小林多喜二

蟹工船

　蟹工船、函館に入港。甲板ならびに作業員を「おもて」、ブリッヂならびに操縦士を「とも」と呼ぶ。おもてにも工夫、火夫、漁夫、雑夫とある。
　雑夫は十四、五の少年。漁夫に抱かれる者もある。母子連れで船で働いている者もある。りんごを剥いたり、キャラメルを上げたりする母子。ハッチの中はどこも悪臭まみれ。金で漁夫と関係を持つ女もいる。
　漁夫は何度も騙されて、ここで働いている。夕張炭鉱から来た者の話、坑道内の爆発事故。爆発が広がらないように、即座に壁を作る。その壁の向こうから、はっきりと人の声が聞こえた。しかし監督は、こちらに引火してはいけないと、救出を拒む。それで坑夫を辞めたと聞いた漁夫は、まあ、ここも変わらないがと答える。
　秋田、青森、岩手の百姓が漁夫になる。長男を残して、女は女工に、男は漁夫に。金を持って故郷に帰るつもり。ところが、一度働いて陸を踏むと、餅を踏みつけた鳥のように、函館や小樽でバタバタやる。すると、生まれた時と同じように丸裸になる。
　菓子売りの女や、日用品を扱う商人が入って来る。可愛い女。以前、竹田という男がこの女を強姦すべく、暗い所へ引きずり込んだ。しかし、猿又を三枚も履いているので無理だったという話。
　ともには給士が付いていて、ビール、果物、洋酒をひっきりなしに運ぶ。よく飲みやがると評判。
　全従業員を前に、階段を降りてくる船長、監督。これは会社の儲けのみならず、国家の命運が掛かっている。日本が強いか、ロシアが強いか、その勝負だ。日本の為に働け、ロシアの真似をして妙な活動をする奴は売国奴だという、監督の演説。
　出港、悪天候。3000ｔ近い船が、宙に持ち上げられて、谷底に沈む。みるみる盛り上がる、山のような大波、そこで船は玩具のように弄ばれる。川崎船と呼ばれる小型漁船を八隻積んでいる蟹工船。嵐の中で、そのロープ掛けに懸命な漁夫たち。夕飯、しけているので汁はなし。仕事もできない日に、がつがつ喰らうなと毒づく監督。
　しけの中、秩父丸からのＳＯＳ。進路を寄せようとする船長の肩を掴む監督。この船は会社の船、船長と言えども雇われ、秩父丸には保険が掛けられているので心配ない。船長の言った事が通らない、眼を丸くする給士。信号停止、沈没。
　蟹工船は工場船であるから、航海法は適応されない。同時に船でもあるので、工場法の適応も受けない。重役はこの仕事を、お国の為と結び付ける。それを確かなものにする為に、代議士に出馬する。
　行方不明になった宮口、捜索の貼り紙が出される。二日隠れていたが、腹が減って出頭。罰として便所に閉じ込められる。風邪を引き、肺を病んで体が震えている者まで、仕事に狩り出される。
　川崎船の出漁、昼過ぎから天候の悪変。海一面の三角波、白く砕けた波頭は兎のように跳ねる。警報を受けても、川崎船を呼び戻さない監督。本船に残る漁夫の不満。父が川崎船に乗っているという雑夫の心配。自分の判断で引き上げて来る川崎船、その回収。不満げな監督、皆は焼き殺すような憎悪に満ちた眼で見送る。
　一隻の川崎船が行方不明。代わりによその船を回収し、大工に命じて番号を削らせる監督。
　帰らない船、歯の抜けたような寝床の棚。万一の時の為に住所氏名を改めるべく、残された荷物から手紙を探す漁夫たち。中に一枚、平仮名で書かれた手紙、それは子供から送られたもの。死んだと判れば、弔い合戦をやる。監督ひとりくらい、いつでも叩き落とせる。
　行方不明の川崎船、カムサッカでロシア船に拾われて帰る。その時の、ロシア人の共産主義の宣伝。金持ち、あなた方をこれする。と言って首を締める真似。働く人、痩せる。働かない人、威張って太る。ロシア、働く人ばかりの国。
　早朝、過労で心臓がやられた漁夫、甲板で海を眺める。十四の雑夫を強姦する漁夫。四ケ月も、五ケ月も、この頑丈な男達は、不自然に女から隔離されていた。
　船員と漁夫との間にある競争心を掻き立てる監督。同じ蟹潰しをしながら、競争。これで利益が五割は上がる。しかし、五、六日後になると、お互いにくたくたになる。居眠りすると、監督に殴られる。私語を交わす余裕もない。今度は景品で釣って競争させる。たわいもないものと侮る監督。
　さらに、一番働きの少ない者に焼きを入れる。文字通り、焼いた鉄棒を体に押し付ける事。仕事が終わって寝床に入っても寝つけない。よく生きているな、耐えられるなと、我ながら感心する漁夫。皆の愚痴、お国の為と言いながら、会社がふんだくる癖に。
　芝浦の工場に居た者の話、あちらでは、ここの百に一つの事があったってストライキになる。内地では労働者が横柄になったので、資本家は外へ触手を伸ばした。北海道では、朝鮮や台湾の植民地と同じくらい面白いほど虐使ができた。道路工事や鉄道工事では、虱より簡単に土方が殺された。逃げた者は棒に縛りつけて、馬の後足で蹴り殺させたり、裏庭で土佐犬に噛み殺させる。それを皆に見せる。焼け火箸を押し付けたり、六角棒で打ち据えるのは毎日。脚気になっても、治療はない。死んでも、暇がないので放って置かれる。山になった遺体には、むしろを被せてあるだけ。
　朝は暗いうちから、夕方は手先が見えなくなるまで働かされる。監獄の囚人の方がまだましな待遇を受けている。近くの巡査が、脱走者を調べる。北海道の鉄道は、枕木の一本々々が労働者の死体で出来ている。
　鉱山も同じ。どんなガスが出るか知れない所へ、モルモットより安い人夫を放り込む。マグロのような肉片が坑道の壁に幾重にも張り付いている。トロッコで運び出される石炭の中に、ねばっこい親指や小指が交ざっている事がある。仕分けの女子供は、そんな事に眉を動かしてはならなかった。
　農民、開拓民もひどいもの。活動写真で移民を奨励しながら、四、五寸も掘れば粘土ばかりの土地に放り出される。肥沃な土地には、とうの昔に先客がいる。雪の中で芋も喰えずに餓死する。春に見つかった遺体には、口の中から、半分呑みかけた藁屑が出てきた。
　まれに餓死から逃れて、田畑を開墾しても、その利益は内地のものになる。高利貸し、銀行、華族、金持ちは、何もしないで開拓事業から利益を貪った。冬をしのぐ為に金を借り、できた田畑を担保にする。開拓民はけっきょく小作人になって始めて気付く。「しまった！」
　垢でスルメのようになったシャツをストーブであぶる漁夫たち。いたたまれなくなった虱が、シャツの縫い目から、細かい沢山の足を夢中に動かして出てくる。
　風呂は、最初は毎日入れた。それが三日置きになり、一週間置きになった。水の乱費を防ぐ為だ。しかし、船長や監督は毎日風呂に入った。それは乱費にはならないのだった。蟹の汁で体中が汚れる。蚤や虱が涌かない訳がない。
　甲板で鼻をかむ大工、鼻水が風で飛んでゆく。川崎船は出漁中、なのにウインチに何かが下がっている。見れば、雑夫のひとりが手を縛られて吊されている。雑夫長の、何かの見せしめ。
　監督も、雑夫長も、病人には継子に対するように陰険。作業中に気を失って倒れた学生。それを運ぼうとすると、誰が持ち場を離れて良いと言ったと叫ぶ監督。険悪な雰囲気になると、ピストルをちらつかせる監督。倒れた学生に、水を浴びせる。翌日、工場の鉄柱に学生が縛られている。気絶して、首を落としたまま。胸に張り紙、「不忠なる偽病人につき、縄を解く事を禁ず」
　忙しくなると、個々の漁夫に対する監督の虐待が続く。前歯を折られた者、眼から血を流す者、往復ビンタで耳が聞こえなくなる者。続出。仕事を終わりかけると、今日は九時までと延ばす。
　それでも、過酷な労働はお国の為の英雄行為と思うと、心が晴れる漁夫。蟹工船の近くを過ぎる駆逐艦、その日の丸に涙する漁夫たち。あれだけだ、俺達の味方は。あいつを見ると涙が出てくる。
　甲板の下、糞壷と呼ばれる寝床、二百人近い労働者。
　連日の重労働、昨夜は十時まで。俺は仕事をさぼる、出来ない。ずるけてさぼるんじゃない、もう働けない。それに共感する漁夫たち。翌日、のろのろと仕事をする者が一人、二人、それがあっちでも、こっちでも。いらいら歩き回るだけの監督。
　中積み船の到着、手紙、シャツ、下着、雑誌などが届けられる。会社が派遣した活動写真の上映。臭い、臭い、と言いながら入って来る映写技師。弁士、ここだけの話、会社は船を一隻出して年千万も儲けている。株主には二割二分五厘の配当、こんな会社はざらにはない。
　雨の降る映画、始めは観光物、ついでエロ物。アメリカの西部開拓史、一工夫と重役令嬢との恋、幾多の犠牲によって何百マイルの鉄道は国富となったのである。ついで日本の勤労史、靴磨きの少年が工場に入り、模範工になり、やがて経営者に取り立てられる。げに勤勉こそ成功の母なり。嘘こけ、という野次。蟹一万箱祝いの酒。かつて監督に殴られた漁夫、酔った勢いで包丁を取り、監督を探す。
　昼過ぎ、駆逐艦の接近。ボートで士官数人が乗船、ぺこぺこする監督。洋酒に洋食を食べて、引き上げる士官達。降ろされたままのタラップには、蟹や御馳走の反吐が、酒と混じって強烈な匂い。
　ともとおもて、両方を見る給士。公平に見て、上の者は傲慢で、儲けの為の恐ろしい謀みを平気でする。
　今回の謀みは、ロシア海域で漁をするというもの。その為に駆逐艦が付く。今までの戦争も、底の底を割って見れば、二人か三人の金持ちの儲けの為に仕掛けたもの。
　川崎船昇降に伴う事故。船医の同情、この船は仕事による怪我よりも、虐待による怪我の方が多い。ただし診断書は書かない。
　脚気で寝たきり、そのまま死んだ者。衣類を剥ぐと、真っ白い虱の群がはい出す。
　あいかわらず、継続されるサボタージュ。怒鳴られても、殴られても、逆らわず、ただ手を抜く。しゃかりきに仕事をしない。馬鹿みたいに働くよりも、適当にさぼる方が、プライドが持てる不思議。生意気な船頭に対して、叩き落とすのは訳ないと返す漁夫。屈従しか知らなかった漁夫が、本当の自分の力を知り始めた。
　蟹工船は全国から、手の付けられない、呑んだくれの労働者を集めて、わざわざ団結させているようなもの。
　監督の新しい貼り紙。怠けた者には焼きを入れる、遅れた組は全員体操、賃金の棒引き、銃殺もあり。
　漁夫らの相談。ピストルを恐れる者に対し、俺達はすでに殺されているという者。水夫がいなけりゃ、船は動かない。金持ちは手取り五十万。
　今日も兎が飛んでいる、しけの予感。川崎船を降ろす作業を途中で止めて、あちこちで固まる漁夫たち。しけになると判ってて、船を出されてたまるか。ボイラー室の火夫を巻き込んで、ストライキ。三百人の団結、誓約書。
　監督、船長は落ち着いたもの。そこへ近付く駆逐艦。士官に仲裁して貰えば、かえってストライキがうまく解決すると期待する漁夫たち。乗船した十五、六人の水兵たち、労働者に銃剣を向ける。不届者、不忠者、露助の真似する売国奴。たちまち九人の代表が護送。俺達には味方がない、海軍も金持ちの手先、としょげる漁夫たち。
　かまうもんか、蟹の缶詰に石を入れる漁夫たち。
　後記、漁期中にスト等という不祥事を起こした監督、雑夫長は解雇。あの忠実な犬が、涙銭一文もなしに、漁夫よりも惨めに解雇。「畜生、俺は騙された」と監督の叫び。さらに、ここで経験を積んだ労働者が、全国に散って労働運動を盛り上げる。

党生活者

　第二工場で顔を洗う主人公、須山とは別々に帰る予定。道中、近くに寄る須山。今日は八時に喫茶店で会おう。
　途中、菓子屋に寄り、森永キャラメルを買う主人公。こういう土産を持つと、下宿の受けが良い。
　倉田工業、本工二百のところ、戦時増産で六百の臨時工。私、須山、女同志・伊藤はここに潜り込んだ。防毒マスク、パラシュート、飛行船の製造。八時から九時まで働いて一円八銭。しかも、四百近い女工に日払いするので、五銭銅貨一枚に、一銭銅貨三枚をいちいち渡すので、それだけで一時間かかる。
　臨時工の解雇に際しては、一人十円を支払うという噂。これは会社の策略。首切り前の動揺を防いで、土俵際でまんまと騙してやろうというもの。
　下宿では、世の人並に世間話をしたり、愛想を振る舞わねばならない。
　ビラの原稿を作って八時に喫茶店、ラブレターを上げるよと、机の下でＳに渡す。ヒゲの連絡が切れた、ぱくられたのではないか。
　「潜る」という事の困難さ。素性を偽って、普通の労働者に混ざって暮らす。おとなしく捕まって、留置所にいる方がよほどたやすい。
　翌日、工場の衣料棚の中に配られたビラ。解雇手当十円の噂に騙されるなとの内容。
　太田が上げられた。太田は私のアジトを知っている。三日目には口を割るだろう。当時の仲間内では、三日が相場と見積もられていた。近くで逮捕者が出れば、すぐ飛ばなければならない。
　翌日、帰宅すると二階の部屋に電灯が付いている。人影。持ち出したい物があるが、そのためらいが命取り。
　遠くの女同士・笠原を訪ねる。下宿には兄と偽って、泊めてくれる。女の部屋は初めて、緊張で眠れぬ私。笠原さんは、横になったまま眠らない覚悟。
　翌日、Ｓから金を借りて、下宿を探す私。
　何度も警察に捕まり、母親に引き渡された伊藤。警察には何度も頭を下げる、旧時代の母。娘と一緒に銭湯に入り、娘の裸を始めて見て、へなへなと崩れた母。度重なる拷問で青黒いあざだらけの体。「娘をこんなにした警察に頭を下げるもんか」　急に活動に理解を示す母。「貧乏人の為に働く、罪のない娘を殴るなんて」
　容姿の良い伊藤、工員から誘われる事も多い。それを利用し、喫茶や映画館で仲間に入れてしまう。
　獄中の太田、差し入れの為のカンパ。それでいて、その自白によって、捜査の手が迫るのではないかという恐怖。
　実家に伸びる捜査。字の書けない母。かつて獄中にいた私、手紙の書けないのが残念だと言う母。警察は金持ちの手先、この逆さになっている社会を恨めと教える私。
　投獄されたヒゲ、獄中仲間のごろつきから得た報告。Ｔ署で５日、Ｋ署で29日、さらにＯ署。両手を後ろ手に縛ったまま天井に吊し、六、七人がかりで竹刀で殴りつける。気絶すると水を浴びせて、三日三晩。
　報告を聞いて憤る伊藤。彼女も二度ほど警察で、ズロースまで脱ぎ取られて真っ裸にされ、竹刀の先でこづき回された事があったのだ。
　女工の中に仲間を七、八人作った伊藤。仕事が終われば、しるこ屋やそば屋で談話。話の中身は、誰と誰がくっついたとか、誰と誰が変とか、そういうのばかり。吉村という男とキヌちゃんが良い雰囲気なのに、会う事もできない。もう少し時間を早くして、賃金を上げて貰わないと、恋をささやく事もできない。
　会社の対策。臨時工六百には辞めて貰うが、成績の良い者二百には引き続き働いて貰う。だから、頑張るように。
　夜間外出も、喫茶店で話す自由もない日本。
　左翼系雑誌を読んでいた女工が、工員に殴られる。大衆党に属する工員は、組合活動を邪魔する。工場内で、青年団や在郷軍人会を作ろうという動きもある。
　会社が作った僚友会のメンバーの話、満州にこそ労働者の王国が作られる。だから、我々は頑張らねばならない。
　戦争株の暴騰、帝国火薬、４円→９円。石川島造船、５円→25円。アンチモニー価格、20円→100円。海外ではドイツのクルップ、十倍益。
　臨時工に残業を強いる会社。あとで本工にして貰えるかも知れないという期待で、それを承知する臨時工。六時過ぎまでサービス残業しても弁当代は出ないので、弁当代の分だけかえって損をする。
　僚友会は会社の手先。賃上げ、待遇改善を要求しても、うまく丸め込んでしまう。その個々の事実を取り上げて、僚友会の正体を機関紙を通じて暴露する。こうなって来ると、工場は戦場だ。
　官営工場では、工員に交じった憲兵さえいる。そういう工員に限って、意識のある様子をするので、見分けが付かない。
　伊藤の下宿で集会。鏡台の上が賑やかな伊藤、容姿を繕うのは仲間をふやす為。笠原に誘われて都心へゆく私。銀座、新宿、繁華街は苦手。以前から赤いという噂の笠原、タイピストの職を失う。
　金がなく、ご飯の少ない水漬けを食べる毎日。笠原と暮らす私、カフェの女給になってはどうかと提案すると、女郎にでもなりますとの返事。「あなたは偉い人だから、私のような馬鹿が犠牲になるのは当たり前だ」という笠原。さすがに、それは違うと言う私。
　巡査による身辺調査。
　共産党は壊滅したと宣言する政府、新聞。そう言った先から、新たな活動が生まれている。メーデー、8/1の国際反戦デーは、特に重要。
　顔を包帯で隠す須山、暴漢に襲われた。
　倉田工業、満州兵士の為の慰問金募集。これは工員の生活費を下げ、柔順にさせる策謀。対するメンバー、須山、伊藤は僚友会に潜入。入って見れば、どっち付かずの会員も多いので、切り崩しを計る。御大の清川、立場が無くなる。須山はその帰り、三、四人の者に袋叩きにされた。
　仲間を築地小劇場に案内する伊藤。女工や労働者が登場し、騒ぎ回る芝居。
　喫茶店で働くようになった笠原。当時の喫茶店は、客の隣に座り、接待が過剰。運動している者が喫茶店に入るのは恐ろしい事で、自分でいくらしっかりしていようと、眼に見えて駄目になってゆく。雰囲気とは、魚にとっての水と同じくらい大切。そこの経営者は女で、誰かの妾をしていた。それも教授、作家、俳優と、ひとりではない。
　笠原の環境は悪い。経営者もそうだし、客も馬鹿話をするだけで、それに一々調子を合わせないといけない。それが笠原の心に沁み込んでゆくのが判った。
　仕事と活動で過労が重なる私。父は百姓、小作料が高い為、石ころだらけの荒れ地を開墾した。それが為、父は心臓を悪くした。
　倉田工業、本工格上げの噂で最終ピッチ。須山、伊藤の後輩らの履歴を作り、それを細胞として送り込む計画。
　伊藤の後輩、その兄が倉田工業の社員。その口から、最終の三十一日ではなく、その直前の二十九日に一斉解雇をやる計画が漏れた。その時は、警察と軍隊が動員される。こちらは、先手を取って、二十八日にストライキを決行する。
　堂々とビラを配る須山。皆の信望のある、いつも肩を並べている須山がビラ配りをする事で、党活動を身近に感じて貰う。
　勧誘をオルグ、派閥をセクト、独断をドグマと言う。
　ビラを持ち込むのは女工、その為の身体検査がある。伊藤はきつい目のガードルを履いて、ビラを持ち込む。
　昼休み、工場の屋上。バレーボールをやったり、休んだりしている者が多数。一時十五分前、回りに仲間を配した須山、貯水塔からビラを撒く。すぐ殺到した十人、かき集めたビラを、また高く放り上げる。一ケ所で撒かれたビラは、たちまち全工員六百人にゆき渡った。守衛が割り込むが、誰がビラを撒いているのか、誰が拾っているのか判らない。
　翌朝、二十八日、スト決行の予定日。工場は切り上げて、四百人を解雇。土俵際で裏をかかけた。臨時工二百人を残したのも、足並を乱れさせるという策略。しかし、本工の中にも、メンバーは残っている。解雇された者は、また全国に散らばる。

人を殺す犬

　十勝岳の麓、鉄道工事現場。ひとりの人夫が脱走、怒る頭。
　夕暮れの飯場、引き上げる人夫達。うしろから、馬の蹄の音。捕まったのだ。ロープで縛られた源吉、馬に引かれて歩く。騎手はわざと足を速くして、源吉を倒れさせる。石ころだらけの道を引きずられる源吉、衣服が破れて、額や頬から血が流れる。
　体を悪くした源吉、二十三才。死ぬ前に、どうしても故郷に遺した母の顔が見たかった。故の脱走を知る仲間だが、誰も振り返ろうとはしない。
　夕食後、広場に皆を集める頭。源吉はすでに袋叩きにされて、ぐったりしている。それを立たせる。
　ひとりが逃亡者のロープをほどく。と同時に、頭が土佐犬を放す。
　飛びかかる犬、手をかざす源吉。両者はもつれ合って、二、三回転ぶ。口を血で濡らした犬、倒れたままの源吉。親分の回りで跳ね回る犬。再び立ち上がった源吉、飛びかかる犬。塀に追い詰められた源吉、顔も胸も血まみれ。体をひる返し、塀によじ登ろうとする源吉。その脚に喰らいつく犬。
　人夫らによる、源吉の埋葬。「俺はいつかお頭を殺してやるぜ」

小林多喜二　略歴

　1903.10/13、秋田県、没落農家の次男として誕生。由緒ある地主の分家、祖父は旅館経営。長男である叔父は事業に失敗、北海道で開墾、後にパン工場を作って成功。多喜二の父は郷里に停まった次男。
　1908　５才、両親、小樽でパン屋を始める。
　1924　21才、拓殖銀行に就職、文芸活動盛ん、不遇なる酌婦田口タキを知る。
　1925　22才、一橋大に落第、タキと同棲。
　1927　24才、北海道で文芸活動、芥川、里見惇を招く。
　1929　26才、蟹工船、不在地主を発表。拓殖銀行を解雇。
　1930　27才、文芸活動、政治活動、盛ん。治安維持法で度々の逮捕。ナップ、創刊。
　1932　29才、共産党活動、同志の宮本顕治、中野重治、宮本百合子、蔵原惟人らとともに、逮捕、地下活動を繰り返す。志賀直哉を訪問。伊藤ふじ子と結婚。
　1933　30才、1/10、妻ふじ子の逮捕、家宅捜査。
　2/20、多喜二、築地警察特高課員により逮捕。築地署にて、警視庁特高中川警部指揮の下、特高課員らによる残忍を極めた拷問により死亡。死亡推定時刻は、午後07:45。警察・検事局は死因を心臓麻痺と発表。さらに2/23、自宅での告別式参加者を全員検挙。
　特高の憎悪を駆り立てた作品は、「地区の人々」
　築地小劇場にて労農葬、各機関誌が追悼と抗議の特集、魯迅はじめ内外から弔辞。小林多喜二作品、ロシア、アメリカ、チェコ、ドイツ、中国で翻訳。
　1935、ナウカ社、小林多喜二全集を刊行。

参考
　プロ芸研究連盟　反動的前衛（大島渚？）撲滅を看板に掲げた、なかなか硬派なサイト。
　恋愛科学研究所　「愛と憎悪の歴史」に多喜二が受けた拷問が詳しく紹介されている。ほかにも、面白雑学が沢山。
　白樺文学館多喜二ライブラリー　多喜二百景など
　小樽のまちと小林多喜二　花岡ユリ子さんのホームページ、こういう堂々とした共産党員は良いです。偉いです。
　青空文庫　現在、七作品を公開。
　福元館　オルグ執筆の宿
　ウィキペディア　ウェブ百科事典。
　

寸評
　小林多喜二は一橋大を落第。それよりもっと良い大学を出ている高学歴、エリート、インテリ、キャリアの高級官僚である特高警察が、小林多喜二を裸にし、天井から吊して、竹刀で殴り殺したのです。中世の異端審問にしても同じで、糞学問の高学歴者による大衆蔑視、非人道ぶりには、根深いものがあります。

　非合法活動の為の、潜入、オルグ、細胞を送る、といった手口は、もっと眼を見張らねばならないと思います。
　話は変わりますが、2003年、アメリカによるイラク攻撃の時です。いつも気楽に音楽を流している大阪のＦＭ802がいきなり、妙な報道を始めました。
　大阪の一高校生が、反戦の為に何かできないかとホームページを立ちあげ、大阪城広場での人文字運動を呼び掛けたというものです。
　そして、当日は二千人以上の人が集まり、「戦争、やめて」の人文字を作ったと、ＮＨＫ大阪がわざわざヘリコプターを飛ばして中継していました。
　これは、ＦＭ802やＮＨＫ大阪に、「細胞」を「潜入」させないと出来ない事です。後に、これはどうも共産党が裏で糸を引いていたようだと噂されました。合法活動のできる時代に、こんな広告屋まがいの後ろ暗い手段に訴えるのは、往年の犠牲者を侮辱するものではないでしょうか。メディアが行政や政党に侵食されているなら、それを摘発する組織も必要なのではないかと思われます。

　小林多喜二は、革命も、党内派閥抗争も知らず、純粋に労働者、貧乏人の為に、賃上げ活動に邁進した人です。小林多喜二は、賃上げの神様。

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