達の手に握られていた。そして、裕福な女性の大部分は、奢侈を奪われる事に反対した。奢侈こそ幸福であり、裕福なればこその名声と身分が奪われると危惧した。そして、もう一方の王レオニダスに相談した。
　レオニダスはもともと、富裕者の味方だった。そして、アギスを、独裁制を狙って貧民の機嫌取りに努めていると誹謗した。
　アギスはリュサンドロスをエフォロスに就任させ、法案を長老会に提案した。その内容、「債務者は債務から解放される。スパルタ内部の土地は４５００、郊外の土地は１５０００に分割され、再分配される。スパルタ市民定数４５００が欠けた時は、ペリオイコイから強健で教養ある者を補充する。食事は古来の、２００人毎の共同食事を再現する」
　長老会では、意見がまとまらなかった。仲間たちは、市民集会を開いて、この法案を勧め、パーシファーの神託を思い出せと口説いた。
　最後にアギスが登場し、自分が財産を提供する。また、母も、祖母も、同じ事をすると約束した。民衆は、三百年の時を経て、スパルタに真に王にふさわしい人物が登場したと喝采した。レオニダスは何とかこれを妨げんと、あれこれ質問した。
　レオニダス、「リュクルゴスを評価するのは良いが、彼は債務の帳消しを認めただろうか。外国人に市民権を与えただろうか」
　アギス、「リュクルゴスはお金の貸し借りはおろか、貨幣そのものを国家から追放した。また、外国人よりも、国風に悪影響を及ぼすものを嫌悪したのだ。だからこそ、ミレトス生まれの哲学者タレスは尊重された」
　民衆はすっかり、アギスについた。しかし、民会の前に長老会に採否権があり、富裕者は長老らを口説いて、一票差でこれを否決させてしまった。
　レオニダスは異国で育てられた。また、異国の妻を娶っていた。リュサンドロスは古い法律を持ち出して、レオニダス弾劾に出た。その法律、「ヘラクレスの子孫たるスパルタ市民は、異国の女との間に子を儲けるべからず。また、スパルタより異国に移住したる者は殺害すべし」
　この裁判をレオニダスは恐れ、アテネ神殿に逃げて庇護を願った。神殿から出ないまま有罪判決を受けて、王位を婿のクレオンブトロスに譲った。
　アギスとクレオンブトロスは協力して事に当たった。エフォロスの後任にはアゲシラオスが選ばれた。彼はレオニダス暗殺を企てたが、アギスがこれを阻止してテゲアまで無事に護送した。
　すべてはうまく運ぶかのように見えた。しかし、アゲシラオスがすべてをぶち壊した。アゲシラオスは強欲で、財産家であったが、莫大な借金を抱えてもいた。財産を手放すつもりはないが、借金は帳消しにして貰いたかった。そこで、アギスに提案した。債務免除と土地の再分配を同時に行うのは激務である。債務免除を先に行えば、その恩恵に預かった地主は容易に土地を手放すでしょう。
　アギスはこれを容れ、借用書を広場に集め、火を着けて燃やした。債権者は嘆いたが、アゲシラオスは得たりとばかりに笑った。
　民衆も、アギスも、土地の再分配を急ごうとしたが、その度にアゲシラオスが横槍を入れた。そんな時に、アカイアから援助要請があったので、アギスは国外遠征に出た。
　アギスは出征した。兵士らの多くは、若く、貧しい者だったが、債務を免除され、帰れば土地にもありつけると思ったので、希望に燃えた。ペロポネソスを通過すると、沿線住民は、この若い将軍に対して兵士らが寄せる尊敬の念に驚嘆した。また、アギスは、一兵卒より立派な武具をつけず、それを誇りとしたので、それも賛嘆の的であった。
　アギスはコリントスでアラトスに合流したが、アイトリア農民は収穫を終えて温和しくなっていたので、アラトスの提案で引き上げた。
　留守中、アゲシラオスは専横を極めた。金の為ならどんな不正をも行い、より多く課税する為に無理に閏月を挿入さえした。そして、護衛兵に守られて登庁していた。
　有力者は、テゲアからレオニダスを迎えて、王に復位させた。大衆もこれを見て、快哉を叫んだ。土地の再分配がなかったので、自分達は騙されたと思い込んだのだ。
　アゲシラオスは逃亡し、その息子ヒッポメドンがこれを引き取った。アギスはアテネ神殿に逃れ、クレオンブトロスはポセイドン神殿に逃れた。レオニダスは、婿の方を追った。
　レオニダスの娘キロニスは気丈な女で、父の不遇の時には父に付いたが、夫の危機に際してはその楯となった。両脇に子供達を抱いて命乞いをする娘を前に、レオニダスはクレオンブトロス一家の亡命を許した。
　アギスは神殿から出ず、たまに水浴に出るだけであった。友人アンファレス、ダモカレス、アルケシラオスを伴うのが常。しかし、アンファレスは、高価な衣服や酒器をアギスの母アゲシストラタから借り受けてもいた。そして、友好が仇となって、この富を横領しようと企てていた。そして、レオニダスと示し合わせて、水浴帰りのアギスを数人で押さえ付け、監獄に運んだ。
　長老たちも交え、獄舎で裁判が行われた。アギスを庇う者が、「あなたは、リュサンドロスとアゲシラオスに強制されたのでしょう」と声をかけた。アギス、「自分は誰からも強制されない。リュクルゴスを敬慕して、これを行ったのだ」
　長老たちは、死刑の票決を行った。しかし、処刑部屋で、役人らはアギスの体に手を触れようとはしなかった。そこで、ダモカレスは自らアギスに手を下した。それというのも、噂を聞き付けて多勢の人がこの刑場に押し寄せて来たからだ。
　母アゲシストラタと、祖母アルキダミアが駆け付けて来て、アンファレスの足元に身を投げた。アンファレスは、息子さんは無事で、なんなら会わせてあげようと案内した。まず祖母を案内して、処刑した。その後、アゲシストラタを案内した。
　アゲシストラタが入ると、息子は足元に倒れ、高齢の母親は首をくくられてぶら下がっていた。彼女は、役人の手を借りながらも、ふたりの遺体を並べて、衣裳を整えた。「わが子よ、お前の慎重さがお前の身を滅ぼしました。わたしもお供しましょう」
　アンファレスは、同じ目に合わすぞと脅すと、「せめて、この事がスパルタに幸を持たらすように」と、アゲシストラタは自ら首に縄を巻いた。
　三つの遺体が、埋葬の為に運び出されると、いかに独裁者への恐怖が強くとも、レオニダスとアンファレスを憎む気持ちが市民らの間に広がるのはどうしようもなかった。先祖がここに住みついて以来、スパルタで、これ以上に恐ろしい、これ以上に忌まわしい行為は為された試しがなかった。そもそもラケダイモンの王に対しては、敵兵といえども、ギリシア人である限りは、その品位を恐れて手出しは控えたものだ。

クレオメネス

　アギスが死ぬと、その弟アルキダモスはいち早く国外に逃げた。しかし、アギスの妻アギアティスは、幼児を抱えたまま邸に残っていた。レオニダスはこれを捕まえ、自分の息子クレオメネス(＝Cleomenes III)と一緒にさせた。アギアティスの父ギュリッポスは莫大な資産家で、その遺産が期待できた。また、アギアティスは、容姿といい性格といい、当時のギリシア水準を遥かに越えていた。
　この無法な結婚を前に、アギアティスが試みた愁訴は市民の語り草となっている。しかし、クレオメネスは立派な若者なので、レオニダスを憎む気持ちはありながらも、彼女はこの夫に仕えた。また、この若者も、妻を通して聞くアギスの評判に惹かれた。
　国家の現状はというと、市民達は快楽と無関心に走り、王は贅沢に心を溺れさせていた。クレオメネスはかつて、ボリュステネスの哲学者スファイロスの講義を受けた事があった。この人は、ストア学派の始祖ゼノンの直弟子である。
　レオニダスは亡くなり、クレオメネスが王位を継承した。富裕者をよそに、大衆は一家の生計さえ成り立たないような有り様だった。少年時代の王の愛護者クセナレスが側近になったので、王はアギスの改革をしつこく問い質した。
　話を聞くにつれ、クレオメネスは感動を深め、異常な興奮を覚えた。しかし、クセナレスも、政権を掌握するエフォロスの仲間であった。そして、王の興味を非難し、関係を断ってしまった。
　クレオメネスは、親しいクセナレスさえこうだから、ほかの貴族はみな同じと考えた。そして、ひとりで構想を練った。出した結論は、平和時よりも戦争状態の方が改革にふさわしいというものだった。
　当時、アカイア同盟の代表者であるアラトスは、全ギリシア統一を目指していた。それに抵抗する勢力が、スパルタ、エリスであった。アラトスは、スパルタ贔屓の国々を侵略して、挑発していた。
　エフォロスの承認を得て、クレオメネスはベルビナのアテネ神殿を占拠した。対してアラトスは、テゲア、オルコメノスに対して夜襲を仕掛けた。ところが、内通する者が気遅れした為、不首尾に終わって引き返した。これを見逃さず、クレオメネスは書簡を送った。「昨夜はどこへいらっしゃったのですか」　対するアラトスは神殿占拠を非難した。クレオメネスは動ぜず、「あの梯子と松明は何の為に用意したのですか」と尋ねた。アラトスも、これには笑った。
　クレオメネスと、アラトスとの一進一退の攻防。しかし、パランティオン戦で、五千に満たぬ兵を率いたクレオメネスが、敢然と戦いを挑むと、アラトスは二万の兵を率いながら退却した。これで名を挙げたクレオメネスは、昔のスパルタ王の言葉を引用した。「およそラケダイモン人たるもの、敵については、その軍勢のいかほどを知る必要はない。ただ、それがどこに居るかを知れば足る」
　クレオメネスはさらに、エリスを援助し、引き上げ中のアカイア軍を奇襲して成功を収めた。しかし、この戦でアラトスも亡くなったと思われたのに、てっきり生きていたので、スパルタ市民はクレオメネスに失望した。
　この時、アギスの弟アルキダモスが帰国を試みた。しかし、アギス暗殺の一味は、それを迎えると見せて、おびき寄せて殺した。この件について、クレオメネスの関与は不明である。
　クレオメネスは、さらなる遠征を主張して、エフォロス達を説得し、買収さえ行った。母クラテシクレイアは富裕で、息子の為に出費を惜しまなかったばかりか、この息子の為に第一級の富豪と再婚した。
　クレオメネス、レオクトラを陥落。アラトス率いるアカイア軍、これを奪還せんものと迎撃。両軍が睨み合う中、勇将リュディアダスが突撃、クレオメネス、これを潰滅させる。リュディアダスはメガレポリスの人で、独裁制を止めて市民を自由にし、その上でアカイア同盟に加わった人である。クレオメネスはこの遺体を飾ってメガレポリスへ葬送した。
　戦勝後、クレオメネスは改革に取り掛かった。義父メギストヌス、ならびに何人かの側近を味方に付けた。
　クレオメネスは、反対勢力と目される人々を連れて遠征に出かけた。そして、ひっきりなしに転戦したので、件の連中はアルカディア残留を申し出た。それを容れ、駐留軍として残したまま、クレオメネスはスパルタに帰還した。
　帰るなり、クレオメネスはエフォロスらの食事時を襲った。エウリュクレイダスが先駆けとなり、テリュキオン、フォイビスらが続いた。
　エフォロスの一人アギュライオスは斬られながら、「恐れ」の神殿に逃げ込んだ。残る四人のエフォロス、ならびに配下の十人が斬り殺された。クレオメネスは、無抵抗の者には危害を加えなかったし、アギュライオスほか、望む者には亡命を許した。
　夜明け後、クレオメネスは八十名の者を国外追放にした後、演説をした。
「リュクルゴスは、二人の王と長老会議員が連携するものと定めた。これでうまく行ったが、対メッセニア戦争が長引くと、二人の王は遠征にかかり切りの身となったので、エフォロスという代理人を置いた。彼らは、最初は王の下役であったが、知らぬ間に権限を拡張させてしまった。エフォロスが王を招くと、三度目に王が答えるというような迂遠な儀礼まで作った。最初に権限を拡張したのは、アステロポスである。
　やがてエフォロスは増長して、王を追放したり、裁判ぬきで殺したりするようになった。
　外部から持ち込まれたラケダイモンの禍い、例えば奢侈、浪費、債権、債務などを、血を流す事なく取り除く事が出来たなら、私はそうしただろう。しかし、それが不可能なのは、かのリュクルゴスが証明してくれる。彼でさえ、血を見る事なしには改革は不可能だったのである」
　演説後、クレオメネスは、自分の財産、義父の財産、側近の財産を公共のものとし、全市民に土地を再分配した。定数不足には、ペリオイコイの優秀な者を補填し、軍事教練を一新した。体育館や共同食事の風習を復活させ、大多数の市民は質素な生活習慣を回復した。そして、一人支配を避ける為に、弟エウクレイダスを王位に就けた。
　クレオメネスは、内政に専心している隙を突かれるとの進言を受けて、先手を取って、メガレポリスを荒らした。そして、かの地で芝居見物を行って、余裕を見せた。何しろ、スパルタ軍だけが、軽業師、踊り娘、楽女といった従軍役者を連れなかったばかりか、出陣中でも、若者は訓練に、老人はその指導に余念がなかったのである。
　クレオメネスは、全市民の手本となった。素朴で簡素で、他の誰をも上回る事のない服装をした。外国使節から見れば、クレオメネスは驚嘆の的であった。外套もなく、寝椅子もなく、取り次ぐ者もなく、もったいぶった様子もなく、クレオメネス自ら、じかに会ってくれる。王の尊大さに馴れた使者らは、クレオメネスの人柄に魅了されざるを得なかった。
　マンティネイアが、アカイア同盟からスパルタに寝返った。クレオメネスは、ここのアカイア駐留軍を追い払い、さらにファライを目指した。アカイアが迎撃して来たので、クレオメネスはわざわざ、敵同盟国のデュメーとアカイア軍の間に布陣して挑発した。この、敵をいきり立たせる作戦は成功して、圧倒的な勝利を得た。
　アカイア人が意気阻喪した折、アラトスが指揮権を放棄した。これは、嵐の中で船を見捨てるような振る舞いだった。ここでクレオメネスが、主導権さえ渡せば、捕虜も領土も返還すると持ち掛けたので、アカイアと講和が成立した。
　ところが、クレオメネスは強行軍がたたって吐血したので、捕虜だけ返して、会談は先送りにした。
　アラトスは嫉妬に駆られて再起した。３３年ものキャリアが、若造に覆される事が耐えられなかった。しかし、アカイア人らは、クレオメネスに惚れ込んで、もはやアラトスなど相手にしない。そこでアラトスは、不名誉にも、マケドニア王アンティゴノス三世をギリシアに招き入れ、マケドニア兵でギリシアを充満させようと画策した。
　アラトス自身、若い頃、マケドニア兵をギリシアから追い払ったのだ。アンティゴノス三世の回想録に、「苦難と危険を甘受した」と書かせたのは彼なのだ。このように偉大で、徳の高い人でさえも、非の打ちどころのない立派さを、最後まで貫き通せないのかと、悲しみの念に駆られる。
　クレオメネスとアカイア人との和解。アルゴスでの講和予定。その直前に、アラトスが横槍を入れ、クレオメネスは軍勢を置いて、単身でこちらに来いと主張。クレオメネスによるアカイア人あてのアラトス弾劾。アラトスによるクレオメネス弾劾、アカイア人によるアラトス追放の動き。
　クレオメネス、アカイア東部ペルレネを占領。アカイアは、コリントスが裏切りそうなので騎兵隊を配備して、アルゴスにてネメア祭を祝う。クレオメネス、アルゴスを急襲、占領。アルゴスは難攻不落だったので、名声は高まる。
　続いて、クレオナイ、フレイウスがクレオメネスの傘下に入る。本拠地コリントスに居たアラトスは、コリントスも加わろうとしているのを見て、急いで逃げ出した。
　続いて、トロイゼン、エピダウロス、ヘルミオネがクレオメネス傘下に参集。クレオメネス、アラトス不在のコリントスを封鎖。アラトスの財産を差し押さえ、さらに、アラトスに対しては年金を約束。
　アラトス、自分の息子を人質に差し出して、マケドニア王アンティゴノスを説得。さらに、コリントスの譲渡を約束。
　クレオメネス、シュキオンを侵略。さらに、コリントス決議、アラトスの財産をクレオメネスに贈与。
　アンティゴノス、ゲラネイア山に侵入。マケドニアの密集部隊は平地有利なので、クレオメネス、これを山地で迎撃。
　食糧不足のマケドニア軍、レカイオン経由で搬入するも見破られ、クレオメネス軍、勝利して、これを飽食する。
　アルゴスのアリストテレス、債務免除が履行されないので、クレオメネスに反旗。アラトス、アンティゴノスから兵千五百を借りてこれを応援。
　クレオメネス、メギストヌスに兵二千を付けてアルゴスへ派遣。
　メギストヌス、戦死。アルゴスはスパルタへの退路にあるので、譲れない。クレオメネス、コリントスから撤退。
　アンティゴノス、代わりにコリントスに入城。
　クレオメネス、アルゴス急襲、占拠。しかし、すぐ背後にマケドニア軍が追撃。クレオメネス、アルゴスを放棄。
　妻アギアティス、スパルタにて死亡。
　エジプト王プトレマイオス、クレオメネスに援助を提案。ただし、母親と子供を人質に差し出す事を条件としていた。悩むクレオメネス、訳を聞いた母親。「このスパルタの為に、この身が一番役に立つと思う所へ差し出して下さい」
　アンティゴノス、テゲアを占領。オルコメノス、マンティネイアを荒略。
　クレオメネス、ヘイロタイを五百ドラクマで解放。同時に、軍に招集。
　クレオメネス、メガレポリスを急襲、占領。捕虜となった有力者リュサンドリダス、町の返還を要求。「このような見事な町を壊さず、同盟者や友好者で満たして下さい」　クレオメネス、「その申し出をそのまま信じるのは難しい。しかし、名誉は利益よりも優先せよとは、当方での習わし」
　同盟となるなら町を返還すると、多くの市民が逃げたメッセニアに提案。しかし、フィロポイメンが強硬に反対。さらに、リュサンドリダス、テアリダスを追放。これを受けて、クレオメネス、メガレポリスを破壊、帰還。
　マケドニア軍、分散して冬営。アンティゴノス、アルゴスに冬営。クレオメネス、アルゴスを挑発。
　アンティゴノス、テゲアへ進出。クレオメネス、アルゴス近郊の田畑を荒略。従来、敵国の麦を損ねる場合、剣で穂先を切るという手法が用いられたが、ここでは木剣を振り回すという、より簡便な方法が用いられた。
　アンティゴノスが引き返すと、クレオメネスはヘラの神殿に犠牲を捧げてから退却した。一ポリスの将軍が、マケドニアや全ギリシアを手玉に取って軽くあしらっている様は、スパルタ市民に誇りを与えた。
　事情は、クレオメネスに有利であった。マケドニア国境が周辺部族に犯されていた。特に強力なイルリュリア人の襲来に、臣下はアンティゴノスを呼び戻す使者を立てた。しかし、この使者は、クレオメネスがセルラシア攻防戦で敗退した、まさにその時になって到着した。あと二日持ちこたえれば、アンティゴノスは迷わず引き返しただろう。
　戦争には、資金も必要である。かつかつで戦っていたクレオメネスに対して、アンティゴノスは食糧も、傭兵への資金も豊富であった。
　アンティゴノスは傭兵隊に向かって、迂回して弟エウクレイダスの部隊を包囲するよう命じた。傭兵隊がいないのを不審に思ったクレオメネスは、偵察隊長のダモテレスに糺した。ところが、この男はアンティゴノスに買収されていて、心配には及ばぬと答えた。開戦して、クレオメネスは押しまくったが、すでに弟は包囲されて助けようがなかった。そこで勝利した傭兵隊は踵を返して、主力部隊に襲いかかったので、クレオメネスも身の安全を計らざるを得なかった。
　一説では、参加したラケダイモン人六千のうち、生き残ったのは二百であると言う。
　スパルタに帰ったクレオメネスは、抵抗しないよう市民に説いた。そして、自身は側近とともに海に逃れた。
　スパルタ入城を果たしたアンティゴノスは、その品位を貴び、法律と国政を従来通りに維持させて、三日後に立ち去った。これは、マケドニア情勢の為である。
　クレオメネスは、プトレマイオスの庇護を当てにしていた。島々を渡り、キュレネを目指すところで、側近テリュキオンが提案した。「我々は戦場における死を、逃してしまいました。アンティゴノスに降伏するのは論外ですが、自分達に勝った事もないプトレマイオスに身を寄せるのもどうかと思います。まだラコニアの地の見えるここで、自刃して果てる事が、セルラシアで身を横たえる人々に申し開きできるというものでしょう」　対するクレオメネスは、最後まで希望を捨ててはいけないと説いた。テリュキオンは自刃した。
　クレオメネスは、アレクサンドリアにて、プトレマイオスに謁見した。その人品人柄に打たれたプトレマイオスは、復位への協力を約束し、２４タラントンの年金を与えた。クレオメネスはそれを側近と分けて慎ましく暮らし、大部分はギリシアからエジプトに亡命した人々の為に使った。
　しかし、高齢のプトレマイオスは亡くなった。次の四世は軟弱で、宮廷は乱痴気騒ぎに陥った。クレオメネスはスパルタへの帰還を願ったが、宮廷はそれも許さなかった。
　そんな中、メッセニアの商人ニカゴラスがアレクサンドリアに来た。彼はクレオメネスを快く思わなかったので、クレオメネスのエジプト宮廷への批判を、大臣ソシビオスに悪し様に伝えた。ソシビオスとニカゴラスは計らって、クレオメネスにエジプト領キュレネ占領の意志ありと王に伝えた。
　クレオメネスは宮廷で軟禁状態に置かれた。まだ、希望はあった。ところが、エジプト宮廷におけるクレオメネスの友人で、王と同名のプトレマイオスという者が去りがてら、ぼんやりするなと護衛の者を注意した。送ったクレオメネスは、これを自分を警戒するものと誤解した。
　国王プトレマイオスの旅行に先立ち、クレオメネスと側近たちは、自分達は釈放されるという噂を屋敷の番人らにばら撒いた。さらに、外で祝儀物をこしらえて、王からクレオメネスに贈られたものだと偽った。そして、宴会を催し、番兵たちを酔わして、十三の側近とともに抜き身を持って逃走した。
　近くに牢獄があって、クレオメネスはそこを占拠し、囚人を解放して、帰国の手助けをさせるつもりだった。ところが、先手を取られて、守備は万端であった。
　もはやここまでと観念した一行は、互いに刺し違えて死んだ。まずヒッピタスが若い人の手を望み、クレオメネスも死に、最後に若いパンテウスがクレオメネスを見取って自刃した。
　全容を知ったプトレマイオス王は、クレオメネスの遺体を革袋に入れ、その母親や側仕えの者の殺害をも命じた。
　母クラテシクレイアは気丈に、刑場に引かれて行った。そして、真っ先に殺される事を願ったが、子供達を先に殺された。側仕えの中に、パンテウスの妻がいた。美貌は並ぶ者なく、誰よりも若く、夫との愛情も強く、親に閉じ込められていたのを押し切って、夫を追ってエジプトにまで来たのだった。彼女がクラテシクレイアの手を引き、衣服を整えた。側仕えの女たちの死後の身支度を整え、そして、自分は最後に息を引き取った。

寸評
　アギスの理想が、血縁を越え、世代を超えて、クレオメネスに受け継がれているのが感動的です。しかも、若者の理想が、年寄りの保身によって潰されるのは仕方ないとしても、国家ぐるみ、全ギリシアぐるみで潰されるのが、示唆に富みます。
　（つまり、権力者は、意外と国のことなんか考えちゃいないという事）

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