中坊公平　私の事件簿

私の事件簿

　　中坊公平、集英社新書、2000。

1960、Ｈ鉄鋼和議申立て事件

　大阪市内のＨ鉄鋼、水道用バルブ製造販売、個人経営から株式会社となる。19 57まで経営良好、1958、1959の不況で経営悪化。従業員55人、解雇、賃下げも虚しく、1959.11/、不渡り手形、倒産、超過債務は1768万。1960、景気好転、小規模で再建すれば収益見通しあり。
　時代背景。
　1955、神武景気。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三種の神器。
　1959、中坊公平結婚、妻淳子。大阪で独立開業。
　1960、Ｈ鉄鋼の和議依頼、債権者は77社。
　戦時中、学徒動員として、大阪府伊丹市三菱電気で二年の工員経験。旋盤、フライス盤についての知識あり。工場の状況を理解、芯出しという基本作業が杜撰、社長は営業や接待を優先せず、品質を第一に心がければ再建は可能。
　二日後、作業着を着て工員とともに汗を流す中坊氏。弁護士・代理人というより、社長・経営者のように振る舞う。77社の債権者との交渉にこれが生きる。Ｈ鉄鋼について持ってる知識が豊富で、自信たっぷりに話すから、誰もが抵抗なく判を付いてくれる。その債権者の中から、新しい顧客も付く。
　すべては現場、現場さえ知っていれば、裁判にも勝つし客も付く。現場に足を運び、五感を総動員すれば問題の本質も見えるし、法律に頼らない迫力、説得力が出る。相手よりも、裁判官よりも現場をよく知っていれば、それは力になる。事件をひもとく鍵は法律ではなく現場にあるという、現場主義を貫く。

1962、Ｍ市場立ち退き補償事件

　東海道新幹線、1964開通に向けて工事。京都駅から500ｍの線路予定地にＭビルあり。Ｍビル一階に鮮魚、茶、雑貨、生花、天ぷら、呉服などの商店、Ｍ百貨と題して盛業。その立ち退き補償問題。
　1960、国鉄から用地買収計画、店主らは補償交渉はＭビルと行う事を確認。
　1961、すでに用地は国鉄名義、補償問題について国鉄は回答を拒否、Ｍビルは二転三転。
　1962.9/15、契約確認、Ｍビルとの補償交渉を確認。10/15、回答なく、やむなく工事に反対。国鉄、ごく低額の120万を提示、強硬な態度に出ればＭビルとしか交渉しないという態度。
　原告からの依頼、中坊、座り込みを提案。当時の新幹線工事局は腐敗、代議士を巻き込んで汚職。因業地主が国鉄と癒着、賃貸人の立ち退き補償を宙ぶらりんにしてしまおうとしている事を世間に訴えろ。
　ディスクローズによる挑戦が、弱者の唯一の戦法。
　緊急会議の電話網、建設現場には見張り一人、店主の家を一軒々々回り、数人単位の小集会を繰り返す。座り込みには女子供。弁護士任せ、政治家任せ、他人任せではいけない。
　客離れを防ぐ為に、お客さんにビラ。周囲の理解を得ながらの活動。
　今回の事件は対国鉄、対オーナーだけではなく、広範囲にかかわっている。事件というのはすべてそう。闘いは小手先で収まらず、全人格、全家庭に広がってしまう。そういう意味では、弱者というのは徹底的にかわいそう。
　名誉棄損に触れるかも知れないオーナー批判のビラ、それを知りながら、恐れず配る商店主達。人間の尊厳、高貴さを感じる中坊。個別訪問では、ぼんぼん育ちの中坊が知らない駄菓子を出される。それが旨い。仕事を越えて、Ｍ市場の訪問が楽しくなる中坊。
　1963判決、国鉄が店主に、208から317万の補償支払い。

1967、貸し金返還請求及び暴行事件

　1964.12/1、貸金業者のＮ、Ｋに融資。二年後、Ｋは自宅土地を担保に入れる。 1967、借金総額1億1576万、1969、土地権利譲渡、家屋明け渡しの強制執行。担保評価につき裁判継続。
　Ｋより中坊に対して、事故、誘拐などの脅迫は日常。
　1969.9/8、口頭弁論の帰り、中坊が拾ったタクシーに無理に同席する用心棒。迷惑だから降りろと、中坊に対して激しく怒るタクシー運転手。下車、コンクリートに頭を叩きつける用心棒、強打、出血。喫茶店に逃げ込む中坊、出ていけと迫る女性。世間とは冷たいもの。暴力を責めると、自分でシャツを裂き、ボタンを飛ばす用心棒。Ｋの方から中坊を傷害罪で告訴。
　当日、警察へ行った中坊。警官とともに喫茶店を調査。打って変わって協力的な店主、証拠のボタンと、自分でシャツを裂いたとの証言。
　警察、自宅付近に街宣車の出動。夕刊紙から中坊告訴の件につき取材の申し込み。こちらは、新聞経営陣に事情説明、冤罪助長の記事は差し止め。相手方弁護士にも告訴取り下げを強く要求。
　この時から、暴力に屈しない自信。ただし、弁護士が襲われて重傷を負ったり、死亡したりしても、何の補償もない。

1970、タクシー運転手ドライアイス窒息死事件

　1968.8/21、Ｓタクシー、運転手山下さんをＦドライアイスへ配車。ドライアイス260kgを市内乳業会社へ配送。酸素量低下で眠気、仮眠を取った山下さん、二酸化炭素中毒で死亡。
　Ｓ社とＦ社の過失、妻と娘に損害賠償。
　最大の争点はドライアイスと死亡との因果関係。阪大の後藤稠教授の鑑定、昏睡、意識不明、呼吸停止、心臓停止。
　裁判中に妻の再婚、実際に法廷に足を運んでくれたのは山下さんの母。長い弁護士生活での経験、子を亡くして親が残る事件では親は最後までとことんやる。ところが、子や妻は相続権がありながらさほど懸命にならないという傾向。
　慰謝料は妻と娘で折半、しかし、妻は慰謝料を貰ったまま他家へ嫁ぐ。残された老母にも何かしてやりたかった中坊。

1973、森永ひ素ミルク中毒事件

　1953.4/、森永乳業、乳製品の溶解度を高める為、協和産業より第二燐酸ソーダを購入、製品に添加。
　1954、日本軽金属清水工場、アルミ精練の副産物である燐酸ソーダの利用法を各所に照会。ただし、若干のひ素含有あり。10/、静岡県知事、これを認知。11/ 1、厚生省に審査を請求するが、回答なし。
　日本軽金属のひ素含有燐酸ソーダ、協和産業を通して、森永乳業徳島工場での粉ミルクに混入。
　1955.6/、西日本一帯の乳幼児に奇病、下痢、嘔吐、発熱、腹部膨張、発疹、皮膚黒化など、症状は多様。
　岡山大学法医学教室での調査。森永ミルクＭＦ缶5516から、ひ素検出。
　1955.8/24、岡山県、これを発表。厚生省、回収販売禁止命令。徳島工場は閉鎖。厚生省発表被害者1万2131人、うち130人死亡。実際は二倍と推定。
　9/18、被害者同盟全国協議会（全協）を結成。
　10/5、第一回中央交渉、森永乳業、厚生省に斡旋機関の設立を要望。
　10/21、厚生省、弁護士・マスコミ関係者で構成する「五人委員会」を結成。
　12/15、五人委員会、補償金額を死者25万、患者１万と策定。森永、これを支持。
　1956.4/9、後遺症研究機関の設立を条件に、全国一斉精密検診を実施、全協を解散。しかし、ほとんどの患者は全快と診断され、設立された機関も後遺症研究とは別のもの。
　これはまったく、偽りの終結宣言。
　1969、有志、森永ひ素ミルク中毒事後調査の会、活動を継続。大阪での患者68 人の追跡調査。「十四年目の訪問」として発表。
　10/19、朝日新聞、十四年目の訪問を報道。森永ミルク中毒の子供を守る会、結成。
　1972.9/5、守る会の要請で、森永ミルク中毒被害者弁護団が結成。
　12/10、守る会、被害者の恒久救済の為の民事訴訟。
　1973.1/、中坊公平、弁護団長に就任。
　勝てる弁護士として盛業中、社会事件には無関心。青年法律家協会在籍・若手の伊多波重義より依頼。
　良い顧客が減るのではないかという杞憂、74才の父の意見。
　「情けない事を言うな。お父ちゃんは公平をそんな人間に育てた覚えはないぞ。この事件の被害者は誰や。赤ちゃんやないか。赤ちゃんに対する犯罪に右も左もない」
　因果関係に疑問、被害者の実態を調べたい。中坊、伊多波、そして金子武嗣の三人で被害者宅を回る。
　手足の動かない体を屈め、ベークライト製の皿に注がれたお茶を嘗めるように舌で飲み干して幸せそうに微笑む被害児。近所の子供らに「アホー」と蔑まれ、水や砂をかけられても笑っていながら、自分の家に戻るなりわっと母親に泣きすがる被害児。「被害児」といっても、みんな十七歳、十八歳です。そして、そういった子供の世話をする母親たちが、ひ素が混入されたミルクを製造販売した加害者ではなく、ミルクを飲ませた自分自身をひたすら責め続けるという悲哀。罪なくして罰せられ、地を這うようにして生きる被害者家族の現実はあまりに惨かったのです。
　私は全身全霊を傾けてこの弁護に取り組みました。そして、その活動の中で大きく変わっていきました。
　不買運動を進めながら、被害者の恒久対策を願う。勝訴を望む若手と、出過ぎだと反発する原告団。
　因果関係、対策内容を口頭弁論で陳述させて公式に記録。訴訟は取り下げて、不買運動も収束。

　冒頭陳述
　一番に銘記、毒物が混入された物質がその乳幼児の唯一の生命の糧であったという事実であります。
　私は原告弁護団長を引き受けて以来、数多くの被害者のお宅を一軒一軒訪問して回りました。そして、そこで多くの母親たちに面会しました。その母親たちが私に一番強く訴えたことは、それは意外にも被告森永に対する怒りではありませんでした。その怒りよりも前に「われのわが手で自分の子に毒物を飲ませたという自責の叫び」でございました。
　昭和三十年当時、被害者は原因不明の発熱、下痢を繰り返し、次第に体がどす黒くなっていき、お腹だけがぽんぽんに腫れ上がってきました。そして夜となく昼となく泣き続けたのであります。そういう場合に母親としては、なんとかしてその子を生かせたい助けたい一心で、そのミルクを飲ませ続けたのです。そのミルクの中に毒物が混入されていようとはつゆ考えておらなかったのであります。
　生後八カ月にもなりますと赤ちゃんは、すでにその意志で舌を巻いたり手で払いのけたりして、この毒入りのミルクを避けようとしたそうであります。
　しかし、母親はそれをなんとかあやして無理にミルクを飲ませ続けたのです。その結果、ますますひ素中毒がひどくなり、現在の悲惨な状況が続いてきたのであります。
　私たち人間が赤ちゃんとしてこの世の中に生を受けた時、私たちはすべて私たちより先に生まれてきた人間を信じて生まれてくるのです。またそうでなければ生きていけないのです。したがって逆にこの世に生を受けている人間というものは、生まれてきた赤ちゃんに対しては絶対的に保護し、育成しなければならないのです。この本能は人間が地球上に生き続けていくための基本的な本能なのです。したがって、乳幼児に対する残虐行為ほど弁解の許されない行為はないはずであります。また、これほど社会的に非難を受ける行為もないのであります。
　いわんや、その乳幼児の唯一の生命の糧であるミルクに毒物を混入させた本件事案においてその責任を曖昧にするということは、人類が自ら自己を抹殺することにもつながると私は考えるのであります。

　ミルクに添加された第二燐酸ソーダ、新しい牛乳であれば必要はなく、現在は使われていない。
　ひ素入り燐酸ソーダは、日本軽金属、協和産業、松野製薬、森永乳業という流れ。注意責任はないのか。
　同じ日本軽金属から出た燐酸ソーダ、南西化学、国鉄仙台鉄道管理局に納入。国鉄、ボイラー洗浄に使用するに際し、品質検査をしてひ素を発見。これを返品している事実。ボイラー洗浄で検査するものを、食品工場で検査しないとは何事か。
　ラジオ、新聞を通しての広告。「身体の丈夫な頭の良い子を育てましょう。それには森永ドライミルクを飲みましょう」
　ＭＦ缶の表示「森永ドライミルクは、医師の指示に従って乳児用として作られた最も理想的な高級粉乳です。本品は純良牛乳、砂糖及び乳児に消化吸収しやすい滋養素を加え、その他乳児の発育に必要な各種ビタミン塩類を添加して衛生的に乾燥粉末したものであります」
　安全義務は軽くしながら、宣伝する時は誇大宣伝。保険所発行の母子手帳のカバーにまで、森永ドライミルクの文字。地方公共団体とも癒着して宣伝。
　産業廃棄物に対する回答を一年も遅らせたり、食品衛生法の添加物の規制を緩めた厚生省の責任。企業利益の為に国民の健康を犠牲にしたと言っても良い。
　公害被害者は二度殺される、被害者の圧殺。
　しかし、被害者の圧殺ということに関しましては、それはまさに過失ではなくして故意なのです。しかもこの点までまいりますと被告森永と国とは完全に共謀して、このことを実行したのであります。昭和三十年一一月二日、あるいは昭和三一年三月二六日の通牒によって治癒基準を作り、そして形式的な一斉検診を行って、これらの被害者を、もう後遺症はないといって打ち切ったわけであります。
　なおも症状が続き、入院している病院から強制退院までさせられる患者達。被害はない、病状はないと主張する国と医師。
　その結果、多くの被害者たちは、行政機関からも医者からも見放されました。その後、子供たちの親は、子供が悪くなる、あるいは眼が見えなくなる、あるいは耳が聞こえなくなる、あるいはてんかんの発作が続く、原因不明の吹き出物が出てくる、こういったたびに、それぞれの医者へ駆けつけました。しかし、どの治療も効果がなかったのです。
　幼児期のひ素中毒が原因かとの問いに、ひ素中毒に関しての診断書は書けないと突っ張る各医師。
　そして、世間からは、あの人たちは自分の子供が先天的な病気なのに、それを森永のせいにしているといって冷たい目で見られてきたのです。「十四年目の訪問」によって、ようやくそれが回復されたと、お考えになるかもしれません。しかし、実態はそれから以後も、お医者さんに言っても、あれは一養護教諭の言っていることなのだとして、相手にもされないのです。現在、被害者たちは医者並びに人間に対する限りのない不信感を持っております。このような悲惨な状況に追い込まれてきたのも、被害者圧殺のせいなのです。
　事故当時、森永の資本金は４億500万、現在は資本金60億の巨大企業。
　昭和46年、小西健雄死亡。昭和42年、藤井常明死亡。てんかんの発作、入退院を繰り返し、枯れ木のように痩せ、四十度の高熱に苦しみ、生涯手放せなかったおむつの中で、糞にまみれて死ぬ。
　数多くの精神薄弱児。
　珍しい粗暴児のＫ、家族に迷惑をかけるより自分から精神病院に入る。
　滋賀県の女性、数年前から右眼を失明。スーパーに勤務、森永の子と判り、解雇を希望される。普通に働ける事を主張して、日曜日にまで出勤。
　いつ何が起こるか判らないという不安。修学旅行先でてんかん発作。ここ数年になってから、腹部に赤黒いあざが幾百幾千も出る。
　さらに、病状が多様。ある子は指紋ができないほど皮が剥ける。ある子は嘔吐が続く。勉強したくても体がいう事を聞かない、癇癪を起こして畳を掻きむしる娘。みんな、そろそろ十八歳になろうとしている。
　十八年にわたる、森永と厚生省の妨害工作。裁判を起こすなら、救済はしないという立場。
　1973.12/23、裁判とは別の会談において五項目の確認書。
　1974.4/25、救済委員会、財団法人「ひかり協会」を設立。
　1974.5/、大阪地方裁判所、救済は「ひかり協会」が主体となり、森永は無制限で費用を負担する。未確認者や死亡者も救済の対象とする。
　5/12、訴えの取り下げ。
　医療関係者による統括的な原因究明、ひかり協会による救済こそ前人未踏のもの。

1982、小説のモデル名誉毀損事件

　作家・三田貞子の作品の登場人物「梅田みつ」は、実在の人物・杉田ふみをモデルにしたものであるという訴訟。フィクション性は充分であり、梅田から杉田を連想する事はないという意見。
　相手方は母校の名誉を傷付けたとして、多勢で傍聴、一種の市民運動。おまけに夕刊紙に記事を寄せて、世論工作までやっている。
　十人の証人を招いた原告の証人喚問を、一人で良いと拒否。早期結審。
　裁判所に媚びる、裁判所任せの弁護士が多い。弁護士が裁判所を甘やかすから、世間知らずの裁判官や悪い裁判官が生まれる。
　裁判所がお大師さまだとしたら、今の弁護士はお大師さまの前の土産物屋のよう。もっと、自分の力で客を引っ張って来れるようでないといけない。弁護士自治なんて言うのは、サロンで腑抜けているようなもの。もっと謙虚で、勉強家で、強い弁護士を育てる司法制度改革を進める。

1982、自転車空気入れの欠陥による失明事件

　1980.8/、鈴木清美、量販店ＷでＴ総業製造の自転車空気入れを購入。
　1982.6/10、娘・裕子の後ろに立ち、二人で自転車の空気を入れた所、ハンドル部が脱落、外れた鉄芯が娘の眼を直撃。
　1987.8/7、請求4032万に対して、500万で和解。別途見舞金あり。

　1977、大阪弁護士会で「消費者保護委員会」を設立。
　ラルフ・ネーダー、アメリカの消費者運動家。1964、自動車の安全性についての企業告発で成功。
　複数の弁護士で対処、欠陥調査班に入る中坊。
　1984.7/24、相模原市の国民生活センター・商品テスト部を訪問。調査料は無料。翌年6/7、欠陥確認。
　この事件を機に、ＪＩＳ規格改正、ハンドル強度、抜け止め防止が追加。
　原告の鈴木さん、裁判以前に、相手企業に個人として補償を求める。製造物責任法のない時代、取り合わない企業。訴訟を起こすよりは、「もうよろしいわ」という気持ちになる鈴木氏。これが普通の市民感情。弁護士の方から訴訟を提案、だから着手金や礼金は期待していない。裁判後のお布施で別府旅行。

1983、実刑服役者の新聞社に対する謝罪広告請求控訴事件

　1979.6/26、Ｘ新聞の記事。Ｔ産業は贈答品売買を装いながら、裏で覚醒剤を取引。その量８kgという記事。
　実際は８ｇにて検挙、大掛かりな組織との印象を与えたとして新聞社を名誉毀損で告訴。
　Ｔ産業のＵ、ほかにも1億2000万の保険金殺人未遂、5500万の保険金自殺強要の罪あり。
　これほどの凶悪犯罪を犯しながら、覚醒剤所持の８ｇを８kgと書いても名誉毀損には当たらないと新聞社を弁護。
　Ｈ・Ｄ・ラスウェル「社会におけるコミュニケーションの構造と機能」中の歩哨理論。仲間の警告に敏感な動物類、マスコミの機能もこの警告を発する所にある。ところがマスコミは特権意識を持って、ただの広報機関に成り下がっている。社会に警鐘を鳴らすという役割は果たしていない。
　一般の人に対する、実際のアンケート調査。印象に残るのは、犯人の冷酷さ、正業を装いながら裏で覚醒剤、その仕入れ目的の為の保険金殺人、という事。分量については読者の記憶に残らない。
　８ｇなら名誉は失墜しなかったのか。裁判所がグラム数だけ取り上げるのは、角を矯めて牛を殺すようなもの。

1985、看護学校生の呉服類購入契約事件

　1985.3/、Ｕ社、京都第二赤十字看護専門学校の生徒に電話、雑誌の取材の為に美味しいケーキの店を紹介してほしいと呼び出し。食事を振る舞った後、西陣織物卸商のＲ商店へ案内。様々な商品を見せて採寸、本人の見ている前で勝手に生地を裁断して、断れないようにして契約。206万、225万の五年ローンを組ませる。
　実際に被害者に会う、礼儀正しく、明晰で、なぜこんな詐欺商法に引っ掛かったのか不思議。よほど巧妙に仕組まれた事件。
　恥ずかしがり、親に内緒なので表面化しない。
　被害者は例外なく二十歳前、成人式と、契約無効の解除の二つが狙い。
　アンケートで勧誘、食事を奢って心理的負担を与える。眼の前で反物を裁断、もう断れないという心理に追い込む。
　看護学校生徒は、卒業後に安定した収入が見込める。
　弁護、二十歳前後の人間に高額商品の購入を即決させるのは公序良俗に反する。信販会社との売買契約立て替え払い契約は、所定の記入がないので無効。

1985、金のペーパー商法・豊田商事事件

　1977、永野一男、名古屋に豊田商事という屋号を設立、金地金取引で顧客から集金。
　1981.4/22、大阪で豊田商事株式会社を設立。純金ファミリー契約証券を開始。純金の購入をセールス、その上で保管の面倒さを解き、金地金は当社が預かって代わりに証書を発行するというもの。おもに老人を狙う。
　1981.9/、一部ジャーナリストで問題視。
　1983、全国的に訴訟が頻発。
　1984.3/、国会で取り上げられる。
　1985、豊田商事、契約切れの返済資金に充てる為に高利の借り入れ。税金の滞納。
　2/、好成績の社員を役員へ抜擢、契約報酬引き上げ、組織一丸となっての勧誘活動。
　3/、98億を集金。4/、92億を集金。
　4/、強引な外交員の一人を逮捕、書類押収。
　6/15、外為法違反で強制捜査。6/17、永野一男、事情聴取。6/18、報道陣の前で永野一男、刺殺。
　7/1、豊田商事に破産宣告。
　1991.7/1、管財業務終了、総配当額は122億、被害総額の10.557％。

　債権者ではなく、被害者という言葉を使う。上辺は破産法に基づく裁判、破産した会社の債権を整理回収する業務。しかし、実態は純然たる詐欺行為。詐欺の被害者は、被害者と呼ぶのが当然。被害者と呼んでいけないのなら、管財人の地位を辞職すると中坊。裁判所も折れて、被害者という言葉の使用を認める。
　世間、マスコミ報道では、欲ぼけ老人が騙されたという見方。被害者に対して同情的でなかった世論を、この言葉によって覆す。
　実際に金庫に残っていた金は200ｇ、現金は1000万円。金地金などはほとんど扱わなかった。資料は社員が焼却。
　社員との接見、責任に及ぶと口をつぐむ社員。自分の良心をカネに売り渡した。良心、罪悪感のまったく消え失せている人間。アウシュビッツ戦犯を見るような驚き。
　あちらこちらで類似の詐欺事件の実行犯となっている豊田商事の残党、元社員。
　被害者の接見。どうも府に落ちないと感じながら、あんまり親切なので契約してやった。孤独な老人の家を訪れ、肩を揉んだり、話し相手になったりして信頼を勝ち取り、しかる後に契約を結ぶという手口。善良な、孤独な老人であるのに、欲ぼけ老人のように見る世間。
　豊田商事のみならず、中核の銀河計画の破産申し立てにより、資産の流出を防ぐ。会社ではなく、犯罪集団、詐欺集団という位置付け。
　顧問弁護士からも金の返還を請求。詐欺師に入れ知恵して、一カ月に100万もの顧問料。個別に事情聴取、自宅を売却して二億返済の方もあり。
　末端の社員は月収200万、その所得税が源泉徴収されている。国税庁からその分を回収する。代議士も税理士も連れず、一人で何度も足を運ぶ中坊。ついに職員が折れて入れ知恵。給与所得、事業所得には源泉徴収義務が生じるが、雑所得には義務がない。そこで、元社員との雇用契約が無効であると証明されれば、それは雑所得という扱いになって、源泉徴収分は返納される。詐欺をさせるという雇用契約は当然無効。結果、国税庁から13億を回収。

1987、ホテルの名称使用差止め事件

　Ｔ観光、Ｂ寺ロイヤルホテルを経営。10km離れた所に、Ｄ会社、Ａ浜ロイヤルホテルを建設。
　1987.6/22、Ｔ観光、Ｄ社に対して名称使用差止め訴訟。
　中坊、Ｄ社を弁護。ロイヤルという言葉は、日本のみならず世界中で使われている。
　1988.10/13、Ａ浜ロイヤルホテルの名称使用、ただし案内書等でＢ寺Ａ浜ロイヤルホテルという名称は使わない事で和解成立。

1992、グリコ・森永脅迫犯模倣事件

　1990、被告Ｇ、工場経営悪化で負債4300万。
　1991、当時、グリコ・森永に対する脅迫事件あり。これに便乗し、カップ麺に農薬を入れ、脅迫文を添えてＮ食品に郵送。3000万を要求。
　10/21、Ｎ食品、警察と連携、数度の交渉を重ねて逮捕。
　やり手の総務部長、金を渡す、いや待ってくれと、交渉引き伸ばし。おとり捜査まがい。ある時、犯人は泣きながら、脅迫はもう止めるから50万円だけでも融資してほしいと懇願した事もあり。
　模倣犯には重い判決。一連のグリコ・森永脅迫事件の犯人が捕まらない事もあって、身代わりに見せしめにされているのではないか。
　刑事事件には馴れない中坊。よって犯人Ｇは、犯行が稚拙、中途で犯行意志を無くし、更生意欲がありながら、実刑二年という重い判決。
　犯人の親族、その債権者にまで会い、カップ麺に盛られた農薬の鑑定を二度まで依頼した中坊。

1993、産業廃棄物の不法投棄・豊島事件

　1975.12/、豊島ﾃｼﾏ総合観光開発、豊島にて有害産業廃棄物処理業を行いたいと香川県知事に申請。住民、建設差し止め請求訴訟を提起。
　豊島総合観光開発、「ミミズによる土壌改良剤化のための処理」と偽って再申請。香川県、これを真に受けて了承。さらに香川県、定期的な監視、行政指導を怠らぬと住民を説得。
　1978.4/、豊島総合観光開発、ミミズによる土壌改良剤化の処理を実行。
　1983、ミミズ廃業。自動車内装の廃材・廃油・汚泥を搬入して野焼き。これらは金属回収であって、廃棄物処理法による許可は不要と主張。
　高松地検、同社を廃棄物処理法違反で起訴。香川県庁、同社を弁護。
　香川県庁、同社の金属回収が嘘であると知った上で、金属くず商の許可取得を助言。
　1990.11/、兵庫県警、同社を廃棄物処理法違反の容疑で摘発。
　豊島総合観光開発、50万ｔの廃棄物を残したまま倒産。
　香川県庁、有害物質はあるが周辺環境への影響なし、廃棄物撤去の必要性なしと発表。
　豊島住民、公害調停の申請。現場確保の為、処分場の処分禁止と占有移転禁止の仮処分申請。さらに、処分場の仮差し押さえ、処分場の立ち入り妨害禁止の仮処分申請。
　1993.11/、住民438名、香川県庁、その担当職員、豊島総合観光開発、その経営者、廃棄物排出企業21社に対して訴訟。廃棄物撤去と賠償金請求。
　2000.6/6、判決、県の謝罪、廃棄物処分の調停。

　時効直前一カ月で引き受け。大阪－小豆島－豊島、大阪－岡山－豊島、どちらも三時間のルート、これを150回往復。
　人口1400人、七割が六十を超す高齢の漁村。県はわたしらのお父さん、県が住民を騙す訳がないという見方。「国民主権と言ったって、国民の暮らしや権利は、じっとしていて守られるもんじゃない。自分から足を踏み出さないと守れない」
　30回を超す公害調停の舞台は東京、住民代表、弁護団の交通費負担も相当なもの。
　真鍋武紀知事、心から謝罪。
　申請人550人のうち、69人が裁判中に臨終。うち稲塚ムメさんは、明らかに有毒廃棄物による健康障害により死亡。
　1997.7/13、中間合意案の提出。豊島での中間処理、排出された毒物については将来別途協議、県は謝罪ではなく遺憾表明。疲労、資金枯渇の中、中坊はこれを拒否。
　7/14、小豆島に前線基地、香川県全体の理解を得るという運動。ビラ配り、宣伝カー、座談会、集会といった活動を通して全県民の理解を得る。ビラ配り運動五カ月、百カ所座談会運動八カ月。
　1999.4/6、住民運動のリーダー、石井亨、県会議員に当選。
　直島住民の理解、直島に最終処分場を建設。
　50万ｔの産業廃棄物、完全撤去は2017.3/予定。まだ十年以上かかる。
　豊島のような離島が本当に豊かな島になるのはどうすれば良いか。産業廃棄物を廉価で押し付けられ、焦土と化すのは本当に悲惨。ゴミを受け入れる事によって、島全体をゴミにしてしまう事。
　真実と道理は、いかなる権力よりも強いのだという信念。いつかはしっぺ返しを喰らうという懸念、よそと同等の振興策を盛り込む。

1996、不良債権・住専処理事件

　1971-1979、住宅金融専門機関七社、大手銀行を母体にして設立。しかし、経営陣の大半は、大蔵省の天下り、一種の天下り＝利権獲得機関として機能。
　1980年代、各住専、融資を拡大。不動産バブル崩壊は必至。
　1990.3/、政府、不動産向け融資の総量規制。融資規制する母体銀行に代わり、住専は融資を拡大。
　バブル崩壊による膨大な不良債権を抱える住専。世界経済に与える影響も大きいと、Ｇ７の懸念。
　1995.12/20、村山富市首相、公的資金による住専処理案を発表。「民間会社の債務返済や債権回収については、当該会社が自ら責任を果たす必要がある。にも関わらず、何の責任もない国民に重い責任が転嫁される事になったのである」
　1996.3/4、新進党、予算案審議を座り込みで阻止。
　5/10、予算案、成立。
　6/18、住専処理法、金融六法、成立。
　住専七社の債権総額、10兆7000億、うち不良債権、6兆4990億。
　母体行3兆5000億、その他銀行1兆7000億、農林系5300億、を債権放棄。
　埋め切れない6800億、預金保険機構への50億、合わせて6850億を公的資金注入。
　回収可能な債権5兆5000億、銀行が放棄した不良債権6兆7000億、住管機構はこれを十五年かけて回収。
　1996.7/、住宅金融債権管理機構（住管機構）を設立。
　ただし、二次損失の半分には改めて公的資金投入。
　そもそも、筋の通らない話。旧経営陣の経営責任も問われないままの税金投入。天下りの大蔵官僚は喰い逃げ。
　義憤を感じ、橋本総理に喰ってかかった中坊。
　最初から司法の場で解決すべき問題、政府や大蔵省の密室で話が運ばれ、住専法ができた。民法の枠内で解決できたのに、それをしなかったのは責任逃れの為。
　法律が機能していない日本。二割司法。残りは、一に泣き寝入り、二に政治決着、三に暴力団、四が行政指導。
　住管機構、社員1100人のうち900人は旧住専の者。かつて無理に貸し付けた顧客から、今度は無理に取り立てる。バブル前後の地価変動を思うと、冬に預けた氷を夏に取り立てるようなもの。
　社員の年収は住管機構から年400万円、残りは出自の母体銀行が払う。
　1999.4/1、住管機構、整理回収銀行と合併して整理回収機構となる。時限を外し、機動力のある民間会社にする為に奔走、繰り返し、それを引っくり返そうとする大蔵省。
　1999.8/2、中坊、70才の誕生日を機に退任。後継社長は気心の知れた鬼追明夫弁護士。一円の給料も退職金も貰っていない中坊。高給高退職金を取りながら、逮捕も起訴もされない住専旧経営陣。

おわりに

　人間、ひたむきさが必要。自分の利益の為にひたむきになるのは、単なるエゴで、誰も心を動かされない。他人の為にひたむきになって頑張れば、誰からも恨まれる事はない。
　世の中には、不条理に泣く人があまりにも多い。

参考
　中坊公平ファンクラブ
　水茎の跡－ひかり協会の現在を伝える。
　豊島事件の詳細
　豊島住民＆観光案内
　中坊経営する御殿荘のサイト
　
　

関連情報
ルポ「十四年目の訪問」について
　ここに「十四年目の訪問」という本があります。これは大阪・堺市の保健婦さんたちが事件発生から十四年目に患者を訪ね歩き、「もう済んだこと」と、世間から忘れられていた彼らの苦しみを明るみに出した記録です。　本来、こういうことを発見せなあかんのは、専門家である医者やろ。世の中には専門家がたくさんいるけど、そんな肩書がどれほど値打ちのないものかわかりますね。世間の評価を信じ込んではあかんのですよ。

水茎の跡より
事件から14年後の1969年、「森永ヒ素ミルク中毒事後調査の会」が、大阪にいた患者68人の追跡調査を行い、重い後遺症に苦しんでいることがわかる。その結果が「十四年目の訪問」として発表された。これは、養護関係の方々が被害者宅を一軒一軒回って掘り起こしていった血と汗のレポートである。これに対しても国や森永は、因果関係を問題視したり、あるいは単純な事実誤認をことさらに取り上げて、レポートの信頼性に疑問を投げかけた。その結果、「森永ヒ素ミルク中毒の子供を守る会」と弁護団が結成されたのである。この被害者弁護団の団長を務めたのが、住宅金融再建管理機構の社長をやったあの中坊公平弁護士である。私の大学で学生集会が開かれたのは、この一連の流れの中のひとつである抗議集会だった。不買同盟もつくられた。

寸評
金地金の豊田商事について－
　敗戦から八十年代にかけて、日本では会社というものの信用が極端に増していました。社会主義ならぬ会社主義とか、会社に任せておけば大丈夫、会社が悪い事をする筈がないというような風潮がありました。そこに付け込んだ事件です。まず社名が、日本を代表する自動車メーカーのトヨタと似ている。場所は大阪駅前の第一ビル、第二ビルという一等地。電話帳にも大きな広告が載っていると、新進の優良企業を装っていました。世間も、マスコミ報道も、会社が悪い事をする筈がないという姿勢でした。仮にも、五十人以上のサラリーマンがひしめく株式会社が、組織ぐるみで詐欺なんかできる筈がない、社員も騙されているんだという思い込みがあった。一部テレビ局などは、事件後にいたるまでも、社員の未払い給与はどうなるのかというような筋違いな、とんちんかんな報道をしていました。社員も騙されていた、社員も被害者だというような報道姿勢でした。見る人から見れば、最初から最後まで、徹頭徹尾詐欺なんです。消えたお金はどこへ行ったのか、というようなマスコミ報道に対して、詐欺犯罪に詳しい作家の安部譲二さんなどは、社員が持って行ったに決まっていると笑っていました。当時のマスコミ報道には、本当に歯がゆい思いがしたものです。
　本音と建前の乖離をついた事件です。マスコミも裁判所も建前の方に付く。そして、実際は詐欺行為である。騙されたのは被害者だけでなく、世間をも欺く事件でした。会社は悪い事はしない、会社に預けて置けば大丈夫という風潮が、後の証券不祥事、三十代女性の大量行き遅れ等を招いたのでしょう。我々は子供に向かって、会社は悪い、会社を信用するなと教えねばならない時代になったのです。

森永砒素ミルク事件について－
　日本の企業は問題を起こすと、まず官庁に泣きついて、ついで官庁と企業が国ぐるみで被害者を抑圧するというケースが多い。国家が、真に国民の為のものになっていないからです。1956の終息宣言は、厚生省と企業とがぐるになっての、まったくの演出でしょう。若手弁護士は、その厚生省の責任まで追及しようとしたのでしょう。そこを中坊公平さんが、人道的解決に導いた。しかし、ここで裁かれなかった厚生省は、後に薬害エイズ事件、Ｏ-157事件を引き起こすのです。森永乳業については、その姿勢を180度改め、「ひかり協会」の運営を会社の、経営者一族の中心的課題に捕えているようです。ボイコットしてはいけません。

　これは、日本人の教科書です。

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