アエミリウス・パウルス
プルターク英雄伝、河野与一訳、岩波文庫、1952。
アエミリウス家はローマの名門で、もっとも古い家柄のひとつである。初代は
その弁舌の魅力（＝ハイミュリア）から、哲学者ピタゴラスの息子からアエミリ
ウスと呼ばれた。この一家の人は多く、武勇によって名を上げた。同名の父ルキ
ウス・アエミリウス・パウルスはコンスルとしてカンネーに出征し、同僚のコン
スル・ウァロに撤退を説いたが聞かれず、しかし潰走はともにせず、踏み停まっ
て戦死した。
ルキウスの娘アエミリアは大スキピオ（＝プブリウス・コルネリウス・スキピ
オ・アフリカヌス・マグヌス）に嫁し、アエミリウス・パウルス
（＝Lucius Aemilius Paulus Macedonicus）を産んだ。彼は、名門の若者のコー
スを歩まなかった。裁判の為の弁舌や、民衆の為の機嫌取りの一切をせず、それ
よりも、勇気と正義と信用の評判を得て衆に秀でた。
最初の土木官の職には、コンスル級の候補者１２人を斥けて就いた。神官や軍
務においても、民衆を扇動する事もせず、また、配下を可愛いがって次の猟官運
動につなげるという事もしなかった。
シリア王アンティオコスと、イベリア半島とに対して、ローマは二つの戦争を
起こした。アエミリウスは将軍としてイベリア方面に出征し、勝利して、三万の
捕虜を得、２５０の町を落とした。それでいて、１ドラクメの資産も増やさずに
帰国した。
最初の妻はパピリアで、スキピオ・アエミリアヌス（＝後にスキピオ家に養子
になった、小スキピオ）、ファビウス・マクシムス・アエミリアヌスを産んだ。
しかし、離婚した。友人はこれにつき、「貞淑ではないか、美人ではないか、子
供までいるではないか」と責めた。アエミリアスは長靴をさして答えた。「仕立
てが良いではないか、作り立てではないか、しかし、誰もこの足のどこが痛むか
判るまい」
二度目の妻を迎えてから、先妻の子は養子に出した。兄はファビウス家へ、弟
はスキピオ家へ行った。娘の一人はカトー家に嫁ぎ、もう一人はアエリウス家に
嫁いだ。アエリウス家は貧乏で有名だった。アエリウス家は狭い農地を守って、
幾つもの世帯が同居し、ひとつの家に十六人の者が暮らしていた。しかし、嫁い
だ娘はこの貧困を恥とせず、貧困の原因となった徳性を誇りとした。
アエミリウスはコンスルとして、アルプス近郊のリグリア遠征を行った。ここ
を拠点とする海賊がジブラルタルまで出没していた為である。しかし、リグリア
は、ガリア人の侵入を塞ぐ役目も果たしていた。アエミリウスは、八千の兵で、
五万の敵を潰走させ、城壁に封じ込めた。その上で、和解を呼び掛けた。リグリ
アが信頼を寄せたので、アエミリウスは城壁を壊し、船を接収しただけで、町は
壊さず、捕虜も解放した。
その後も度々コンスルに立候補したが落選したので、子供の教育に専念した。
ギリシアから教師を招き、文法、哲学、弁論、彫刻、絵画、馬術、調犬、狩猟な
どを学ばせた。アエミリウスはローマ一の子供好きとなった。
当時のローマに取って、最大の脅威はマケドニアであった。アレキサンドロス
亡き後、配下の将軍が帝国を分けた。もっとも有力なアンティゴノスがマケドニ
アを継ぎ、デメトリオス一世、デメトリオス二世、アンティゴノス二世、フィリッ
ポス五世と続いた。フィリッポスは新興のローマを抑えると期待された。しかし、
前１９７、スコトゥーサの戦いで、ティトゥス・フラミニウスに敗れた。マケド
ニアはローマの軽い朝貢国となりながら、一方で軍備を整えた。街道沿い、海岸
沿いの街は無人のままにして敵を油断させ、内陸の都市に武器、兵士、軍資金を
満たした。そして、十万の兵士を養って十年戦うだけの備蓄を整えた。
しかし、フィリッポスには内患があった。優秀な子デメトリオスを、出来損な
いのペルセウスの讒言によって死なせたのだ。ペルセウスは貪欲で、邪悪で、や
まけに戦好きであった。そして、権力を頼んで、ローマを斥ける挙に出た。
前１７１、プブリウス・リキニウスがマケドニアに侵入すると、ペリセウスは
騎兵戦でこれを敗り、２５００を殺し、６００を捕虜にした。翌年は、ホスティ
リウスの侵入を撃退した。同時に、ダルダノイ族を殺戮し、バステルナエ族やイ
リュリア族と同盟を結んだ。
この頃、ローマはシリア王アンティオコスを斥け、カルタゴのハンニバルを敗っ
たばかりだったから、焦眉はマケドニア王ペルセウスのみとなった。先代のフィ
リッポス五世を負かしながら、その敗残のペルセウスがローマに楯ついているの
は我慢がならなかった。
この期に及んでローマの民衆は、コンスルについて、公約や機嫌取りではなく、
本当にふさわしい人物を選択する必要に迫られた。その手腕のある人は、アエミ
リウスであった。年齢は六十だが体力旺盛、有力な親戚や友人が多かった。始め
は辞退したが、人々が門戸に押し掛けて呼ばわるので、コンスル選挙に参加した。
それは、選挙というより、戦場に向かう人の前試合のように見えた。すべての人
がコンスルに推して、マケドニア戦争の将軍に任命した。民衆が行列を組んでこ
の人を家まで送ると、まだ幼い娘のテルティアが涙を流して父を迎えた。何ごと
かと問うと、娘は父に接吻して、「お父様、うちのペルセウスが亡くなったのを
知らないの」と仔犬を指した。アエミリウスは、この前兆を喜んだ。
コンスルは就任演説で、民衆に恩恵を施す公約をする事が慣例となっていた。
しかし、アエミリウスはそれを避けた。そして、自分を信頼するなら、従軍して
務めを果たして貰いたいと説いた。これは、市民に畏敬と期待の念を起こさせた。
ローマの民衆は、他民族を支配する為に、自分は勇気と名誉の下僕となる事がで
きた。
アエミリウスの行軍には、海にも陸にも幸運がつきまとった。勇気、戦略、友
人らがそれを助けたほかにも、敵ペルセウス側の吝嗇も一助となった。ペルセウ
スは騎兵一万、歩兵一万のバステルナエ傭兵を招待した。これは古代より、農耕
も牧畜もせず、戦争だけをして食べてきた民族である。合流したマケドニア軍と
比べても、身長も高く、訓練も素晴らしく、申し分なかった。しかし、ペルセウ
スは、傭兵隊長から金貨千枚を要求されて、それを断った。ローマ側は、十万の
兵力を揃えていた。ペルセウスはこれほどの大戦争に当たりながら、黄金に封印
をしてしまい込み、あたかも他人の物のように手を付けなかった。フィリッポス
やアレクサンドロスは、国事は金で買えるが、国事では金は買えないと心得てい
た。ギリシアの町々を手に入れたのは、フィリッポスではなくフィリッポスの金
だと言われた。アレクサンドロスはインド遠征に当たり、マケドニア軍が引いて
いるペルシヤの戦利品が重く、足を取られているのを見て、それを捨てさせた。
ところがペルセウスは自分の為、子供の為に黄金を積み上げ、それを使う事をせ
ず、金持ちのまま捕虜となって、どれだけ倹約したかをローマ議会に教える羽目
になった。
しかし、対陣したアエミリウスは、敵軍の威容に驚いた。騎兵四千、歩兵四万
は侮りがたかった。さらに、オリンポス山麓を背に、防備を固めていた。アエミ
リウスは戦略を練って時を待った。夜は、番兵が槍に持たれて眠るのを防ぐ為、
手ぶらで立たせた。
海の近くで、地面を掘っても塩水しか出なかった。アエミリウスはオリンポス
山が緑に覆われているので、水のない筈はないと見て、山の近くに井戸を掘り、
きれいな水を得た。
アエミリウスは攻略法を練って、時間を稼いだ。かつて、これほどの大軍が睨
み合いを続けた事はなかった。そして、アエミリウスは、ただひとつ守備の薄い
難所を見つけた。ナシカ（＝尖り鼻）と仇名された次男スキピオが攻略隊に名乗
り出て、長男ファビウスもこれに加わった。ナシカはローマ、イタリア、トラキ
アの混成兵一万を率いて、海沿いに進み、ヘラクレイオンに宿営した。海から攻
めるように見せながら、夜間ひそかに出発して、逆のピュティオンに到着した。
ここでオリンポス山は、十スタディオン（＝1800ｍ）の高さになっていた。
ナシカはここで夜を過ごした。クレテ兵が脱走して、この迂回を敵方に告げた。
ペルセウスは傭兵一万、マケドニア兵二千を峠道に派遣した。山頂で激戦が行わ
れ、ナシカは目前のトラキア兵を突き殺し、敵将ミロンは敗走した。
この部隊を失って、ペルセウスは後退した。それ以上さがると、戦禍に町を巻
き込み、余計な殺戮を招く為である。間には平原があって、そこを二つの河が流
れていた。
アエミリウスはナシカと合流した。大胆になって決戦を主張するナシカを、ア
エミリウスは停めた。「行軍の後ですぐ、整った密集部隊に攻撃するものではな
い」
夜間、月蝕があった。ローマは慣習によって、青銅の器を叩いたが、マケドニ
アは戦慄するばかりであった。アエミリウスは夜明けに吉兆を得て、百頭の牡牛
を捧げて、本日開戦を決定した。しかし、午前は陽に向かう事になるので、午後
を待った。
戦端は、迷い馬を敵が追ったとも、敵のトラキア兵から始まったとも言われる。
トラキア兵は白い具足の上に黒い衣裳をまとって、ナシカに向かった。
マケドニアの密集兵団は槍を並べて、ローマ兵の攻撃を寄せ付けなかった。ま
た、その楯を肩から降ろして並べ、合図とともに槍をくり出したので、壁の力と
攻撃の激しさはアエミリウスをもたじろがせるほどであった。しかし彼は、鎧も
まとわずに馬にまたがり、兵士には晴れやかな顔を見せた。戦が始まると、ペル
セウスは町へ逃げた。矢を射ない者が的を射る事はないように、踏み停まらぬ者
が勝利を得る事もない。
ローマ軍は密集部隊を相手に手こずった。見かねて、ペリグニ族の隊長サルウィ
ウスは、自分の軍旗をちぎって敵の中へ捨てた。軍旗を敵に渡す事は敗北以上の
恥辱なので、ペリグニの兵士はそこへ殺到した。彼らは敵の槍を剣と楯でおしの
け、果ては槍を手で掴んで斥けた。しかし、マケドニアの槍さばきはうまく、思
慮分別のないペリグニ兵、マルキニ兵を殺しては投げ捨てた。こうして、ローマ
の第一線が敗れたのを見て、アエミリウスは上着を引き裂いた。
しかし、土地は平坦でなかった。マケドニアの密集部隊は、方々で割れて、隙
間ができた。アエミリウスはこれを見て、隙を崩す作戦に出るよう伝えた。敵味
方が入り乱れると、ローマ軍は密集部隊の横や後ろへ回る事もできた。さらに、
少数を切り離しての戦いとなると、マケドニア兵の剣も楯も小さく、とてもロー
マ兵の敵ではなかった。
カトーの息子でアエミリウスの婿に当たるマルクスは、華々しい武勇を示した
が、剣を失った。剣をなくしては生きてはおれぬと、仲間達に協力を呼びかけ、
一団となって敵に攻め込んだ。それらしい所から敵を払って、剣を探した。多く
の武器と、倒れた死骸を片付け、やっとの思いでマルクスは剣を見つけた。そし
て、勝利の歌を歌って、突撃を繰り返した。
ローマ軍は三千人からなる密集部隊をことごとく敗った。平原と山麓は死体に
満たされ、レウコス河は翌日までまだ血が流れていた。二万五千を殺し、ローマ
側の死者は八十、もしくは百と伝えられる。
夕方、ローマ軍は陣営へ戻った。全軍が勝利に酔ったが、ひとりアエミリウス
は肩を落とした。ナシカが帰らなかった。将軍の悲しみは全軍に伝わり、夕食中
であったが、人々は灯をともして戦場を探して回った。平原にはスキピオの名を
呼ぶ声が続いた。深夜、スキピオは仲間とともに帰った。敵の血を満身に浴び、
これこそ勝利の第一人者であった。
ペルセウスはピュドナを落ちてペラへ逃れた。騎兵も、歩兵を置いて、これに
続いた。ところが、歩兵が追い付いて騎兵を非難し、これを馬から引きずり降ろ
して殴った。王はそれを見て、馬から降りて引いて歩いた。王の不機嫌を恐れて、
側近も去った。ペラに入り、忠実な臣下が諌言をしたので、王をその二人を切り
殺した。お陰で、三人を残して重臣はみな消え去った。兵ではクレテ兵だけが残っ
たが、これも金目当てである。王は彼らに金杯を与えたが、ガリプソまで逃れて、
またけちな気持ちを起こし、それらを金で買い戻したいと申し出た。信用した兵
士は金杯を返したが、王は約束の金は払わなかった。
マケドニア人は王に忠実と言うが、この時ばかりは何もかも土台が壊れたよう
になって、アエミリウスに降伏した。二日後には、全マケドニアの支配者と仰い
だ。この戦争には、様々な吉兆があった。事前の犠牲式では、祭壇に雷が落ちて
犠牲獣を焼いた。さらに、勝利から四日の後、競馬に興ずるローマ市民の間に、
競馬場から、アエミリウスの勝利の噂が広がった。数日後に伝令が到着して、そ
れは事実だと報せた。
ローマ海軍の提督グナエウス・オクタウィウスはサモトラケに停泊し、そこに
落ちのびたペルセウスを監視していた。ペルセウスはオロアンデスという船乗り
に、自身と財産の輸送を頼んだ。財産を積んだ所で、オロアンデスは出港した。
城館へ帰る所を、ペルセウスはローマ兵に捕まった。ペルセウスはグナエウスに
降伏し、アエミリウスとの面会を求めた。アエミリウスは敬意を表して面会に応
じると、ペルセウスはその膝を抱いて泣いた。命を惜しむ、卑屈な態度にアエミ
リウスは言った。「どうしてそんな態度を取り、今の不運が当然で、昔の幸運が
不当であったと証明するのです。どうして私の勝利の価値を低くするのです。勇
気というものは、不運にあっても尊敬を招きますが、卑屈さは不名誉なものです」
そう言いながらも、ペルセウスを立たせて握手した。そして、若者を集めて、
諸業の無常を説いた。かつて最大の力を持ったアレクサンドロスの後継者が、今
では我々から食物を得ているというものである。
軍隊は休息させながら、アエミリウスはギリシア各地を視察した。王の倉庫か
ら穀物やオリーヴ油を出して町の人に返した所、あり余るほどであった。デルフォ
イでは、ペルセウス像建設が予定されていた土台の上に、自分の像を作らせた。
マケドニアについては、自由独立を認めながら、ローマに貢税させた。しかし、
その額は、ペルセウスの徴収した額の半分以下である。アエミリウスは各地で、
犠牲、競技、祭儀を行ったが、すべては王の国庫から出させ、細やかな気配りだ
けを行った。ギリシア中の町で式典を行ったが、アエミリウス自身がもっとも快
い楽しみであり見物であった。
アエミリウス自身は、王の宝庫を見ようともせず、まっすぐローマに運ばせた。
ただ、王の蔵書については、学問好きの息子たちに与えた。また、武勲賞につい
ては、婿のアエリウスに銀の壷を与えたが、これは、アエリウス家に初めて入っ
た銀器であった。
ギリシアに富の返還を、マケドニアに自由を与えてから、アエミリウスは兵士
の報酬としてエペイロスの略奪を元老院から承認された。あらかじめ金銀を集め
させた上で略奪に入ったので、七十の町を荒らし、奴隷十五万を得たが、これほ
ど大きな破壊を行いながら、兵士一人の取り分は１１ドラクメに満たなかった事
が、また人を驚かせた。
アエミリウスはイタリアに入り、かつての王の船に乗って、ティベリス河から
ローマに帰った。それは、水上の凱旋式のようであった。
兵士は報酬が少なかったのでアエミリウスを恨み、本当の凱旋式については支
持しなかった。部下でありながら政敵のセルウィウス・ガルバは、兵士の不満を
掻き立て、元老院で弾劾演説を行った。ガルバの演説は長く、終日に到ったので
議会は解散した。
翌日、凱旋式の是非について投票が行われた。最初のトリブス（＝ローマ市内
の一部族）は否決した。民衆はアエミリウスが侮辱された事について騒ぎ立て、
心ある元老院議員も、このような事態を放置してはいけないと立ち上がった。そ
して、投票を差し控えて、もっと様々な意見を聞くべきだと訴えた。否決したの
は、ほとんど不満を持った兵士であった。
コンスル経験者で、一騎撃ちで敵を２３人も殺したマルクス・セルウィリウス
が立った。そして、アエミリウス・パウルスの偉大さは、これほど不従順で悪意
に満ちた軍隊を使いながら、あれほど立派な功績を修めた事からよく判ると言っ
た。また、イリュリアやリグリア遠征の将軍の凱旋式を行いながら、マケドニア
から勝って帰った者の凱旋式を行わないとは不思議だと述べた。そして、上着を
開いて、胸にある信じられないほど多くの傷を見せた。そして、ガルバに向かっ
た。「あなたは、これを見て笑っている。しかし、私は市民の前でこれを誇りと
する。まあ良い、投票をさせなさい」
兵士は意見を変えたので、凱旋式の挙行が可決された。民衆は、競馬場や広場
に桟敷を作り、白い衣裳を着て観覧した。あらゆる神殿は花や香に満たされ、リ
クトルは道を整理した。行列は三日で、初日は２５０頭の馬が戦利品を運んだ。
二日目は、マケドニアの武器が見られた。兜、鎧、楯、脛当てが、無造作に見え
て技巧を凝らして見られた。三日目は、角に黄金を巻いた１２０の牛が並んだ。
黄金の杯に続いて、捕虜となったペルセウス、その家族が歩く。子供は幼少で、
身の不幸を感じないので、それがローマの民衆の涙を誘った。
アエミリウスは多くの人々から羨望の眼で見られたが、心掛けの良い人は当然
として嫉妬を持たなかった。しかし、こんな功績も、神は曇らせずには置かなかっ
た。
上の二人は養子に行ったが、まだ幼い子供たちがいた。ところが、十四才の子
は凱旋式の五日前に死に、十二才の子は凱旋式の三日後に亡くなった。これに同
情しないローマ市民はなかった。また、無上の凱旋式にこんな悲しみが加えられ
る事を恐ろしく思った。
しかし、アエミリウスは、その判断によって、私事を目立たないようにし、功
績をも誇らないようにした。下の子が死んだ後に、民会にローマの民衆を集め、
慰めを必要とする人のようでなく、かえって自分を襲った不幸の為に心を痛めて
いる市民を慰めるような演説をした。自分は人間のする事は何ひとつ恐れないが、
ただ運命だけを恐れる。しかし、その覚悟もできていると。「ペルセウスは負け
たが子供を保ち、アエミリウスは勝ったが子供を失った。運命は、人間の無力の
標本として、凱旋式に引き回される者よりも、この凱旋者を選んだのだ」
ペルセウスについては、いろいろ援助を与えたが、国法により、清潔な牢獄に
移されたに過ぎなかった。その死については、断食によって死んだとも、また番
兵に嫌われて、睡眠不足で死んだとも言われる。子供二人も死んだが、末のアレ
クサンドロスは細工物が得意で、後にはローマ高官の秘書を勤めた。
アエミリウスの人気は非常に高まった。というのは、王からローマの国庫に移っ
た富があまりに膨大なので、ローマ市民は、ヒルティウス＆パンサーの時代まで
納税の必要がなくなったのだ。
アエミリウスは民衆に慕われながら、貴族党に停まった。機嫌取りはしなかっ
た。
晩年、病気にかかり、ウェリアまで養生に出かけた。しかし、民衆がアエミリ
ウスの顔を見たがり、また必要な犠牲式もあったので帰った。式を行ったが、三
日目に失神して亡くなった。
葬儀は、富ではなく、その熱意によった知られた。市民のみならず、外国人ま
でが感謝と尊敬を捧げた。たまたまローマにいたイベリア人、リグリア人、マケ
ドニア人の若者は競って棺を担ぎ、老人は後に従って、祖国の恩人、救い主と呼
んだ。それは、アエミリウスが征服した国に対して温和で親切であり、後々まで
面倒を見たためである。
アエミリウスについて驚くべきは、あれほど大きな国を滅ぼしながら、自分の
財産を１ドラクメも増やさず、敵の財宝を見もしなければ手も触れようとしなかっ
た事だ。子供を失いながら、弱気にならなかった点も評価できる。
寸評
この人の子孫が、パウエル国務長官です。