ニクソン、わが生涯の戦い

　　福島正光、文藝春秋、1991。

　重要なのは批評する者ではありません。強い男のつまづきを指摘したり、立派 な仕事をした者にけちを付けたりする人間でもありません。真に称賛しなければ ならないのは、泥と汗と血で顔を汚し、実際に戦いの場に立って、勇敢に努力す る者、努力につきものの過ちや失敗を繰り返す男です。しかし、彼は、実際に物 ごとを成し遂げるために力を尽くします。偉大な情熱と偉大な献身を知っていま す。価値ある大義のために全力を傾け、うまくいけば最後に赫々たる勝利を収め、 敗れる時も敢然と戦いつつ敗れます。だから、そういう男を、勝利も敗北も経験 しない無感動で臆病な連中と、断じて同列に並べるべきではありません。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―― シオドア・ローズヴェルト。

第一部

第一章　山と谷

　1972.2/21、中国。
　ヴァチカン、クレムリン、東京、ヴェルサイユ、ウェストミンスター等、世界 を公式訪問したが、中国に勝る感動はなかった。
　周恩来についての、人物評。キッシンジャー曰く、黙ってとぐろを巻き、隙あらば襲いかかるコブラ。ウォルター・ロビンソン曰く、彼は魅力的に見えるが、素手で人を殺した後、たばこをくゆらして立ち去る男。
　毛沢東との会談。毛、「私は右の人達が好きです。左の人達は喋べるだけ、右 の人は黙って実行する」

　1974.8/9、ホワイトハウス。
　大統領としての最後のスピーチ。私が辞任を決意したのは、戦いを諦めるので はなく、辞めるのが国にとって最善と考えたからだ。

　辞任後も、攻撃は続いた。レオン・ジャウォルスキ特別検察官は、辞任を聞い て大喜びした。アル・ヘイグは事前の交渉で、これ以上検察官の嫌がらせを受け る事はないと判断した。しかし、ジャウォルスキ周辺の若い活動家は、傷ついた 犠牲者にとどめを刺そうと意気込んだ。エド・コックスは、これを警戒して辞任 に反対した。コックス、「彼らは無慈悲で、あなたを嫌っている。あなたを一生 悩まし、民事、刑事で引っ掻けようとするでしょう」
　弁護費用はうなぎ登り。辞任後の十五年間で払った弁護料は、180万＄以上。
　連邦最高裁は、物証を得ようとするニクソンの訴えを却下。マスコミの総攻撃。

　最悪なのは、私の友人に対する嫌がらせだ。ベベ・レボゾは、マフィアと関係 があると特別検察官から訴えられた。85回もの証言、嫌疑は誤り。潔白は証明さ れたが、弁護費用は膨大。
　モーリス・スタンズは、公職選挙法に絡む軽犯罪で罰金を取られた。民主党候 補の同様の罪は、無視された。
　1975、ローズ・ボウルのテレビ中継は、元司法長官ジョン・ミッチェル等、か つての部下に対する有罪判決のニュースで中断された。私は、スポーツ観戦とい う趣味にも逃げ込めなくなった。
　私の立場はひどく落としめられたので、私に対する非難がどんなにひどく、卑 しいものでも、それが放送されたり出版されたりすれば、必ず信じられた。この 情況に対して、フォード大統領が大統領特赦を申し出てくれた。9/8、特赦を受 け入れたが、予想された通り、フォード大統領の支持率は下がった。
　血栓症にかかるニクソン。血栓が肺に回ると命にかかわる。手術後の血圧、上 が60、下がゼロ。

第二章　醜聞

　アーノルド・トインビー、引退と復帰の現象。創造的な人物は、一時的な引退 を行った後、新しい力を付けて復活する。その例、トゥキジデス、マホメット、 孔子、ピョートル大帝、ガリバルディ、レーニン。さらに、チャーチルとドゴー ルを付け加えたい。
　1932、57才のチャーチルは大蔵大臣の職を失った。ダーダネルスの敗北の後、 憂鬱証にさえ陥った。しかし、ヒトラーに対して警告を発し続け、65才で政界に 復帰した。
　1946、ドゴール、権限の弱い大統領職に甘んぜず辞任。十三年の農園暮らし。 1957、アルジェ危機、政界復帰したドゴール、大統領権限の拡大。

　ニクソンの敗北。
　1960、大統領選挙での敗北。1962、カリフォルニア州知事での敗北。ニューヨ ークで弁護士稼業に転身。
　1966、共和党の選挙活動家として、選挙結果を正確に予測。
　1967、フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿、「ベトナム後のアジア」　対中政 策のカーテンを上げる事を示唆。
　1968、大統領指名選挙について、半年の猶予を宣言。世界を回る。

　敗北から学んだ教訓。
　一、敗北は、諦めない限り決定的なものではない。
　二、敗北を切り抜けて、人は自らの弱点を知り、それに対する免疫を付ける。
　三、順境より、逆境の方が人は力を発揮する。

　この時の逆境が、後の逆境を耐えさせた。

　すべての新聞が私の事を「不名誉な前大統領」と書いた。私は憎まれるか、無 視されるかだった。侮辱にはこと欠かなかった。
　財産も危機に見回れた。恩給で生活はできたが、弁護費用は膨大で、全国の支 援者からの郵便に対応するスタッフも必要だった。しかし、私は、講演の報酬は 貰わない事にしていた。1952、副大統領に就任して以来、講演の報酬は貰わない と決めていたのだ。こういう報酬を提供する組織の本当の関心は、話の内容より、 聴衆の獲得にあるのだ。また、フーヴァー、トルーマン、アイゼンハワー、ジョ ンソンらの歴代大統領らもこういう報酬を拒否していた。私は、それを始める最 初の元大統領になるつもりはなかった。
　私を支えてくれたのは家族だった。彼らは、一度も愚痴をこぼした事はなかっ た。多くの点で、私よりも彼らの方が辛い思いをしていた筈なのに。
　多くの友人もまた、私を助けてくれた。ウォーターゲート事件の後、驚くほど 多くの人が声をかけてくれた。ありがたい事に、彼らは同情の言葉を口にしなかっ た。他人の憐憫の対象になる事は避けられた。

　ウォーターゲート事件を振り返って、私は神話と事実とを区別する必要を学ん だ。
　事実は、私の選挙運動に関わった数人が、ウォーターゲート・ホテルにある民 主党全国委員会本部に侵入し、電話に盗聴器を付けている所を逮捕されたという ものだ。さらに、私の選挙本部と、政府機関にいた私の支持者が、これを隠蔽し ようと試みた。私は進んで事実究明をしなかったし、侵入犯を解雇処分にもしな かった。
　これが事実で、これだけでは政権を引っくり返すには至らなかっただろう。敵 対者はこの事件を膨らませて、「アメリカ史上最大の腐敗」を演出した。
　もっとも恥知らずなでっち上げの神話は、私が民主党本部への侵入を命じたと いうものだった。この事件の調査に当たり、政府、議会、特別検察局は何百万ド ルもの費用を費やした。だが、私が侵入を命じたり、事前にそれを知っていたと いう証拠は何ひとつ見つからなかった。
　さらなる神話は、被告ハワード・ハントを黙らせる為に私が金を支払った、と いうものだ。1973.3/21、ジョン・ディーン、ボブ・ハルデマンとの会議の録音 テープが残されている。ここで私は、金の支払いを考慮したが、最終的には被告 を許さず、ホワイトハウスからの出費を禁じた。非難を浴びせた連中は、この会 議の結果、いかなる支払いも行われなかったという事実を無視している。
　もっとも重大な神話は、ＣＩＡがＦＢＩの捜査継続を妨害したというものであ る。1972.6/23、ボブ・ハルデマンとの会話テープで、私は、元ＣＩＡ要員が侵 入に参加していた事実からして、ＣＩＡが捜査の進展を歓迎しないと考え、その 介入を要請した。これは、私の過ちである。スタッフの助言に従ったものだが、 後に、このスタッフは隠蔽工作に関わっていた事を知った。しかし、この過ちは 阻止され、是正されたのだ。ＣＩＡ長官リチャード・ヘルムズと副長官ヴァーノ ン・ウォルターズは、ホワイトハウスの要請を無視し、ＦＢＩの捜査への干渉を 拒否した。第二に、三週間後の7/12、ＦＢＩ長官パット・グレイから電話がかかっ てきた時、私は捜査を進めるよう強く命じ、ハルデマンとジョン・アーリックマ ンに対し、選挙本部と行政府が全面的に捜査に協力するよう指示した。
　もっとも馬鹿げた神話は、私もしくはスタッフが、ホワイトハウスのテープの 一本から十八分三十秒の会話を消し去ったというものだ。秘書ローズ・ウッズ・ メアリーの説明によれば、このテープレコーダーにはよくある故障との事だ。敵 は、テープに伴う議事録が、まったく平常の話題に終始している事を無視した。 私のスタッフが証拠隠滅を計るとすれば、この十八分を消し去りながら、より重 要で膨大な何十時間ものテープに手を付けずにいたのは、信じがたい事だ。
　もっとも一方的な神話は、私が政府機関を使って、財務長官ジョージ・シュル ツに、私の政敵であるラリー・オブライエンへの国税庁監査を要請したというも のだ。これについて、私はやましさは感じない。ケネディ＆ジョンソン時代、私 はいつも国税庁の監査対象になっていた。民主党の任命による長官や高官に支配 された国税庁職員は、ビリー・グレアムを含む私の多くの友人にまで監査対象を 広げた。私はただ、同じ事をしただけだ。まったく同じ事をして、民主党のそれ には頬被りをし、私だけが非難された。
　まことしやかな神話は、ニクソン政権が政治資金提供者に対して、大使の職を 売ったというものだ。重要な貢献者を、格式の高い大使館の大使に任命する事は、 これまでずっと行われてきた慣習である。パリやロンドンの社交界で必要になる 金額を考えると、普通の人に大使の職は勤まらない。だから、フランクリン・ロ ーズヴェルトはジョセフ・ケネディをイギリス大使に任命した。実際には、1972 の選挙では、富裕層からの献金を制限したし、時には断りさえした。選挙資金を 一文も出さなかったウォルター・アンネンバーグがイギリス大使に任命されたし、 百万＄以上の寄付者で大使に任命された者は一人もいない。
　もっとも広く信じられている神話は、私が政敵や報道関係者に対して、盗聴や 監視を行うよう命じたというものだ。具体的には、マスキー、パーシー、プロク シマイヤー、ジャヴィッツ上院議員を監視。マクガヴァン、マンスフィールド、 フルブライト上院議員への盗聴。チャパキディック事件のメアリー・ジョー・コ ペクニの友人らを盗聴。イーグルトン上院議員の診療記録を入手。政府の敵対者 に対するＦＢＩの政治活動。左翼急進派に対する盗聴と窃盗。これらの非難はす べて偽りであり、それを実証する為の証拠はまったく提示されなかったが、これ を言いだした人間は、どれひとつとして撤回していない。
　盗聴については、かつては非合法ではなかった。ソビエト、中国との秘密外交 について、情報漏洩を防ぐ為にも盗聴は必要だった。ある種の盗聴は、漏洩の元 を突き止め、国家の安全保障の為には必要なものである。
　1972.6/、最高裁判決によって、盗聴には令状が必要とされるようになった。 しかし、事実から言うと、ロバート・ケネディ司法長官はもっとも多くの盗聴を 行った。それは、安全保障に関するものでもなかった。ケネディ政府は、マリリ ン・モンローについての本を執筆している新聞記者の電話に盗聴器を取り付けた し、マーティン・ルーサー・キング・Jr師の部屋に盗聴器を取り付けた事もあっ た。
　もっとも汚い神話で、いちばん腹立たしいものは、私が大統領として私腹を肥 やしたというものだ。1968、大統領選挙の後、私は自分の法律事務所からの176000＄ の報酬を拒んだ。以前の仕事への報酬であったにも関わらず、大統領職としての 公平さの為にそれを拒んだ。任期中は、株式も債券も所有しなかった。すべての 資産は、不動産と政府預金にした。今日、私は、講演の報酬を受け取った事がな く、また、シークレット・サービスの保護を自発的に放棄した唯一の元大統領で ある。1985、私のこの措置により、国民は1200万＄以上の節約をしている。
　もっとも悪意に満ちた神話は、私が所得税をごまかしたというものだ。1974、 サンクレメンテに帰って税務を調べた結果、30万＄も余計に税を支払っている事 が判明した。さらに、民主党官僚の嫌がらせ絡みで、次のような逸話がある。
　私は国立公文書館に副大統領時代の書類を贈与した。リンドン・ジョンソンは 私に、それを寄贈にして税の控除を受けるように勧めた。それはジョンソン、ヒュ ーバート・ハンフリーほか、民主党の高官がみんなやっている事だ。
　1969.3/27、576000＄相当の文書を公文書館に寄贈。同年、7/25、議会、文書 の寄贈で税控除を認めない法律を可決。1974、議会、この分の税控除を認めない 裁定。弁護士ディーン・バトラー、争うように言うが、私は委員会との約束によ り審査は断念した。議会は文書寄贈を非合法として税控除を斥けたが、公文書館 はこれを合法として文書を納めた。
　議会が調査を止めると、今度は国税庁が監査を引き継いだ。1973.5/、ベトナ ムで捕虜となっていた帰還兵の妻や母親を公式晩餐会に招待した際、私は私費で 650個のコサージュを贈り、それを控除した。すると国税庁は、コサージュ代は 政府支出にする事ができた筈だという理由で、控除を認めなかった。もし、そう していたら、政府は控除を認めるより二倍以上の費用を払う事になっただろう。
　重箱のすみをつつくような馬鹿げた批判もあった。私が移動の際、飛行機に愛 犬を伴う、その犬の費用も支払うべきだと言うのだ。ローズヴェルトの愛犬ファ ラが駆逐艦に乗ったのは微笑ましい話題になったし、ジョンソンの犬が飛行機に 乗る事はみなが当然と考えた。だが、ニクソンの犬が飛行機に乗ると、たとえ一 人分の座席を占めないとしても、犬の分の航空運賃を所得として申告しなかった 点で犯罪になるのだ。

　ウォーターゲートとは何だったのか。報道秘書官ロン・ジーグラーはそれを第 三級の窃盗と呼んだ。ウォーターゲート事件を、ハーディング政権下のティーポッ ト・ドーム汚職や、トルーマン政権下のファイブ・パーセンター醜聞や、グラン ト政権下のウィスキー醜聞と比較する事はまったく的を得ていない。
　ニクソン政権下では、誰ひとり、事件で利益を得る者はなかったし、政府を欺 こうとした者はなかった。
　顧みて私は、選挙運動や行政の協力者に対して、もっと高い倫理規範を設ける べきだったと思う。盗聴や侵入など思い付きさえしないような道徳的な気風を確 立すべきだった。まさにその故に、私はウォーターゲート事件についての全責任 を認めたのだった。
　世論調査で30％もリードしている事を思えば、そのような危険を犯す事は無意 味だった。民主党指名候補者とされたジョージ・マクガヴァン上院議員には、ほ とんど勝利のチャンスはなかった。これを教訓とすべきは、政治指導者はつまら ぬ事でつまづかぬよう注意を払うべきだという事だ。
　ウォーターゲートは、反対政党にとっては、政治的な利益であった。1973、ア グニュー副大統領が辞任、上院でジェラルド・フォードが副大統領に承認される までの間、短い空白期間があった。民主党下院議長カール・アルバートは大統領 に次ぐ地位にあり、ケネディ側近セオドア・ソレンセンは、ニクソン辞任後のア ルバート擁立の為の包括的緊急計画を作成した。下院議員ベラ・アブザグはアル バートに向かい、「あなたがお尻を上げれば、私たちは大統領を手に入れられる のよ」と発言した。

　友人たちへの残忍な嫌がらせはいつまでも続いた。ベベ・レボゾは、十八ケ月 に渡り、会計検査院、上院ウォーターゲート調査委員会、国税庁、そして特別検 察官から徹底的に追及された。当局が漏らした疑惑で、マスコミが大きく取り上 げたものには、賭博資金の不法洗浄、政治資金の流用、ハワード・ヒューズから の献金の猫ばば、というものがあった。捜査には200万＄以上の予算が使われた。 そして、1975.1/、特別検察官レオン・ジャウォルスキは、レボゾへの嫌疑には 何の証拠もないと声明を発表した。しかし、それまでの嫌疑を大々的に報道して いたニューヨーク・タイムズも、三大放送網も、その声明はまったく報道しなかっ た。

　これらの敗北から、私は次の三つの教訓を学んだ。
　一、過去を忘れよ。敗北の原因を分析する事は必要だが、失われたものに執着 してはならない。やり残している事を考えよ。
　二、批判者に追いつかれるな。彼らが勝つのは、こちらが目標に向けて疾走し ている時ではなく、彼らと戦わざるを得ない時だけだと銘記せよ。
　三、自分自身より大きな目標に自分の時間を捧げよ。趣味を追ったり、資産形 成の誘惑を斥けよ。アインシュタインも言う、他人の為に生きる生活のみが生き るに値する。

　1978.1/9、６５才の誕生日はひとつの節目となった。回想録は、幸運なことに ベストセラーになった。今後の人生についての決断を迫られた。敗北のまま引退 すれば、やがて精神的にも死んでしまうだろう。
　私は再び、私を鼓舞してきた大義に自らを捧げる事を決意した。世界情勢を分 析して、私は、モスクワの拡張主義の背後に地勢的な勢いがある事、西側世界の 政治意識が麻痺状態にある事を憂慮した。私は、自由世界の旗手としてアメリカ により積極的な役割を果たさせる事、世界情勢に向けて洞察力のあるアプローチ を行う事を目標とした。

第三章　再生

　1978.11/30、オックスフォード大学弁論部での演説、静かに迎える聴衆。外で は、大違いの歓迎を受けた。アメリカ人留学生を含む数百人のデモ隊がクルマを 囲んだのだ。副大統領時代の、ベネズエラの首都カラカスでの反米デモを思い出 すくらいだった。
　演説の後の質問。質問者は丁寧であるが、手厳しかった。カンボジア侵攻を後 悔しているかと聞かれ、私は、もっと早期にやらなかった事を後悔していると答 えた。1970、北ベトナム占領下のカンボジアへの侵攻を非難する事は、1944、ド イツ占領下のフランスへの連合軍の侵攻を非難するに等しいと答えた。
　この講演は好意的に終わり、フランスでは三時間に渡って放送された。

　引退後、私は政府高官との縁を失わず、彼らと話した。アル・ヘイグ、キッシ ンジャー、スコウクロフトらと話した。世界情勢について、ブレジンスキー、マ スキー、レス・アスピンらとも話した。アジア、ヨーロッパ、中東、世界を旅し て回り、政府首脳と会談した。
　この頃、シークレット・サービスを断り、政府に年間300万＄の予算を節約さ せた。
　1971、カンザスシティでの講演。米、ソ、西欧、中国、日本という五大パワー・ センターが世界を動かす主要軸になる。

　日本は依然として臆病な巨人であって、世界で果たすべき役割について自信が 持てず、その巨大な経済力にふさわしい任務を引き受ける事を渋っている。だが、 これは変化の始まりである。シンガポールのリー・クアン・ユー首相は二十年以 上も前に次のように述べた。「日本人は偉大な国民だ。彼らは、良いトランジス タ・ラジオやミシンを作ったり、アジア人に稲作を教えたりする事だけに、自ら を限定する事に満足できないし、またそうすべきでもない」

　1989.6/2-4、中国政府は天安門広場での民主化デモを銃で弾圧した。中国はこ の一夜で、改革の十年を不意にしたと言う者もいる。しかし、経済改革と門戸解 放は後戻りできない。中国の指導者は、世界を見て、自国の後進性について羞恥 を覚えた。1979、�ｹ小平の訪米、その背後に映る都市や工場が、彼らの世界観を 根底から変えた。胡耀邦、趙紫陽、季鵬、�ｹ小平とも、脱モスクワ、経済改革路 線では一致している。
　天安門広場での虐殺の後、一部の識者は、アメリカが一切の関係を断って、大 幅な制裁を科し、中国を孤立化させよと要求した。武力でのデモ隊鎮圧は、信じ がたいほどの愚挙である事に誰しも異論はない。多くの中国指導者が言うように、 学生の合法的要求を受け入れるか、少なくとも死者を出さずに暴動を制圧した方 が賢明だったのは明らかだ。だからといって、米中関係を破壊する事は、アメリ カ国民の利益にも中国国民の利益にもならない非劇的な過ちとなるであろう。
　1989.10/31、ニクソン、中国訪問、�ｹ小平との会談。ニクソン、「六月の人々 の死は悲劇だったが、あれほど有益だった両国の関係と政策が死ぬ事は、もうひ とつの悲劇となるでしょう」　すなわち、アメリカは六月の弾圧を許す事はでき ないが、両国の友好関係は継続されるというもの。

　江沢民との会談で、私は中国の人権推進の為の十六の措置を提案した。そのう ち、戒厳令の解除、デモ参加学生の釈放、平和プログラムの復活、ヴォイス・オ ブ・アメリカへの制裁解除は実現された。しかし、方励之夫妻の逮捕取り消し、 反体制派への弾圧の停止は、まだ実現されていない。

　1986、モスクワ訪問。1959訪問時とまったく変わらない様子、道路はひどく、 行列は惨め。米ソ対立で、我々の敵となるのはソビエト国家であって、ソビエト 国民ではないという信念。

　ゴルバチョフは、温厚なイメージとは裏腹に、軍事面ではタカ派だ。
　1985、ゴルバチョフ政権発足。アフガニスタン侵攻の拡大、パキスタンに対す るＫＧＢによるテロ爆撃の拡大。
　1987、アフガン・レジスタンス首脳アブドゥル・ラヒム・ワルダク将軍の見解。 ゴルバチョフの戦略は、西側を油断させて、外交交渉で勝利する事。
　1988、ジュネーヴ協定、アメリカの政策担当者はソビエト撤退を信じて、予算 を削減した。
　1989、ソビエト、カブール政府に月数百万＄相当の武器援助。アメリカ、レジ スタンスへの供給停止。ジャララバード、陥落。
　教訓、政府首脳が何を言おうと、クレムリンの拡張政策に変わりはないという 事。

　私の活動は、左翼陣営に、カムバックかという恐慌を巻き起こした。そのつも りは無かったが、彼らは私の言動に引き付けられた。記者は前よりも私を嫌った が、私自身がニュースだった。火に飛び込む蛾のように、記者たちはニュースに なる記事を報道する事に抵抗できないのだ。
　要するに、ある種の人々の目に悪人に映らないようにする為には、誰の目にも 限りなく退屈な者にならねばならない。少しは問題人物でなくなるとしても、そ れは無意味になる事だ。問題人物であり続ける方が、まだしも影響力を停める事 ができる。

第二部

第四章　家族

　私は貧しい、中流下層の出身である。
　1952、アイゼンハワー演説、「私達はとても貧しかったが、アメリカの素晴ら しい所は、当時、私達がその事に気付かなかった事です」

　私は、多くのマスコミで、グロテスクに描かれた父のマンガを見た。そこでは、 私の父が、野卑な田舎者のように描かれている。
　私は、父ほど激しく長く働いた人間を知らない。父は、幼くして母を亡くした ので、小卒で社会に出た。オハイオで市電の運転と作男、コロラドで羊毛刈りを、 カリフォルニアで油田の下働きと大工をした。カリフォルニアで、自分達の住む 家を建てた。この家は、今も残っている。
　父は雄弁家だった。家族にとって、最高の日曜学校の教師だった。
　父の最大の論争相手は、町のハム＆ベーコン屋のビル・モスだ。彼はリベラル な民主党員だったが、父の死に際してはその棺を担いでくれた一人だった。
　父は私が雄弁家になる事を望んだ。小学校六年の時、学校で持ち家と借家とど ちらが有利かという事でデイベートがあった。男子は借家有利派を当てられ、負 けは確実だったが、持ち家にかかる経費を指摘して討論に勝った。
　父はいつも、社会的弱者の側に立った。わが家は小さな食糧雑貨店だったから、 父はチェーンストアをとことん敵視していた。チェーンストア規制のロビンソン・ パトマン法を支持した。後年、私は下院でライト・パトマン議員と肩を並べた。 意見の一致を見る事はなかったが、彼は、若いテキサス出身議員時代にした事が、 はるか遠いカリフォルニアの小さな食糧雑貨店に影響を与えた事を知って喜んだ。
　大不況の時代、父は失業の影響をひどく恐れた。高齢者に月200＄を支給しよ うというタウンゼンド計画を支持したのは、高齢者が引退できれば、若い失業者 が職を得ると考えたからだ。
　当時はハイウェイ１０１をとぼとぼ歩く浮浪者が多かった。店で施しを乞う彼 らを、父は迎えたが、同時に簡単な仕事を与えた。
　兄ハロルドが結核を患った時、父は郡の病院ではなく、私立のサナトリウムに 入れる為、店の建っている土地の半分を売り払った。
　店で売るパイやケーキは母が焼いていたが、兄の看護に手を取られると、その 仕事は父が代わった。
　私がホイッティア高校で弁論大会に出場する時、一張羅の茶色のスーツを着た。 ＰＴＡの何人かの婦人は、青のスーツが良いと購入を申し出た。これを聞いた父 はかんかんに怒って、乏しい中からスーツを買ってくれた。
　金持ち社会に住むと、こういう上辺の見栄や体裁に捕われる不利益が増す。下 層階級では、こういう煩いが少ない。教養や、最新のショーや、しかるべきパー ティやらで人を判断するのは贅沢である。他人を犠牲にしてのし上がった連中が、 その成功を可能にした人々を忘れたり、あるいは、もっと悪い事に、それらの人 々の態度がわが国が新しく到達した知的レベルにふさわしくないと判断したりす るようになれば、わが国の繁栄がもたらす悲劇のひとつが生ずる。
　私の友人に、マイアミのギリシア料理店主がいる。彼は甥を自慢にし、甥を援 助して、自分が受けられなかった大学教育を受けさせた。副大統領時代、私は彼 らと食事をともにしたが、その甥は食事中、ひっきりなしに叔父の間違った言葉 使いを直していた。彼の眼には、叔父を恥じている様子が伺えた。彼は叔父に品 がないと考えたが、それは誤りだった。品のない顔を見たかったら、鏡を覗けば 良かったのだ。

　私の父に品がないという連中に対しては、父の事を誇りに思わなかった日は一 日もないとだけ言っておきたい。

　私の母は、アイルランド・クエーカー教徒の末裔である。曾祖母のエリザベス・ プライス・ミルハウスはちょっとした女傑で、晩年までしっかりしていた。曾孫 で、私の従姉妹にあたるジェサミン・ウェストは、「友情ある説得」という小説 に曾祖母を使った。この小説は映画化され、アイゼンハワー夫人のお気に入りと なり、ナンシー・レーガンはゴルバチョフ訪米に際してこの映画を見せた。

　母は、医療費の足しにする為、朝四時に起きてパイとケーキを焼いた。店の経 営については人種差別を撤廃した。下働きとして、インディアンの少女、メキシ コの少年、黒人の男らがやって来たが、昼食も夕食も我々家族と一緒だった。わ が家に使用人用のテーブルはなかった。
　上得意の客が万引きだと判った時、保安官は告発するよう勧めたが、母は反対 した。現場を押さえて、個人的に説得し、今までの総額を月賦で支払わせた。彼 女は、地域に対して面目を保てた。
　九人兄弟だったベベ・レボゾの母親は、チキンの夕食の時は必ず首を食べると 言い張った。首が好きだからと言ったが、チキンで一番良い所は首ではないと知っ たのは、自分が十四才になった時だとレボゾは笑った。私の母にも、そんな所が あった。
　母はハロルドの結核の為に、乾燥したアリゾナで三年を過ごした。収支を合わ せる為に、ほかに三人の結核患者を引き取って面倒を見た。

第五章　宗教

　母はクエーカー教徒で、父はメソジスト教徒だった。結婚してからは、父もク エーカー教徒になった。
　アイゼンハワーは、演説で神について語ったり、聖書を引用した方が良いと言っ た。しかし、自分はそれは出来なかった。私の信仰は、もっと内的なものだった。
　母は、毎日祈りを捧げたが、決して人目につかない所で祈った。また、私は母 が、神の祝福を、と口にするのを聞いた事がない。

第六章　教師

　教師とは縁が深い。
　妻のパットは、ホイッティア高校一の人気教師だった。
　最初の教師は母だった。
　学校では、ビューラムは地理に、コックスは歴史に興味を開いてくれた。
　デューク大学ロー・スクールでは、奨学金の継続について不安を覚えるくらい だった。先輩のアデルソンの激励、「君が図書館でどれほど勉強しているか知っ ている。君は鉄の尻を持っている」
　カエサル、キケロ、ウェルギリウスはラテン語で読んでこそ良い。ルソー、ヴォ ルテール、モンテスキューはフランス語で読んでこそ良い。
　１９６０年代、大学は不毛の土地となった。６０年代以前、教育は生徒を社会 の成員にする事を目的とした。６０年代以降、仕事と家庭そのものが陳腐とされ、 どこかの空想家の頭の中の理想化された市民の型に生徒を嵌め込むような指導が なされた。
　ヒスパニックの生徒にシェイクスピアを教える事が人種差別的であり、都心の 貧困地帯の黒人児童に伝統英語を教える事が人種差別的であり、白人の子供にラ テン・アメリカ文学を教えない事が人種差別的であるとされた。
　６０年代、７０年代、教師は若者を理解し、友人になろうと勤めた。しかし、 学生に必要なのは友人ではなく教師だった。
　十二年間の教育を終わった時、生徒は、シェイクスピア、ディケンズ、ブロン テ姉妹を読み終わっているべきだ。翻訳で、トルストイ、セルバンテス、ボルヘ スを読み終わっているべきだ。黒人生徒は、ホッブズ、ロック、ルソーを知って いるべきだし、白人生徒は、ガンジー、キングについて知っているべきだ。

第七章　闘争

　大学でのフットボールのコーチ、ウォーレス・ニューマンは多くを教えてくれ た。彼はインディアンだったが、黒人と白人とを同等に扱った。
　1921、大学近くの食堂へ行った所、ここの給士が、黒人はここで食事はできな いと断った。チーフは、「彼に食事を出すか、私に出さないかどちらかだ」とね ばった。給士は折れた。公民権法施行の43年も前に、この食堂での差別は終始符 をうった。真の闘争は、仲間を差別や偏見から守るのだ。
　若者は、一定の時間を競争的なスポーツに費やすべきだ。そこから学ぶ教訓は 貴重である。
　世の中は、ゆとり社会になっている。新聞を開けば、ライフ、リビングといっ た言葉に埋め尽くされている。しかし、人生は料理でも、ゲームでも、地中海ク ラブでもない。人生とは、試練の克服であり、それに挑戦し、時には成功し、時 には失敗するプロセスだ。
　闘争による鍛練がなければ、子供達はひ弱に育ち、その後の人生での厳しい試 練に耐える事ができないだろう。

第八章　富

　１９６０年代には、富そのものが悪として嘲られた。１９８０年代はその逆で、 儲けろ、という言葉がアメリカの若者を刺激した。
　デューク大学ロー・スクール時代、私は森の真ん中の農家の寝室を四人で共同 で借りた。そこには水道も暖房もなかったが、月５＄で済んだ。我々はそこを夜 鷹屋敷と呼んだ。それはひどい生活だったが、愚痴はこぼした事はなく、自分を 貧乏だと哀れんだ事もない。我々はみな、当時を人生で最良の時代と振り返る。

　私は元大統領として、僅かな努力で多額の金を手にする多くの仕事を断った。 講演や、コンサルタント業務である。

　わが国の政治制度は、少数者による富の独占を許していない。ローズベルトは トラスト解体を行い、カーター政権で始まった電話会社の分割は、レーガン政権 によって完遂された。
　若干の、過大評価された最高経営責任者が受け取る年収が不愉快なほど多額な のは否定できないが、これは貪欲の為というより、売名的なスーパースター経営 者なら水の上でも歩けると考えるおめでたい重役会議のなせる技だ。
　政治家や評論家が金持ちを攻撃して人気を得るのは危険である。その時、アメ リカは、国内企業が税金と規制により国家に飲み込まれるというリスクを犯して いる。それは、かつてのイギリスで起こった事だ。
　貪欲は良くない。だが、富は良い目的で使われれば良い。共産主義は富を取り 上げる事によって貪欲を罰し、やがて来る極貧に対処する為に全体主義に走る。

　私が始めて新聞に載ったのは、１９１６年、私が３才の時だった。母は私と弟 のドンを連れて、学校で着る服を買う為にロスアンゼルスへ行ったが、そこでは ヨーロッパの戦争孤児の為に義援金を募っていた。母が募金箱に入れるよう、我 々二人に５セント硬貨を渡したところを、カメラマンが撮って、ロスアンゼルス の新聞の第一面に出た。我々は、典型的なアメリカ家庭のように見えたのだろう。

第三部

第九章　目的

　政治家はリスクの多い職業だ。
　受けが良かろうと悪かろうと、政治家は信念を貫かねばならない。
　四十数年前、新人の私を突き動かしていたのは三つの信念だった。それは、平 和、向上、自由の勝利だ。私は多くのリスクを犯し、この目標に奉仕した。アル ジャー・ヒスというソビエトのスパイが国務省に巣喰っていたのを暴露した事で、 多くの有力者から恨みを買ったが、私は残念に思わない。逆に、中国との友好で、 多くの保守派の支持を失ったが、その政策は進めた。

第十章　時間

　1912、ラフォレットは長過ぎる演説によって、簡潔なウィルソンに敗れた。
　1940、ウィルキーは過密スケジュールをこなし、しわがれ声でラジオに向かっ た。対するローズヴェルトは大衆の前に姿を出さず、ラジオで澄んだ声を聞かせ て勝利した。
　1960、私はケネディとのテレビ討論のある日に、大工職員組合の大会に顔を出 して、へとへとに疲れた。元気なケネディに比べて、疲れた顔を出した私は敗北 した。
　マスコミとの接触も、最低限にした方が良い。なぜなら、マスコミは、印象的 なさわりの部分だけを繰り返し報道し、主要部分を押し退けてしまうからだ。
　「ワン・イベント、ノー・マスコミ」という戦略が、選挙運動には好ましい。

　大統領になると、時間がなくなる。重要なのは、政策や決定をよく考える為の 時間を取って置く事だ。スポーツも、政治も、疲労のあまり力が出せなくなる事 が多い。
　人の上に立つ者は、他人よりも自分がよくできると思う事さえも、あえて他人 に委譲する事を学ばねばならない。
　閣議、国家安全保障会議は、慎重に準備されなければ、時間の使い方として最 悪の結果に終わる。だから私は、会議の前に、出席者に意見を文書で提出させた。
　しかし、会議は重要である。閣僚は自意識が強く、良い意見を人前で述べるの を好む。また、討論から、より良い意見が生まれる場合もある。

第十一章　節制

　フルシチョフは大酒飲みで、1959、訪ソの際、クレムリンの昼食会では泥酔し ていた。しかし、彼のダーチャでより複雑な問題について四時間半も討議が続い た時には、舐めるようにしか飲まなかった。

　アメリカは二つの戦争で敗北した。ひとつはベトナム戦争、もうひとつは麻薬 戦争である。
　1972、私はマリファナの合法化に反対した。我々は、ジェローム・ジャッフェ 博士の指導の下、トルコにヘロイン輸出停止を求め、都会の中毒者に対する治療 プログラムの実践にまで取り組んだ。もっと厳しい取り締まりをしていたら、現 在のコカインの蔓延は防げただろう。
　マスコミは、1969、ニューヨーク近郊ウッドストックの反戦ロック・フェティ バルを賛美する。麻薬中毒で死んだ七人のロックスターは新聞に死亡記事を書い て貰ったが、聴衆の中の数万の犠牲者はそれほどの幸運にも恵まれなかったのだ。
　もし、リンカーンが戦争の為の１８６１年度予算をためらっていたら、我々は アトランタへ行くのに旅券が必要になっていただろう。しかし、リンカーンは５ 億＄の予算を認めた。
　麻薬戦争は、第二の内戦である。予算を惜しんではならない。1988、ニューヨ ーク州スウォンレークの麻薬リハビリ・センターでは、充実した、健康な若者た ちと接した。今、この施設は民間の寄付に依存している。

第十二章　読書

　テレビは有害だと言われているが、安価なベビーシッターとして子供達に言語 を教えてくれている。しかし、読書時間を削っている面は否めない。多くの都市 では、数紙あった新聞が、一紙になっている。独占は、傲慢を生む。

　読む事は、話を聞くより効率的である。私は、ホワイトハウス時代に、これを 痛感した。政策決定者は大量の情報を吸収しなければならないが、読む事はその 最良の手段だ。助言者にアイディアを書いて提出せよと求めれば、彼はそれをじっ くりと考えるし、底の浅い考えは文章にすると、そのアラが見えて来る。読書に はまた、雄弁が持つ催眠術的効果も少ない。

　リンドン・ジョンソンは大統領執務室に何台ものテレビを置いたが、私はそれ を撤去した。自分がどう報道されているかについては、番組のハイライトを読み、 評論家の意見で満足した。それで、ずっと心を乱されずに済んだ。

第十三章　会話

　より良い会話の為には、準備をする事、会話を短くする事、できるだけ一対一 の会話を心がける事である。
　マッカーサー、リー・クアン・ユー、チャーチル、アイゼンハワー、みな会話 の達人だった。
　会話から新しい見解を得る事もある。1963、1964、ドゴール、アデナウアー、 そしてフィリピン外相カルロス・ロムロの三人は、別々に会って話したのに、ア メリカと中国との関係改善について同じ意見を述べた。三年後、私は彼らの意見 を反映させて、フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿した。

　ＮＡＴＯ事務総長マンリオ・ブロシオは、1960年代、軍縮ムードに湧く中、ソ ビエトに警戒するよう求めた。「私はロシア人を知っています。彼らはひどい嘘 つきで、嘘をつく事を悪いと思っていません」

第十四章　記憶

　演説では、メモを使わずに話すよう心がける。いったんメモや原稿に頼ると、 記憶と、即席で喋べる能力とがひどく衰える。
　1946、下院候補時代、私はその両方を試した。原稿やメモに頼ると、聴衆はあ まり拍手してくれない。ある晩、必要に迫られてメモなしに話すと、聴衆は熱狂 的に歓迎してくれた。考えぬき、書きぬき、いったん話すべき事が心に深く刻み 込まれれば、実際の演説で、言葉は自然に流れ出す。

　マスコミの無関心から、大統領はその演説をスピーチライターに任せ勝ちであ る。これは、悪い傾向である。演説が彼自身のものでなくなれば、政策も彼自身 のものでなくなる。演説の中身を考えぬく事は、政策を考えぬく事につながる。

第十五章　思索

　富豪ゲティは、午後の一時間、何も読まず、何も聞かず、ひとりで座っている 時間がある。その思索の後、その財産をふやす為の一、二の電話をかける。
　考える事は、疲れるものだ。選挙運動の二時間よりも、集中的に勉強している 二時間の方が疲れる。

第十六章　レクリエーション

　1977、カーターは節約の規範を見せようとして、大統領特典を削減した。専用 ヨット、専用機、スタッフのリムジン利用を削減した。キャンプ・デイヴィッド の別荘まで閉鎖すると聞いて、私は、その前にそこを訪ねるよう助言した。ジョ ージア州プレーンズ郊外から帰った夫妻は、そこを継続した。1979、そこはイス ラエル・エジプト和平の舞台となった。

第十七章　病気

　病気と縁があった事は、私の福祉政策に影響を与えている。
　1947、私は保守的共和党員でありながら、リベラルに加担して健康の為の政府 支出増大に賛成した。
　私は、国民健康保険の義務付けには反対だが、重病者に対する助成は支持して きた。これには、私的な体験が影響している。
　末弟のアーサーは結核性脳膜炎にかかり、短期間で死んだ。しかし、長兄のハ ロルドは、十年もの闘病生活を余技なくされた。これは、家族にとっても試練だっ た。天文学的な医療費の為に、家族みんなが働いた。父は、病院からのたった一 枚の請求書の為に、不動産の一部を半値で手放す事を余儀なくされた。

　1971、私は大統領として癌撲滅の為に１億＄の予算を計上した。

第十八章　緊張

最初の醜聞
　1952、選挙中のアイゼンハワーは、私を副大統領候補に選んだ。その私が、 16000＄の選挙資金の個人流用の容疑で大きく報道された。これは、ニューヨー クの反対派のリベラル紙が流したでっち上げだ。
　まわりはパニックに陥った。副大統領候補が、大統領候補の足を引っ張っては いけない。しかし、足並みを乱してもいけない。ニューヨーク・ヘラルド・トリ ビューン紙は、私が辞退するか、アイゼンハワーが放出するか、どちらかを迫っ た。アイゼンハワーは、猟犬の歯のように清潔である事を証明すべきだと言った。 選挙応援のトム・デューイ知事は、テレビ出演して弁護する事を勧めた。
　残された時間は４８時間しかなかった。経歴に終始符を打つか、潔白を証明す るか、その演説を作り、頭に叩き込まねばならない。さらに、アイゼンハワーの 側近の多くは、潔白が証明されても、演説の終わりに辞意を表明する事を求めて いた。私はデューイに向かって、私も政治については幾らか知っているつもりだ と叫んだ。
　私は彼らの助言を拒否し、視聴者に判断を委ねる事にした。視聴者に対しては、 私やアイゼンハワーに電報を出すよりも、共和党全国委員会に連絡をつけるよう 求める方針を固めた。
　メモを完全にした後、リハーサルもなしに演説を始めた。話し始めた途端、こ こ一週間の緊張がすーっと体から抜けていった。非常の際、人は思わぬ力を発揮 する事を学んだ。演説は成功を納めた。何十万通もの手紙、電報、電話が全国委 員会に殺到した。ほとんどが、候補留任を求めた。
　1944、ローズヴェルト大統領は愛犬ファラがアリューシャン列島に置き去りに された時、それを救出する為に駆逐艦を派遣したとマスコミに非難された。ロー ズヴェルトは批判者に対して、「私は怒らないが、ファラは怒っている」とやり 返した。私はこれを真似た。
　私は演説の中で、選挙資金の私的流用についてはすべて反駁した。その後、私 的に受け取った物がひとつだけあると断った。テキサスの農家の人が、白黒まだ らのコッカースパニエルの仔犬を贈ってくれた。娘達はこれに、チェッカーズと 名前を付けて可愛いがった。すっかりなついているので、ずっと飼っておくつも りだと言った。この為、演説は、後にチェッカーズ演説と呼ばれるようになった。
　選挙は、アイゼンハワーの地滑り的勝利に終わり、共和党は上下両院とも多数 を獲得した。これは、1928以来の壮挙で、その後の勝利でも再現されなかった。

　1958、私と妻はウルグアイのカラカスで、共産党の指導するデモに巻き込まれ た。首都モンテビデオでは歓迎されたが、大学は「ニクソン、帰れ」とプラカー ドを立てていた。私は予定外だったが大学を訪問し、一時間以上、学生達の質問 に答えた。プラカードは消え去り、学生は喝采した。
　カラカスのデモ隊は、この復讐を企てた。道路は、バスやトラックでバリケー ドが築かれていた。暴徒がクルマの回りを取り囲んで、石を投げ、鉄パイプを奮っ た。やがて、クルマが揺れ始めた。クルマを揺さぶって引っくり返し、火を着け るのは彼らの常套手段だ。警備のひとりが拳銃を取り出したが、私はそれを押さ えた。かえって暴徒が手に負えなくなると感じたからだ。我々はクルマを出て、 報道のトラックに乗り、そこからアメリカ大使館に逃れた。

　ここから得られる教訓。
一、緊張は、異常な情況下では正常な反応。
二、緊張は、判断を下して行動を始めると消える。
三、戦闘そのものは容易、ストレスが溜まるのは戦闘前の段階。さらに、戦闘の 後も弛緩して、反応が鈍く、間違った判断を下し勝ちである。
四、問題が大きいほど、利己心はなくなる。無私は強みで、利己心は弱みとなる。

第四部

第十九章　リスク

　1946、下院議員に立候補する時、我々は家さえ持たなかった。クルマも無かっ たし、背広もなかった。総資産は一万＄で、それは海軍の給料と、従軍中にパッ トがサンフランシスコ物価管理局で働いて得た金を合わせたものだった。さらに、 出産予定もあった。
　候補理由は、人からの推薦だった。知人ハーマン・ペリーはカリフォルニア共 和党百人委員会のメンバーで、十二選挙区の民主党候補を追い落とす事を目的と していた。
　なじみの床屋から事務所を借りて、演説原稿を書いた。
　1946.1/14、ロータリー・クラブでの演説。ブーゲンヴィルでの従軍話。人種 混成部隊が、いかにアメリカの為に働いたか。ムカデに刺されながらも頑張った 曹長、空襲下に患者に付き添った看護婦の勇気。
　1945、ニューヨークの住人は配給カードがあっても肉が買えなかった。帰還兵 の私は軍服を着て肉屋に行き、食糧品店の辛い胸の内も明かして、やっと肉を購 入した。妻は喜んだ。すでに何週間も、新鮮な肉を食べてなかったのだ。戦時中 は、前線でも、腐りかけた羊肉ばかりを食べさせられていた。
　共和党の全国スローガンは、「充分でしたか？」というものだった。対するリ ベラル候補は、配給と、賃金＆価格統制を訴えていた。1946、共和党は大勝利を 納めた。私は、ニューディール派リベラルを倒したので、ジャイアント・キラー と呼ばれた。
　1948、マサチューセッツ出のジョン・Ｆ・ケネディが民主党で短いくじを引き、 私が共和党で短いくじを引き、ふたりは下院労働委員会で同僚として働いた。我 々は、ペンシルヴァニア州マッキーズポートでタフト・ハートリー法について討 論した。私は法案に賛成だが、労働者の多い選挙区出身のケネディは反対した。 ワシントンへ帰る寝台車の中で、上下の寝台をめぐってくじを引いたが、この時 は私が勝った。我々は徹夜で語り合ったが、対外問題ではほとんど同意見であっ た。二人とも、トルーマンのギリシア・トルコ援助計画には賛成票を投じた。孤 立主義者の多い選挙区の私には、これもリスクだった。
　1947.9/、私はマーシャル・プランの認可に先立ち、ハーター委員会の一員と してヨーロッパを旅行した。ヨーロッパは荒廃し、飢えて絶望し、指導者は無力 だった。対して共産党は、より良い社会を作るという、空疎だが魅力的な言葉で 人々を引き付けていた。
　帰国した私は、東欧の轍を踏ませない為には、西欧への大量援助しかないと確 信をしていた。しかし、選挙民の75％が対外援助に反対していた。私はカリフォ ルニアに帰って、選挙区を精力的に回り、同意を求めた。マーシャル・プランは 318:75で下院を通過したが、私は選挙民を裏切る事なく票を投じた。
　イギリスの政治家エドマンド・バークは、1774、こう語っている。「代表は諸 君に対して、努力するだけでなく判断する義務も負っている。彼が諸君に負けて 判断を曲げるような事があれば、彼は諸君に奉仕するのではなく、諸君を裏切る 事になるのだ」

　私はまた非米活動委員会に任命され、国内の共産主義勢力の脅威について理解 した。
　私はまた労働委員会としてタフト・ハートリー法の検討に時間を取られたので、 ハリウッドへの共産主義の浸透を審議する1947の聴聞会では、主要な役割を果た せなかった。しかし、ここでは、ロナルド・レーガンが俳優組合の会長として証 言していた。私は、彼に良い印象を抱いた。（＝ハリウッド・テン）

　マスコミは私を高く評価し、ケネディと並ぶ有望な新人と持ち上げた。しかし、 この評価は一夜にして変わった。
　1948.8/7、元外交官にして国務省職員であるアルジャー・ヒスが、共産党員だっ たという告発を否定したのだ。この告発は、ホイッタカー・チェンバーズによっ て為された。マスコミは委員会を非難した。
　委員会はチェンバーズに一杯喰わされたと思い、事件を司法省に委ねる事を検 討した。しかし、ボブ・ストリップリングと私だけが抵抗した。当時、ヒスはま だ国務省職員として働いていた。下院小委員会vsホワイトハウス＆民主党政権下 の司法省＆弁護団では勝ち目がなかった。ヒスは人気があり、委員会は不人気だっ た。調査続行は、リスクの高い、無謀とさえ言える決断だった。二年後、ヒスは 偽証罪で有罪を宣告された。
　私は、ヒス事件のお陰で、国家的な有名人になった。1960、大統領選の後、ヒ ス事件がなければあなたが勝っていたという友人がいた。しかし、ヒス事件がな ければ大統領候補にもならなかっただろう。私はただ、チェンバーズの真実を信 じ、ヒスの嘘を暴く事を信念としただけだ。

　1949.11/、上院に立候補。ワゴン車での遊説。ベーカーズフィールド近郊タフ トでは、数人の人を相手に演説をした。
　ライバルは民主党の大物ダウニー。ダウニーは健康上の理由で選挙から降りた。 ところが、その後任に踊り出たのは、民主党左派の女性候補ヘレン・ガヘイガン・ ダグラスだった。彼女は、民主党右派のダウニーや、地元ロスアンゼルスの新聞 社主マンチェスター・ボディからも嫌われていた。ダウニーやボディの論陣は、 私の追い風となった。彼女は、私やケネディが賛成したギリシア・トルコ援助に 対して、ある思惑から反対票を投じたほどの人物だった。民主党右派は、彼女を ピンク・レディと呼び、共産主義的統一戦線と一緒に活動していると非難した。
　記者クラブの討論で、ダグラス女史は私を手厳しく批判した。私は、相手を批 判する事をせず、選挙資金集めの苦労を語り、一通の激励の手紙を紹介した。「親 愛なるニクソン議員、私はあなたがミセス・ダグラスに対抗して立候補した事を 喜んでおります」　さらに私は、その手紙の署名は、エリナー・ローズヴェルト ですと言った。それは、フランクリンの未亡人ではなく、シオドアの娘だったが、 ミセス・ダグラスは椅子から飛び上がりそうになり、聴衆は笑いに包まれた。
　私は上院議員に当選した。

　リスクを犯す事なしに、成功は得られない。1960、大統領選敗北の後、1962、 カリフォルニア州知事に立候補したが、それはリスクも犯さず、悪い決定をした 見本だった。
　だが、長い眼で見れば、それも良かった。カリフォルニア州知事に当選してい たら、疑いもなく、1964、大統領候補に選ばれただろう。そして、間違いなく、 ケネディ暗殺後のリンドン・ジョンソンに敗北しただろう。

第二十章　政治

　ラジオ、テレビの影響は無視できない。

　1948、デューイvsスタッセンの指名候補争いは、ラジオ討論で決着がついた。 そこでの争点は、私がカール・ムントとともに作った、共産主義組織を政府に登 録するよう求める法案だった。スタッセンは法案に賛成ながら、それは共産主義 を非合法化するものだと誤った解釈をしていた。デューイの解釈は、この法案は 共産主義を非合法にする事ではなく、共産主義グループに対するソビエトの支援 を政府が確認し公表できるようにする為だとしていた。デューイの勝利は、メディ アにおける最初の勝利だった。ただ、当時は、まだ実際的な問題についての意見 が問われた。今日のテレビ討論では、ジョークや殺し文句をまかずに議論に終始 する者は、あっさり忘れられる運命にある。
　テレビ時代では、三十秒のさわりの部分が、考え抜かれた三十分より影響があ る。キャンペーンのジョーク・ライターがホワイトハウスのスピーチ・ライター よりも優遇される。
　テレビのお陰で、選挙費用も馬鹿にならない。1946、私の下院候補の選挙費用 は37500＄だった。今日、下院候補の選挙費用の平均は、223000＄になっている。

　ある種の研究者は、大統領が共和党の時は議会が民主党になるように、アメリ カ国民はバランスを取っていると言う。これは、政治的な交通麻痺を喜んでいる に過ぎない。歴史的に見ると、大統領と議会とは、不和であるよりも協調してい る方が立派な仕事をする。

　若い候補者への助言。票集めよりも資金集めに時間を使うな。法外な選挙資金 が、議員を汚職の誘惑に近付けている。また、任期中も次の選挙の資金集めが念 頭にあるので、職務に没頭できない。議員は、カクテル・パーティや大口献金者 とのお喋べりに時間を取られ、議会での発言、委員会の仕事、テレビ出演さえま まならぬようになる。
　若手議員に対しては、ただひたすら、「ノーと言え」と忠告したい。

第二十一章　権力

　1969、大統領就任後、私が最初に出した命令は、第一次大戦時、ワシントンの 中心部に建てられた臨時建造物を撤去する事だった。海軍省は頑強に抵抗した。 官僚はオフィス・スペースを、それがいかに醜かろうと手放さない。参謀総長か らの命令であっても、軍事官僚はそれを避ける口実があれば実行しない。それは 数年たって、ようやく撤去されたが、大統領の命令でも軍はただちに動く訳では ないのだ。
　ホワイトハウスの側近でさえ、命令に私情をはさむ事がある。私はテニスをせ ず、テニスコートはホワイトハウスの景観を損なうと感じた。私はコートの撤去 を命じたが、スタッフは数ケ月もそれについて検討し、様子を見た。私が再び命 令すると、我らはまたも検討を重ねた。スタッフがテニスを楽しんでいた為だ。 私はコートを取り除くには、自分でブルドーザーを借りてやるしかないと理解し た。ブッシュ大統領は、私のスタッフの命令忌避に感謝すべきだろう。

　アメリカの大統領は、世界でもっとも大きな国の最高権力者であると言われて いる。だが、実際にその権力は制約されている。国家安全保障会議は、ソビエト の官僚制よりも迅速に危機に対応できると言われている。現実は逆で、ソビエト の書記長の方が、その気になりさえすれば、いつでも行動を起こす事ができる。

　大統領の権限は、合衆国憲法の中で、すでに制限を受けている。議会は、さら に制限を加える。
　1973、ベトナム戦争のさなか、私の拒否権を押し切って、戦争制限法が可決さ れた。議会の承認がない限り、大統領は戦争に踏み切れなくなった。
　予算差し止め制限法も、悪い法律のひとつだ。従来、大統領は、破綻を招きそ うなものにつき予算の差し止めができた。これが制限された。たださえ、議会は 特定利権に対してノーという力を持たない。議会が予算膨張に振り回されるまま、 大統領もそれを阻止し得ないという情況を招く。
　その例、私はジョンソン政権から、グレート・ソサエティ計画を引き継いだ。 それは過剰福祉政策で、もはや不評判なので、予算執行差し止めの権利を使った。
　1974、民主党が多数を占める議会は、予算差し止め制限法を作り、大統領を制 した。こうして議会は、無責任に際限なく金を支出する権利を手に入れたのだ。

　今日の財政赤字の元凶は、明らかにこの法律だ。議会は金遣いが荒く、大統領 の権限を狭める事を好む。今日、議会の乱費を防ぐには、反差し止め条項を法廷 で審理し、最高裁が大統領に味方するのを期待するほかにない。

　官僚機構の増加も、大統領の権限を制約している。マディソン大統領の頃、政 府役人は5000人以下だった。その後の人口増加に従うなら、それは今日の50万人 に相当する。だが、現在の現実の役人の数は、310万人である。このうち、大統 領に任命権のあるポストは1200以下で、その多くが上院聴聞会で骨抜きにされて しまう。
　これらの制約を考えれば、大統領は皇帝、というような批判は馬鹿げている。 こういう批判を口にする連中は、彼らのリベラルな意見を共有する人物が政権に 就いた時は、強い大統領の必要を謳うが、保守的な人物が政権に就いた時は、大 統領の権力が過大であると不安になるのだ。

　我々は、諸外国の指導者と対等に渡り合える強い大統領が必要だ。平和と繁栄 の時代には、リーダーシップは小さい方が良いという意見がある。それは、楽観 的だ。平和と繁栄は、長くは続かない。避けがたい危機がやって来た時、大統領 は強い見識と意志と姿勢を見せなければならない。良き時代にその指導力が衰え たら、悪しき時代にその力を当てにする事はできない。ドゴールはこう言った。
「議会は行動を麻痺させる。彼らは行動を起こす事ができない」

　大統領は議会と取引をするべきではない。ダム、利権、公共事業と引き換えに 賛成を得るべきではない。大統領には、もっと有効な武器がある。議会やマスコ ミの頭越しに、直接国民に語りかける事ができる。一回のスピーチで、世論を変 える事もできる。国民が、大統領のテレビ演説よりも、映画や野球中継を選んだ 時こそ、権力が失われた時だ。

第二十二章　演説

　副大統領時代、私はすべての演説を自分で書いた。それは、予算がなかったか らだ。ジョン・フォスター・ダレスは、晩年に到るまで、演説は自分で書いてい た。
　スピーチ・ライターを交えての、自分流の演説の作る方法。まず、テーマにつ いて勉強する事、これに二、三週間を費やす。第一稿は書くか、口述する。細か い推敲は、リズムを狂わせる。導入と、二、三の挿話と、結びが大事。
　導入部は、聴衆と握手をする部分。情況に合ったユーモアが効果的で、あまり 原稿に捕われる必要はない。
　適切な挿話は、テーマへの関心を失いつつある聴衆に刺激を与える。聴衆はテ ーマよりも、挿話の方を覚えている。
　結びは、もっとも肝腎。私は、結びの方を先に書く。そうでない時は、そこま でを一気に書いてから、間を置いて、結びには充分の時間をかけて書く。
　演説の価値は、長さではなく深さによって計られる。リンカーンのゲッティス バーグの演説は271語で作られた。ウィルソンは、五分の演説に一週間をかけ、 三十分の演説に二日をかけたが、一時間の演説はいつでも出来ると語った。
　今日の情況では、大統領の演説は二十分を越えてはならないと言われる。五分 で済む事を一時間かけて喋べる政治家には、異常な活力があるが実行力はないと 見られる。

　演説の武器のひとつは、意外性という事である。報道関係者の多くは、内容を 事前にリークした方が正しく情報を伝えられると言う。これは、間違っている。 意外性は、聴衆の数を増やし、演説のインパクトを強める。その例、ふたつ。
　1952.9/23、副大統領候補の時、選挙資金流用疑惑について釈明する必要が求 められた。この時、報道は、候補から降りるか否かについて、意見を求めた。ス タッフは、演説の中で決意を示すとだけ答えた。視聴率はテレビ演説では空前の ものとなり、世論は逆転した。
　1969.11/2、ベトナム戦争反対デモが十万人規模にのぼった。捕虜と引き換え にベトナムから手を引けと、上下両院が迫った。側近は、ベトナム参戦を進めた のはケネディとジョンソンなのだから、撤退は政治的得点になると勧めた。私は、 次のように語った。「平和の為に団結しましょう。敗北に抗して団結しましょう。 アメリカを負かしたり侮辱したりできるのは、北ベトナムではなく、アメリカ国 民だけです」
　この演説の後、ハト派の議員までが背広の襟にアメリカ国旗を着け始めた。

　演説や講演で、効果的な部分は何度でも繰り返すべきだ。報道担当は、あくび 交じりに見るかも知れないが、視聴者はそうではない。繰り返す事によってのみ、 メッセージは視聴者のもとへ届く。

第二十三章　テレビ

　1950、上院議員選挙の時は、わずかな金で五分のテレビＣＭを買う事ができた。 妻と、４才のトリシアと、２才のジュリーとで歌を歌った。「行こうよ、ワシン トン。投票は、ニクソン」という歌詞だったが、ジュリーはバーニー人形を持っ ていて、本番では、「投票は、バーニー」と歌った。それでも、評判は良かった。

　テレビが幅を利かすのは考えものだ。リンカーンは最も尊敬される大統領だが、 その甲高い声と、野暮ったい容姿は、テレビ時代だったら失敗していただろう。

　私の人生上で、テレビは右にも左にも大きな影響を与えた。
　1948.8/25、アルジャー・ヒスvsホイッタッカー・チェンバーズの対決は、議 会委員会として始めてテレビ中継された。
　1952、副大統領候補として疑惑を晴らす、チェッカーズ演説。
　1960、ケネディとのテレビ討論。
　1969、大統領として「声なき多数」演説。

　テレビに出演する場合は、生放送か、放送時間分だけ録画かに限る。局はそれ を嫌がるが、利点の方が多い。出演者は、十分に準備せざるを得ないし、いちば ん大事な部分をカットされる心配もなくなる。
　1988、ブッシュ候補がした最善策は、キャンペーンを生放送させた事だ。また、 生のインタビューも有意義である。人が新聞を読むのは物ごとを知る為だが、テ レビを見るのは楽しむ為であり、そして、本当の生の対決ほど面白いものはない。

　候補者は、資金集めのイベントをテレビに映す事を許してはならない。熱心な 支持者に囲まれた雰囲気は、テレビの向こうの大多数の人の気持ちとはかけ離れ ているものだ。

　テレビの俗悪化を防ぐ為には、公共放送の資金を増やせという意見がある。こ れはせいぜい、納税者負担でバレエや外国ドラマを見る機会を増やすに過ぎない。 公共放送に幾つかの良い番組があるのは事実だが、アメリカの公共放送は商業放 送よりもずっと左に傾いている。これは、ヨーロッパも同じである。これに比べ て、商業番組は少なくとも視聴者の意見から大幅に外れる事はできない。

第二十四章　プライバシー

　フランクリン・ローズヴェルトの不具につき、多くの国民はそれを知らなかっ た。政治に関心の強い私でさえ、知らなかった。ニュース映像では、車椅子や松 葉杖は映っていなかった。当時のマスコミは、彼の為に秘密を守ったのだ。

第二十五章　妻

　大不況のさなか、堅苦しいフーヴァー大統領に比べて、それと対称的な社交的 な明るい夫人が、どれだけ救いになったか。
　第二次大戦中、ローズヴェルト大統領はワシントンに縛られていたが、エリナ ー夫人は兵士を激励する為に、あらゆる機会を捕えて国の内外を旅していた。
　アイゼンハワーは心臓発作で何度も倒れていた。マミー夫人は、再選で発作の 恐れを口にしていた。しかし、公の席では、張り裂けそうな心を隠して、いつも どおりの魅力と活気を見せた。
　1974にホワイトハウスを去って以来、かつてのファースト・レディであるパッ トは、演説、受賞、インタビュー、すべてに縁がない。ニューヨークの各種イベ ントの招待も断っている。十五年間、ほとんど人前に姿を見せなかったにもかか わらず、グッド・ハウスキーピング誌の最も尊敬される十人の女性の中に名を連 ねている。去る者は日々にうとしという世の中で、どうしてこういう事が起こる のか。多くの人は、表面は幸福でも内面までそうではない。失望したり、失敗し たり、悲しみを抱えている。パットはこれらの人とうまが合い、彼らもパットと うまが合うのだ。
　パットは１３才で母を癌で失った。１８才の時に坑夫の父は珪肺症で亡くなっ たが、それまでの二年間、看病に努めた。大学へ通う為に、銀行、百貨店、病院 で働いた。この間、彼女はふたりの兄の為に家事をした。それで、南カリフォル ニア大学を優等で卒業した。
　結婚後は、収入を補う為に、高校教師をし、政府機関で働き続けた。
　ヒス事件の渦中、パットは悪どい漫画や批判的なコラムを読んだが、私に苦情 は言わなかった。チェンバーズとともに、正しい側にいる事を知って、気丈に耐 えた。
　選挙活動中、ずっとそばに居てくれた。彼女は人々が好きだったし、彼らも彼 女が好きだったからだ。
　シークレット・サービスが彼女に付けた暗号名は「スターライト」だった。パッ トにその名はぴったりだった。

　私はずっと、批判的な文章は読まないという習慣を続けていた。しかし、パッ トは、よく知っていたいと、すべての新聞、本に目を通した。ワシントン・ポス トの二人の記者が書いた、特に悪意に満ちた本も読んだ。
　1976.7/8、私はコーヒーを飲もうと、台所に入った。妻が落ち着かず、震えて いた。その口の左側が垂れていた。卒中の発作だった。
　入院、数多くの見舞い。口は治ったが、左腕はぶらりと下がったまま。
　車輪を回すリハビリ。目に見えた効果はなく、何度も落胆したが、その年のう ちに回復した。

第二十六章　友人

　映画界では、ジョン・ウェイン、ジェームズ・キャグニー、ジェームズ・スチュ アートが友人。
　共産主義者は冷たいが、中国人は例外だ。1976、彼らの招待を受けて再度の訪 中。大使は、「中国では、いつも古い友人を覚えています」と語った。

第二十七章　敵

　政治家には、敵がいた方が良い。フランクリン・ローズヴェルトは、彼自身が 属する上流階級を敵とし、「特権の王子たち」「経済王党派」と毒舌をふるった。
　ソビエトは合意の政府であり、ゴルバチョフが何を言っても、その返答は「大 賛成です、同志」というものだ。
　1988、大統領選挙で、我々は敵がどれほど役に立つかという実例を見た。ブッ シュvsラザーのテレビ討論ほど、弱虫ブッシュのイメージを吹き飛ばしたものは なかった。

　敵への対処方法。
　1952、私を副大統領候補から引きずり降ろそうとする連中の汚いやり方には怒 り心頭に達した。下院議員ヒリングスは、政敵に対する心得を語った。「奴らに 腹を立てるな、ただ打ちのめせ」

　我々のヒス事件の調査に対するトルーマン大統領の偏執的反対は理解しがたかっ た。チェンバーズとヒスとの間で交換されたマイクロフィルムが、くり抜いたか ぼちゃの中に入っていた事から、かぼちゃ文書と呼ばれる証拠がヒスの罪状を明 らかにした。その後になっても、トルーマンは、一連の聴聞会を、国家への忠誠・ 連帯から関心をそらす行為だと非難し続けた。

　政治上の意見の対立は、私的な対立に及ばないのが望ましい。有権者は、もう 斬り合いはやめて土の中に斧を埋めて貰いたいと望む。これは、北米インディア ンの用語だ。
　1952、ロバート・タフトは指名選挙で破れたが、本選挙ではアイゼンハワーを 全力で支持した。しかし、タフトの側近はそこまで出来なかった。
　1956、イギリス議会はスエズ問題で紛糾した。問題が深刻だった為、若干の議 員はその後、何年も口を利かなかったほどだ。アメリカでも、ベトナム問題は国 家を分裂させた。
　1971、ウィリアムズバーグで演説した時、十七才くらいの娘が私に駆け寄り、 「人殺し！」と叫んで、顔に唾を吐きかけた。私は彼女の眼にあった憎しみを忘 れないだろう。この事件は、ベトナム戦争当時の国家の引き裂かれた様をよく表 している。徴兵を忌避した連中は、深い所で罪の意識を抱きながら、それを押し 殺すように政府を非難した。もっと許せないのは、わが国を戦争に引き込む役割 を果たし、ついで私の政策を破壊する為にあらん限りの事をやった連中だ。だが、 私の政策によって、我々は戦争から抜け出す事ができたのだ。彼らが不可能と言っ た条件で、1973、私は和平条約を結んだのだ。

　おかしな事に、私がヒス事件において正しく、また、ベトナム戦争を終結させ たという事実は、敵対者の憎悪を和らげず、むしろ増大させた。キッシンジャー はよく、我々の対中政策が奇妙に黙殺されているが、それが民主党の手で行われ ていたら、全マスコミ、全国民あげて賛美しただろうと語った。

第二十八章　マスコミ

　新聞記者は、テレビ記者よりも知的だ。

　マスコミは、誤報を指摘されるのを嫌う。ヒス事件では、多くのマスコミがヒ ス擁護に走った。私はそれを逆証した。だから、彼らが事件の何年後まで、自分 達が正しかったのを証明しようと私を叩く傾向にあったのは仕方がなかった。

　普通の人よりもインテリの方が、間違いを指摘された時に腹を立てるものだ。 多くの主流派の評論家はまだ頑固に、ヒスは無罪だったとか、ニクソンは選挙資 金を流用したと主張している。反戦的な批判者はいまだに、カンボジアの大虐殺 や、共産ベトナムから逃れた何十万の難民の溺死を無視している。

第二十九章　選挙運動

　1950上院出馬の際の、マッキノン判事の助言。「つねに百万票負けているかの ように運動せよ。そうすれば一票の差で勝てる」

　世論調査に盲従する候補は当選するかも知れない。しかし、彼は偉大な指導者 にも、良き指導者にもなれない。

　選挙運動のスタッフは半分にできる。労働密度の高い少数のスタッフを持つ方 が、対立候補との戦いよりスタッフ相互間の戦いに時間を費やす高給取りの二流 のスタッフを多く抱えるより良い。

　候補者にとって、間違いよりも悪いのはただひとつ、退屈である事だ。チェン バーズは「冷たい金曜日」の中でこう語った。「音楽に理論を用いるのは困難だ が、歌わない理論ほど役に立たないものはない」

　1952、私は共和党の資金集めのパーティで、デューイの隣に座った。酔った男 がデューイの背中を叩き、応援しているとだけ告げて去った。デューイはこう言っ た。「あの間抜けは誰だね」　デューイも多くの聡明な者の例に漏れず、愚か者 に寛容になれなかったのだ。しかし、当の酔っ払いは、地元大手新聞の社主であっ た。
　政治において、愚か者に寛容でないのは間違いである。一、その者は愚かでな いかも知れない。二、愚か者も投票する。三、愚か者の中にも聞くべき意見があ る。

　チャーチルは第一次世界大戦の時のある将軍をさして、「思慮と勇気は交互に 発揮する事もできるが、一緒に発揮する事は出来ない」と語った。
　政治においても同様、同時に反対の戦略を取ろうとする者は負ける。1988、ブッ シュとの討論で、デュカキスは、「良い男」と「強い男」の両方を演じようとし て、どちらにもなれなかった。

　今日の選挙運動では、その方法にばかり関心が持たれ、内容は問題にされない。 しかし、メッセージのない運動は、玉ねぎのようなもので、皮を剥いてゆけば空 だという事が判るのだ。
　皮肉な時代では、ヴィジョンやメッセージは嘲笑の対象となる。しかし、ヴィ ジョンのない運動には、誰も鼓舞されないのだ。

第三十章　スタッフ

　保守派の政治家は、リベラル派よりも有能なスタッフを探す事が難しい。
　アメリカン・ポリティカル・サイエンス・レビュー誌の調査。1970、行政府の 高級キャリア官僚の支持政党。17％が共和党、47％が民主党、36％がリベラル寄 りの無党派。
　これらの事実は驚くべき事ではない。リベラルな方が政治を好み、保守派はそ れほど政治を好まない。

　スタッフがみな献身的であると望むのは贅沢である。スタッフは、ボスが失策 をしでかした時に顔に浮かべる失望の表情を見る事に、本能的な喜びを感じるも のらしい。自分がいなくては、という気持ちになるのだ。アイゼンハワーはこの 対処法を考えた。難問はすべて自分に知らせろ。ただし、同時に解決法も進言し ろと言ったのだ。

　多すぎるスタッフは創意を窒息させ、意志決定を麻痺させる。官僚機構を評し てドゴールが言った、「あらゆる物を奪いながら、何も寄与しない寄生虫」とい う言葉と似ている。
　スタッフの増員にかけては、行政府のみならず議会も同罪である。1961、議会 スタッフは6800人だった。1991、その数は19500人に拡大した。行政府は33％増 だが、議会スタッフは何と300％増だ。
　議会予算は、1962、12900万＄が、1991、19億＄。その増加率は1450％、イン フレ率の四倍。それでいて、議会の権威は凋落している。
　議会、大統領府のスタッフ、ならびに行政府の公務員は、50％は削減すべきだ ろう。
　下院非米活動聴聞会におけるヒス事件の調査団のスタッフは、たった六人だっ た。それで、ホワイトハウス、司法省、弁護団と戦って勝利した。

第三十一章　統治

　私は四十年間、多くの優れた閣僚が、官僚組織に絡め取られてゆくのを見てき た。官僚はボスにおべっかを使う事や、ほかの部署と縄張り争いをする事にかけ ては名人の域に達している。

　共和党の大統領が、民主党の議会から協力を取り付けるのは難しい。議会操縦 の達人ブライス・ハーローはこう助言した。議会は「やさしく、細心の配慮をもっ て扱え」と。

第三十二　実際主義

　シオドア・ローズヴェルトは「パンは半分でも無いよりはまし」という格言に 基づいて行動した。

　1980、コロラド州上院選挙、共和党のメアリ・ブキャナンが接戦で破れた。妊 娠中絶についての寛容な姿勢が、非寛容な共和党員を離反させたのだ。しかし、 その結果として、我々は、あらゆる事についてもっと間違っているゲイリー・ハ ートを上院に送り込む破目になったのだ。

　目的が手段を正当化する事について、度を越してはならない。
　1944、私は外地から帰り、第八海軍航空団中尉に任命された。上の海軍士官は 細かい事にうるさく、トイレの便器が汚れている事について何度も厳しく叱責し た。我々はあらゆる洗剤を使ったが駄目で、二十年のキャリアを持つ古参兵曹の 主任にこの問題を任せた。次の検査で、汚れはすっかり無くなっていた。私は、 主任に、どうやったのか聞いた。答え、「それは簡単ですよ、中尉。私はただ便 器にしこたまアルカリ液を流しただけです。それで汚れが落ちるんです。しかし、 排水管がやられている事に気付いた時、あん畜生がどんな顔をするかについてま では見届ける事ができません」

第三十三章　沈黙

　ドゴールは語った。「沈黙ほど権威を高めるものはない。偉大な業績が多弁に よって為された試しはない」
　上院議員リチャード・ラッセルは雄弁家ではなく、めったに意見も言わなかっ たが、たまに発言すると全員が耳を傾けた。彼が大事な話をする事が判っていた 為である。

　沈黙は聴衆の数をふやし、期待を高める。

　1972.12/、北ベトナムはパリ和平交渉で議事の進行を妨げた。私はこの行き詰 まりを打開する為、ハノイ・ハイフォン間に爆撃命令を出した。マスコミは攻撃 を強め、公式声明を求めた。しかし、沈黙と表裏をなす強い行動によって、北ベ トナムは再び交渉の席に着き、和平協定を受諾した。

　沈黙は、創造的な思考を育む。私は大統領執務室で重大な決定を下した事はな い。それはいつも、もっと静かな部屋、行政府ビル、リンカーン居室、キャンプ・ デービッド、サンタクレメンテの書斎で行われた。会議の喧噪の中で良いアイディ アが浮かんだ事は一度もなかった。

第五部

第三十四章　哲学

　建国者たちの拠り所となった思想は、ロックとモンテスキューである。

　アメリカの経済ほど大きな繁栄をもたらしたものはない。建国者たちは、私的 所有と自由市場が富を産む事を知っていた。
　資本主義が機能するには、すべての人に、法の前の平等と機会の均等が保証さ れるべきだ。不平等な競争、不平等なスタートは、資本主義の効率を損なう。こ うした不平等は、有能でない者に利益をもたらしたり、人材を埋もれさせてしまっ たりする。
　どんな国でも、法の平等と機会の均等は完璧ではない。しかし、競争的な社会 は、国民の潜在力を放置して置くことはできない。

　資本主義は結果の平等を保証するものではない。社会主義国は、富の平等では なく、貧困の平等を計っている。我々が目的とすべきは、貧しい人々に依存心を 植え付けるのではなく、貧困から抜け出せる仕組みを作る事だ。

第三十五章　大義

　ｗｗ１では、アメリカはサイドラインに立った。
　ｗｗ２では、ファシズムと戦った。
　戦後は、共産主義と戦っている。反共の大義を嘲笑う左翼は、共産主義体制が 罪なき人々に加えた惨たらしい苦しみに無感覚な人達だ。そこには、経済の沈滞、 人為的飢餓、強制収容所、ボートピープルがある。
　我々の制度は、個人の能力を最大限に伸ばすように作られたが、彼らの制度は、 個人をエリート支配の命令に従わせるよう作られた。
　米ソ対立は、力や経済の対立ではなく、人間の運命を巡る戦いだった。

第三十六章　地勢

　ゴルバチョフは一党独裁を捨てた。市場経済を導入した。アフガニスタンから 撤兵した。キューバとベトナムに圧力をかけ、アンゴラとカンボジアから撤兵さ せた。兵５０万、軍事費１４％を削減した。
　しかし、変わっていない面もある。モスクワは依然として、キューバに60億＄、 アフガニスタンに40億＄、ベトナムに25億＄、ニカラグアに10億＄の経済・軍事 援助を与えている。これは一年間の数字である。また、北コリアとリビアに武器 を売却し続けているが、両国はイランとともに世界最大の国際テロリズムの輸出 国だ。軍縮にかかわらず、ソビエトはいまだＧＮＰの20％を軍事費に使っている が、アメリカは６％に過ぎない。
　さらに、アメリカのＳＤＩ計画をさんざん非難しながら、彼らの戦略核防衛シ ステムには数十億＄を投資した。

　ゴルバチョフが政権を握った時、ソビエトはどうしようもない危機に見舞われ ていた。自国経済は崩壊、東欧は暴動寸前。ゴルバチョフは、少々の改革では失 敗する事を知って、大博打に出たのだ。
　ゴルバチョフは、我々に役立つ事ではなく、彼自身に役立つ事を求めている。
　彼の対外政策は、より巧妙な新戦略である。確かに、アフガニスタン、アンゴ ラ、カンボジアから自国軍隊を撤収した。しかし、政権維持の為の軍事・経済援 助は続けている。それどころか、ソビエト軍の表面的な撤退によって、これら地 域への西側の支援の全面的打ち切りを促そうと計った。ソビエトの戦車が撤退す るのを見れば、アメリカ議会は当該地域への予算を打ち切るのだ。

　確かに多くの事が変わった。しかし、変わらない事も多いのだ。ソビエトはい まだに、核兵器と通常戦力で決定的に優位に立つ超大国である。その指導者は、 世界の社会主義体制を支持している。もしペレストロイカが成功すれば、我々は ２１世紀の半ばに、ベーリング海峡の向こうにアメリカとよく似た超大国を目に するだろう。

　地勢学とは、悪の程度を弁別する能力の事だ。小さな悪を許す事によって、大 きな悪を防ぐ事ができる。
　平和ムードの中で、英仏が参戦という小さな悪を受け入れ、ヒトラーのライン ラント進駐を防いでいれば、第二次大戦は避けられたかも知れない。南ベトナム のジェム政権は不完全だったが、アメリカが全面的に支援していれば、カンボジ アの大虐殺やベトナムの難民は避けられたかも知れない。

　モスクワとの交渉においては、リンケージ戦術が必要である。政治と経済とを 切り離してはならない。ソビエトの民主化を歓迎し、全面的に経済支援をすれば、 彼らはそれを軍事力増強に使うだろう。アメリカはソビエトの軍縮に利害がある。 ゴルバチョフの好きにさせて置けば、彼は貿易についてのみ交渉を進めるだろう。 我々が二つの問題をリンクさせなければ、ゴルバチョフは議題を独占し、我々に とって重要な問題を永久に先送りするだろう。

　クレムリンとの交渉において、次の三つを守らねばならない。
　一、悪い協定を結ぶよりは、何も協定しない方が良い。大統領は、功をあせる 議会や官僚の圧力には抵抗しなければならない。
　二、見返りがなければ、譲歩してはならない。譲歩しても、見返りはない。ク レムリンは、その報酬をポケットに納めて、さらに多くを求めるだろう。
　三、期限つきの交渉を行ってはならない。任期４年の大統領では、最大２５年 の書記長には適わないのだ。

　隠密作戦は、良くも悪くもない。それは目的ではなく、目的達成の為の手段だ。 隠密作戦はしばしば、目的を達成する唯一の手段である。ソビエトのアフガニス タンからの撤退に、世界は喝采した。しかし、それは、反共ゲリラに対する根強 い軍事・経済支援があればこそだ。

第三十七章　決定

　中国との国交回復は、秘密政策だった。情報が漏れれば、ソビエトの干渉を招 く恐れがあった。当時のソビエトは、中国、アメリカに対して、有形無形の圧力 を掛けられる立場にあった。
　この計画は、二年間、私とキッシンジャーとの間で極秘裡に進められた。1971、 キッシンジャーの極秘訪問を事前に知らされたのは国務長官ビル・ロジャーズだ けだった。
　この成功は非常な人気を納めたので、どうして公開しなかったのかと聞かれた。 真の狙いは、中国との国交よりも、ソビエトを牽制する事にあった。情報漏洩は、 やはり交渉を妨げたと判断するのが正解である。

　レーガン政権でのベイルート人質救出作戦の失敗、ニカラグアのイラン・コン トラ事件のお陰で、対外政策上の秘密は不人気となった。出し抜かれた議会と、 ネタの貰えないマスコミは特に腹を起てる。しかし、２２年間も国交のなかった 中国との国交回復が、２年間の沈黙に値しないとは言わせない。

　1969.11/3、私はベトナム戦争を、ほかならぬアメリカの戦争と位置付ける演 説を行った。私が大統領に就任した時に、すでにベトナムには５５万人のアメリ カ兵がいた。私は戦争終結への第一歩として、軍の引き揚げを行った。にも関わ らず、反戦運動家は即時全面撤退を求めて主要都市で大規模な抗議を行った。
　私は支持者からこうも言われた。「あなたは軍隊を引き揚げれば、その結果、 何が起ころうとも、それをケネディとジョンソンの責任にする事ができます。彼 らが軍隊をベトナムへ送ったのですから。ここで自分の政策として戦争を継続す るなら、それはニクソンの戦争となるでしょう」
　民主党のせいにしろうという選択は、政治的には魅力だった。全面撤退をして、 サイゴンを、ソビエトが後押しする北ベトナムの餌食にすれば、私は新聞の社説 で称賛されただろう。反共の闘士だった1950年代から、成長したと言われただろ う。共産主義のインドシナ支配を受け入れて「平和」を持たらしたという事で、 ノーベル平和賞さえ受賞したかも知れない。
　しかし、ベトナムに対する私の政策は、漸時撤兵と、ベトナムの事はベトナム に任せるという「ベトナム化」だった。その為には、ベトナム戦争を、アメリカ の戦争にする必要があった。
　1970.4/、カンボジア国内を通るホー・チミン・ルートへの攻撃も、重大な決 断だった。国防総省における情況説明では、共産軍の拠点が六つ示されているう ち、攻撃目標は二つに絞られていた。残り四つは、カンボジア国内にあり、それ は軍ではなく、政治的決定を待つ問題だったのだ。私は二つ叩くのも六つ叩くの も、非難は同じだと考えて攻撃を命令した。作戦は成功して、共産軍はその年の 攻撃計画を中止し、撤兵計画も予定通りに進んだ。反戦運動家は、このカンボジ ア国内でのベトナム共産軍拠点への攻撃を、戦争の拡大と呼んだ。
　1972.5/8、北ベトナムはソビエトからの支援により、大規模攻勢をかけてきた。 有効な対策は、ハノイへの空爆とハイフォン港への機雷敷設だった。この直前に、 ブレジネフとの首脳会談が予定されていた。会談がキャンセルされるかも知れな かったが、私は空爆を行った。首脳会談は前進し、歴史的な核軍縮ＳＡＬＴ−１ が行われた。我々の行動は、クレムリンの指導者を怒らせるどころか、彼らの敬 意を勝ち取ったのだ。
　1972.12/13、アメリカ兵の帰還は終了。北ベトナム、和平交渉の最中に議事妨 害。私はサイゴン政府への応援と、敵への警告の為には、再びハノイへの空爆し かないと決断した。世論は私を非難したが、北ベトナムは交渉のテーブルに着い た。
　このメッセージが正しく伝わった事を裏付けるエピソードがある。わが国の戦 争捕虜は、ハノイ近郊の収容所で虐待と飢餓と拷問に苦しめられてきたが、空爆 の後、看守の態度が急に優しくなり、食事の量も増えたとの事だ。元捕虜は私に、 「ようやく故国に帰れると思いましたよ」と語った。

　1973.10/13、エジプト・シリア連合軍は、イスラエルを急襲した。緒戦はアラ ブ有利だったが、イスラエルは挽回したので、ソビエトはエジプト・シリアに対 して武器を空輸した。アラブ諸国はすでにアメリカに対して石油禁輸措置を取り、 世界的な原油不足の中だった。国防総省は輸送機三機分の武器支援を提案した。 私は、三十機分の支援を指示した。それは、キッシンジャーの往復外交の道を開 き、相互撤兵協定が実現した。

第三十八章　戦争

　ホワイトハウス時代、ベトナム戦争を憎まない日はなかった。
　アメリカの大統領は決して、将棋の指し手が捨て駒を使うような気持ちで、兵 士を戦場に送るのではない。ｗｗ１はウィルソン大統領の命をすり減らし、ｗｗ ２はローズヴェルト大統領の命をすり減らした。トルーマンは朝鮮戦争の敗北で、 ジョンソンはベトナム戦争の敗北で、失脚した。

　わが国はベトナムで、東南アジアにおける利益を守ろうとした。この海上の石 油ルート沿いに、モスクワが拠点を築くのを阻止した。日本は、その輸入石油の すべてをこの生命線に賭けているのだ。1975、ハノイが勝利すると、モスクワは カムラン湾とダナンに大海軍基地を設置した。
　我々はまた、インドシナ全域への拡張政策を阻止した。北ベトナムが勝利した 時、この危惧は現実のものとなった。またたく間に共産主義者はカンボジアとラ オスを占拠し、タイを脅かした。
　我々は東南アジアの自由を十年以上は守った。1975まで北ベトナムを喰い止め た為、この地域の友邦諸国を強化する時間を稼ぎ、その幾つかは目覚ましい経済 成長を遂げた。リー・クアン・ユーは語る。「ベトナムへのアメリカの介入は、 東南アジアがその行動の結集に必要な十年という余裕を与えた」

　レバノンに対する、アメリカ軍の二度の介入の比較。
　1982、レーガン大統領はパレスチナ難民キャンプでの虐殺事件の後、米軍を派 遣した。それがレバノンの派閥抗争に巻き込まれても、撤退はできないと言明し た。しかし、派遣部隊は、難民救援には良くても、レバノン紛争に抗するには小 規模だった。結果、爆弾テロにより239名の海兵隊員の命が失われた。
　1958、アイゼンハワーはレバノン紛争に14300の大部隊を送り、それは平和的 解決を導いた。全作戦を通して、戦死者は４名であった。アイゼンハワーは語っ た。「敵が占拠する丘があれば、二大隊あれば奪取できる。ただし、犠牲は大き い。一師団あれば、無血占領して見せる」

　ケネディ政権、ジョンソン政権は、ベトナム戦争を見誤っていた。彼らはこれ を、南ベトナム内の内戦と見ていた。だが実際は、北ベトナムによるゲリラ派遣 が行われていたのだ。当時のアメリカ軍は、南ベトナム内の反乱分子を叩くばか りで、補給路を叩かなかった。
　我々は、北からの補給路を叩き、南ベトナム軍の支援をしていれば最善であっ た。
　だが、ケネディ政権は、南ベトナム政府転覆のクーデターを企て、政権の安定 を乱し、ゴー・ジェン・ジェム大統領の暗殺を招いた。
　その結果生じた混乱によって、ジョンソン政権は大規模介入を余技なくされた。
　1969、私はその路線を修正した。補給路を叩き、南ベトナム軍を増強し、アメ リカ軍の引き揚げを進めた。
　我々の友邦や同盟国は、我々の求める自由や民主主義の精神を充分に具現する ものではなかったが、それでも共産主義よりはましだった。クメール・ルージュ は２００万の人々を虐殺し、南ベトナムでは６０万の人がボート・ピープルとなっ た。
　反戦運動家の中には、共産主義の勝利の後にこんな蛮行が行われるとは思わな かったと主張する者がいる。それは、故意の無知だ。
　1954、北ベトナムでホー・チ・ミンが政権を握った後、５万人の民間人を殺し た事。ベトコンが35000人以上の非共産主義地方官僚を暗殺した事。南ベトナム 民間人にテロ戦術を用いた事。1967、共産軍による一ケ月間のユエ占領時代に、 3000人の民間人が虐殺され、その間、拷問、強姦、虐待が行われた事。以上は、 決して秘密ではなかったのだ。

　反戦活動家は、ベトナムで民間人が犠牲になったと訴えた。だが、わが軍の北 ベトナム空路は、民間人への被害を最小限に停めるよう設定された。ドレスデン での一夜の死者は35000人だが、1972.12/の二週間にわたるハノイ空爆の犠牲者 は、ハノイ自身の発表でも1500人だった。ベトナム戦争での民間人犠牲者は、朝 鮮戦争のそれよりも少ないのだ。

　1973、パリ和平合意。
　同、両院の民主党多数派、インドシナにおけるアメリカ軍の活動を禁止。
　1974、75、アメリカ議会、南ベトナムに対する援助を80％削減。対するソビエ ト、中国、北ベトナムに対して記録的な軍備増強。
　1975、北ベトナム軍の南侵、南ベトナム軍の潰走。

第三十九章　和平

　貿易が平和を持たらすだろうか。英ロイド・ジョージはボルシェヴィキとの貿 易が和解を持たらすと述べた。しかし、1920年代の貿易は、何の和解も持たらさ ず、スターリニズムの歯止めにもならなかった。
　ホイッタカー・チェンバーズは語る。「ビジネスマンは、たまたま、共産圏の お偉方と顔を合わせると、例外なくその魅力の虜となる。あちらはビジネスマン を騙しているのに、ビジネスマンの方は共産圏のお偉方にとって何ら困った存在 にならない」
　多くのビジネスマンが、モスクワとの貿易制限を緩和するよう求めている。し かし、東西貿易については、経済的な価格だけでなく、政治的な価格をも取り立 てねばならない。

　貧困と飢餓、宇宙のフロンティア。

第六部

第四十章　薄明

　高齢になってからも、国家に対して偉大な貢献をした指導者は多い。
　それぞれの就任時の年令。チャーチル、65才。ドゴール、67才。レーガン、70 才。アデナウアー、73才。

　世界を見る事は大いに役立つ。
　1970、ケント州立大学で、カンボジア侵攻に抗議するデモ学生に対して、州兵 が発砲する事件があった。この後、私は予告なしに、リンカーン記念堂で反戦集 会をしている学生グループを訪問した。
　彼らの知識は、上っ面だけのものだった。ベトナム戦争の意味も、本当に判っ ていないように見えた。1956、ハンガリー難民も、北ベトナムからの難民も知ら ないように見えた。1959、我々の自動車パレードに対してワルシャワ市民が「ア メリカ万歳」と叫んだのも知らないだろうし、1969、我々がルーマニアで熱烈な 歓迎を受けた事も知らなかった。これらの若者は、何ひとつ理解していなかった。 私は彼らに、世界を見るべきだと教えた。

　大統領時代、私は下院議員のグループと麻薬撲滅計画についての会議を行った。 そこでは、ニューヨーク黒人地区代表のチャールズ・ランゲルの火のような雄弁 に打たれた。後に、私は彼に電話をかけ、我々の計画に対する彼の支持に感謝し た。

参考
　
　
　
　
　
　
　
　

寸評
　人情味のある話が多いです。貧乏、勤労にまつわる話は、国籍を問わないようです。

　ピンク・レディって、左翼女性の事だったんですね。

　リンケージです。我々は、リンケージ戦術を忘れてはなりません。











募金に協力するニクソン母子。

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