月と六ペンス
サマーセット・モーム、中野好夫、中央公論社、1965。
主人公はストリックランド、ゴーギャンをモデルとする物語。ただし、パリ時
代はまったくの創作。
ストリックランドの栄光、かつての嘲笑は過去のもの。
語り手は小説家、お茶会で愛読者であるストリックランド夫人を知る。夫は物
質的で、教養がないという夫人。当時は証券ブローカーだったストリックランド。
四十を過ぎての、ストリックランドの家出。駆け落ちとの噂。
夫人の依頼で、パリへ赴く筆者。思わぬ安宿、痩せたストリックランドは一人
暮らし。絵が描きたいんだ。
女がいないとは信じない、芸術に関して、何か抜け駆けされたような気持ちの
ストリックランド夫人。タイプ事務所を開く。
五年後、パリに住む筆者。凡庸だが、売れっ子絵描きのストルーブ。卑屈なほ
ど陽気で、仲間の面倒をよく見る。家庭的な美人のブランシュ夫人。ただひとり、
ストリックランドを理解するストルーブ。
友人を軽蔑しながら付き合うストリックランド、突き放した態度で対等に渡り
合う筆者。
ストリックランド、発病。夫人の反対を押し切って、うちで看護するというス
トルーブ。
三週間後、仕事の邪魔だと、ストルーブを追い出すストリックランド。
再び、ストルーブの訪問。家を出るストリックランドに、ついて行くと言うブ
ランシュ夫人。仕方なく、自分が家を出た。
まだブランシュに未練のあるストルーブ。
ブランシュの自殺、酸を煽って重態。天井を見上げたまま、涙は流れ放題。唇
と喉が焼けただれている。やがて死亡。
明け渡したアトリエ、ストリックランドは居ない。ブランシュ夫人の裸婦像に
ナイフを突き立てようとして適わぬストルーブ。やがて、帰郷。
無心に来るストリックランド、事故の顛末を語る。女という奴は、男から傷付
けられる事は幾らでも許せる。だが、恩を着せられるのは我慢がならない。あの
二人はどうせうまく行かなかった。自分との関係については、そろそろ小細工を
やり始めた。多くの罠で、俺を縛り上げようとする。だから、捨てた。
筆者のタヒチ訪問。「タヒチへ近付く時の気持ちは、地上の人間に許される最
上の至福ではないか。蒼茫の海から忽然と現われる、あの峨々たる島の姿。その
怪しい美は、船がすぐそばを通り過ぎる時でさえ、その秘密を深いとばりの中に
隠して、近付きがたい」
波止場ごろ、キャプテン・ニコルズの話。ストリックランドのマルセイユ時代。
無料宿泊所、坊さんの説教を聞かされる。そこから離れたパン配布所、これまた
離れたスープ配給所へ通う毎日。いよいよ無料宿泊所にも居られなくなって、タ
フ・ビルの経営する海員宿へ泊まる。わがままを言うので、そこも追い出される
ストリックランド。ごみ漁り。たまに郵船が入ると、沖仲士の仕事を貰う。勝手
に水夫部屋に入って、そこの御馳走にありつく。不幸にして高級船員に見つかる
と、足蹴を覚悟しなければならない。魚市場の仕事、オレンジ運搬、貨物船のペ
ンキ塗り。けっこう楽しそうなストリックランド。
路上で出喰わすタフ・ビルとストリックランド。険悪な雰囲気。
戸口ごとに女の立つブトリ街、人種は様々。中の大きな酒場、ストリックラン
ド、ニコルズが飲む所へ、タフ・ビルの登場。喧嘩、テーブルは倒れ、コップは
砕け、人は逃げる。頭を割られ、失神したタフ・ビル。このままでは終わらない。
マルセイユを後にするストリックランド。
タヒチのホテル「花屋」の女将ティアレ・ジョンソン。混血、大柄で頑丈、威
圧を感じる筆者、胸はキャベツのよう、麦わら帽に長髪にマザハバッド。魅惑的
なその笑い声、喉の奥のかすかなとどろきに始まり、刻一刻と大きくなり、やが
て体全体を揺さぶり動かして響く。彼女の愛したものは三つ、冗談と、酒と、美
男子。島一番のコックでもあるティアレ。
ハンサムな船乗りとの恋を、父に反対され、また別なハンサムな船長と結ばれ
たティアレ。いつも幸せ。
輝かしい経歴を捨てて、アレキサンドリアの町医者となったエイブラハム。人
には、持って生まれた故郷がある。
ストリックランドに奥さんを世話したティアレ、十七才のアタ。画家の様子を、
いつも注意して見ていた。婚礼の御馳走、伊勢えび、カレー、やしのサラダ、シャ
ンパン。皆でダンス。
街道から８kmも入った所にバンガロー、まわりを手入れして花や果樹を植える。
時には珊瑚礁で漁をするストリックランド。村から隔たっているので、二人きり
の生活。幸せな三年。
ブルノ船長の話。船長の住まいは礁湖、その美しさは空と海の美しさ、色彩の
万華鏡とも言うべきラグーンと、優艶な姿態を誇るやしの木の美しさ。反してス
トリックランドは、エデンの楽園そのもの、一切の外界から切り離された世界。
完全な夜の静寂、白々とした夜香花が香り、魂は肉体の中にじっとしていられな
くなる。
クトラ医師の話。呼ばれて７kmも歩いたクトラ医師、らい病をやんだストリッ
クランド。遠ざかる村人、小川で洗濯する事を禁じられるアタ。
二度目の往診、荒廃した農園。
三年後、亡くなったストリックランド、家を焼くアタ。
ロンドンに帰った筆者、夫を誇りにするストリックランド夫人。
お菓子と麦酒
上田勤 訳
主人公は中堅作家、文壇の名士ロイから依頼を受ける。世渡り上手なロイ。
その内容、老大家ドリッフィールドの伝記を書きたい。ついては、親しい君に
協力して貰えないか。最初の奥さんはひどかったという噂。
幼き日の主人公、海岸沿いの小さな町、牧師の甥っ子。評判の良くないドリッ
フィールド。
文芸好きの公爵夫人とともに、現在のドリッフィールド邸を尋ねる筆者。世話
好きで、片付け上手な今の夫人。主人公にウィンクをするドリッフィールド。
主人公の少年時代、自転車が珍しい時代。海沿いの道で練習する主人公、向こ
うから自転車の二人連れが来たので、休憩している振りをして座る。そこへ転倒
するロウジー夫人。つねに眼が微笑んでいるロウジー。
ドリッフィールドから自転車の乗り方を習い、並んで走る主人公。赤勝て、白
勝てと囃すロウジー。上品ぶった、よそよそしい態度がけし飛んでしまう少年。
自転車、記念碑の拓本と、夫妻とずっと遊び続ける主人公。快く思わぬ伯父。
ロウジーは、もとは酒場の女給だったと教える女中メアリ。ジョージの旦那とも
関係があった。
石炭屋を営むジョージ、上昇指向が強く、上流の人に近付きたがる。この町は
まるで死んでいる、俺が叩き起こしてやるのだという信条。市長候補、列車計画、
観光計画。
噂は本当だろうかと気にしながら、ひと夏中、夫妻と行動をともにする主人公。
自分からメアリを訪ねて気さくな所を見せるロウジー。出た所でジョージに会い、
野原で抱かれるロウジー。
きっと弱みを握られているんだ。証書の裏書きか何かして、それをネタに関係
を強いられていると想像する少年。侠気と巧知をないまぜて、恐喝者の陥穽から
彼女を救う様を空想。
夏休みの終わり、五シリングの小遣い。
クリスマス休暇、往来で夫妻に会える見込みはない。ドリッフィールド邸を訪
ねる少年。煙草と音楽で賑やかな部屋、先客はジョージの旦那と、副牧師ギャロ
ウェイ。
気さくなジョージを好きになる主人公、トランプ三昧。
春休み、新しい背広を誂えて帰郷する主人公。ドリッフィールド、つけを踏み
倒して夜逃げ。
無名時代と晩年との比較、とにかくキャリアが長いというだけで評価されてい
るドリッフィールド。ロイと主人公の会話。今の奥さんが世話しているので、何
とか見れるようになっているドリッフィールド。肉料理を食べた後、パンで皿を
きれいに拭いて、そいつを口に放り込む癖。
ロンドン時代、主人公は二十才。オムレツ作りの名人、ハドソン夫人の下宿。
道でロウジーと再会する主人公、ドリッフィールドの家に入り浸りになる。若い
画家、作家、音楽家のサロン。
トラフォード夫人の存在。若い頃、破鏡の嘆きを見ながら、内務省官吏と結婚。
有望株を見つけ出す名人。その手口、サロンで名士に引き合わせる、当代の名優
に紹介して脚本を書かせる、書店と交渉して有利な契約を結ぶ。夫人を古狸と呼
ぶロウジー。
ロウジーが目当てのサロンの住人。画家ヒリア、ロウジーを描く。レトフォー
ド、写真家を紹介する。
金持ちフォード、ロウジーを馬車で連れ回し、サヴォイで食事。俳優レトフォ
ード、やはりロウジーを連れ、貧乏なりに気前良く振る舞う。ヒリアのアトリエ
で夜更かしするロウジー。劇場へ行き、食事をともにするだけの主人公。
劇場の帰り、公園で並んで座る二人。ロウジーを下宿へ招く主人公。鏡の前で、
髪を巻き直すロウジー。後ろに立つ主人公、振り向くロウジー。「ろうそくを消
して」
外出すれば、必ず部屋に寄る関係。男の妬み。フォードを牽制する為、レトフォ
ードと仲良くなる主人公。
オランダ商人コイパーの出現。五十がらみの禿頭、ばらを贈り、観劇と御馳走
の毎日。不愉快な常連、フォードとも仲良くなる主人公。
三週間、ロウジーを見ず。コイパー、帰国。黒てんの毛皮を着るロウジー、260
ポンド、月14ポンドで暮らす主人公。ユダヤ人は気前が良いと語るロウジー。
やっぱり、皆と関係があったんだ、でもコイパーだけは許せないと妬む主人公。
ふたり、下宿へ。「わたしはこういう女なのよ、わかったわね」 「わかった」
ドリッフィールド、「生命の杯」好評。
トラフォード夫人の招待。ロウジーとジョージの駆け落ち、ドリッフィールド
を気遣って、その田舎町へ行って事の顛末を調べて貰いたいという依頼。引き受
ける主人公。
ジョージの破産、家は抵当、家具は売約済み。家族を捨てて高飛び、つき従う
ロウジー。
ドリッフィールドを自邸に引き取るトラフォード夫人、十年に渡る売り込み。
肺炎を煩ったドリッフィールド、転地療法と看護婦。のち、看護婦と結婚。めで
たい事と言いながら、若干の毒を含むトラフォード夫人。
田舎町、なじみの宿に泊まる主人公。つい最近亡くなったドリッフィールド。
主人公、ロイ、トラフォード夫人を案内する未亡人。故人を忍んで訪ねるアメ
リカ青年ふたり。皆にアルバムを見せる未亡人、ロウジーの写真もあって話題に。
田舎娘、混血のようだという夫人達、むきになって反論する主人公。彼女は青春
の女神、人の悪口を言わない立派な心の持ち主。「林間の泉で水浴するのは楽し
いが、その前に、放浪者や、ジプシーや、森の番人が水浴したとしても、その清
らかさに変わりはない」
ジョージとロウジーはアメリカへ渡り、すでに亡くなったとの噂。
ニューヨークで自作の芝居を演出する主人公、ロウジーからの招待状。訪ねて
見ると、ボーイ付きの高級なアパート。七十才のロウジー、夫は建設業で成功。
電話に出るロウジー、主人公の考え事。作家とは、まず世間の冷淡と貧乏に耐え
ねばならない。ついで、気紛れな人気に左右されねばならない。
ずっとジョージが好きだった、亡夫の肖像を見上げるロウジー。
雨
中野好夫 訳
マクフェイル医師夫妻とデヴィドソン宣教師夫妻、船上で世間話。
サモアのパゴパゴ、豪雨で足止め。
二十七才、白いドレスのサディ・トンプソン。挑発的な態度、音楽好き。
まわりの土人も、みんな教化した。かつて嘲っていた実業家も、今ではひれ伏
す。得意げに語るデヴィドソン。
男を四人も呼んでパーティをやるトンプソン、ホノルルの売春街から流れて来
た。あの魂を救うとデヴィドソン。
総督からの退去命令、裏にデヴィドソン。シドニーに行けば仕事がある、もち
ろん堅気の仕事。サンフランシスコには行きたくないとトンプソン。
総督を懐柔する医師、デヴィドソンはワシントンに手を回している。
デヴィドソンを訪ねるトンプソン、サンフランシスコに帰ると感化院に入れら
れる。「帰さないで下さい、あそこだけは。きっと真人間になります」 宣教師
の足元に身を投げ、哀訴し、泣き続けるトンプソン。
折れるトンプソン、髪に櫛を入れず、部屋着のまま、祈り続ける毎日。
デヴィドソンの自殺。再び白いドレスを着るサディ・トンプソン、黒い眉、真っ
赤な唇。「男がなんだ、みんな豚」
赤毛
中野好夫 訳
ラグーンへの入り口が見つからず、沖で停泊する船。
クリークの橋。太った船長、それを迎える読書家のニールソン。
ニールソンの昔話。肺炎を患って放浪、世界の美しさの限りを楽しんでやれと、
ここに停まる。
二人の恋人が美しい恋をした、だから、この地は美しい。
レッドという若者、火のような赤い髪、見る者みな息を呑む美しさ。海軍の水
兵だったが、エイピアで脱走、小舟でここへ。
背の高い土人の娘、サリー。レッド二十才、娘十六。むしろが二枚、茶碗が二
つ、それだけ。籠を編むサリー、魚やえびを取るレッド。昼はクリークで水浴、
夜は小舟でラグーン。海は濃紺、日没にはぶどう酒色。だが礁湖の中は、アクア
マリン、アメジスト、エメラルド、それこそ無限の変化を示す。まるで魔法の庭。
女は十六、男も二十。
港に着く捕鯨船、煙草めあてでバナナを運ぶレッド。酒を飲むレッド、酒をつ
ぐ船員。さらに酒を飲むレッド、酔い潰れる。脱走か病気で人手不足、酔わせて
誘拐する計画。
サリーの悲しみ。
三年後、ニールソンと再婚。カナカ土人は美しい種族だが、中でもサリーは飛
び切り。まだレッドを思うサリー、サリーに惚れるニールソン。
やがて幾十年、ついにサリーを振り向かせる事なく、惰性と寛容の日々。
太った船長の眼に光、ここ三十年はこの名で呼ばれている。
犯し難い雰囲気のサリーの登場、用を言って去る。
船長の出発。
サマーセット・モーム略歴
1874.1/25、イギリス大使官付き弁護士の子として誕生。
八才で母死亡、十才で父死亡。牧師の叔父のもとで暮らす。
18才、学校嫌いで、医学校に進む。
23才、医学を捨て、文学へ。長短編、戯曲など発表。
30才、パリ暮らし。ロウジーのモデル「ナン」と交際。
41才、「人間の絆」
42才、タヒチ旅行、米ウェルカム夫人と結婚。
45才、「月と六ペンス」
56才、「お菓子と麦酒」
73才、「世界の十大小説」 フロベール、フィールディング、バルザック、Ｅ・
ブロンテ、ドストエフスキー、スタンダール、オースティン、メルヴィル、ディ
ケンズ等を評価。
85才、来日、日光、京都、奈良を見物。
寸評
生きてたら今年で130才。（2004年現在）