ジッド

背徳者

　　ジード、渡辺一民、中央公論社、1963。

第一部

　二代続きの節約家、二十五で財産を相続する主人公。しかし、結核を病んでいる。婚約者マルスリーヌはよく看病してくれる。
　マルセイユからテュニスへの船路。微笑みを返す、美しいマルスリーヌ。
　テュニスからは馬車路、恐ろしい咳の連続。大量の啖、早朝、真っ赤に染まるハンカチ。
　アルジェの街ビスクラ、半死半生でたどり着く主人公、マルスリーヌの看病。
　やがて回復。階上へと続く露台、しゅろの木立ちが続く街。呼吸もうまくできない、本を読んでも疲れる。
　マルスリーヌの連れたアラブ少年バシル、黙々と細工をする。良い話し相手、邪魔にならず、回復の手助けになる。菓子を与え、小遣いを与える。
　学校帰りの少年達と交流を深めるマルスリーヌ。再びバシルの登場、病人の心を捕えて離さないのはその健康。
　バシルを喜ばせる為にビー玉遊びに付き合うが、疲れて倒れる主人公。再び吐血、どす黒い血。回復が近付いていると思っていただけに、打ちのめされる。
　生きる事への努力。食事、呼吸、運動、すべてに気を使う。
　もりもり食べると誓ったのに、出されたのはまずい食事。マルスリーヌに当たり散らし、とにかく栄養の付く缶詰類を買いにやらせる。神に借りを作らない為、健康を祈願しない事。
　考えながらでないと、呼吸ができない。気温の変化に敏感な体、隙間風で全身に震えが走る。
　養生、大気、栄養のお陰で快方に向かう。思いきって、庭に出る主人公。
　高いミモザが続く、公園のような散歩道。掘り割りが続く。通りがかる子供達は、みなマルスリーヌの顔なじみ。年長のアシュール少年に、付近の地理を教わる主人公。
　ひとりで散歩もするようになった主人公。マルスリーヌの案内で、遠出して、オアシスの果樹園まで行く。
　彼女は、どこの国へ行ってもお目にかかった事のないような、風変わりな道に僕を案内した。その道は、二つのかなり高い土塀の間を、いかにものんびりと延びていた。高い塀に仕切られた庭園の形に従って、気ままにうねって行くのだった。曲がったかと思うと、とつぜん折れる。第一、そこに足を踏み入れるとすぐに、曲がり角で道に迷ってしまう。自分が来たのがどこか、これからどこへ行くのか、もう判らなくなる。塀の足元には水路があって、水を配っている。土塀の上には、しゅろの梢が見える。
　無言の歓喜、恍惚境、光と影、真昼の沈黙、マルスリーヌへの感謝。
　散歩する毎日、遠出するマルスリーヌ。残された主人公は子供らの相手。用水路や水門の説明を聞いたり、地元の遊びやお菓子を試したりする。
　天候の崩れ、家にこもり勝ちになる主人公。年長の美少年モクティル、主人公の見ている前で挟みを盗む。それを見逃す主人公。
　数日の雨の後の果樹園。いっぱいに水を含んで重そうな樹、アフリカの大地が、冬から目覚め、水に酔い、輝いている。子供に飽きて、マルスリーヌに情熱を注ぐ主人公。
　日に日に暑くなるビスクラを去る。テュニス、マルタ、シラクサ。
　古代ギリシアの遺跡よりも、オレンジやレモンの香る谷間。学問への嫌悪、血の躍動さえ感じる充実した回復期。
　海岸を望む高台のラヴェルロのホテル。それはちょうど岩の突端に建っているので、露台と庭が青空に突き出ているような感じがした。海しか見えない、端に近付いてやっと斜面を望む事ができる。レモン畑の小径を散策する毎日、疲れるとレモンを食べる。その甘い果汁。
　日に焼けた農夫に憧れて、裸になる。恥ずかしい裸体。人のない岩山で裸になり、体を焼く主人公。
　さらに思いきった事。岩山のくぼみの清水、眺めるだけだったそこへ、三度目に飛び込み、草の上で眠る。
　さらにソレントへ、別行動して昼食で落ち合う予定のマルスリーヌ。乱暴な御者によって疾駆する馬車、マルスリーヌの危機。飛び乗って御者を叩きのめす主人公。愛情を深める二人。
　紀元五百年頃の、情熱的、野性的なゴート族の歴史に興味を覚える主人公。テオドリクス、アタラリクス等。コレージュ・ド・フランス＝公開大学からの招聘。

　第二部

　代々の農園、ラ・モリエール。影と水の豊かな地方、どこまでの起伏の続く土地。畑、牧場、森林が一家の所有。三人の召使、正直な管理人ボカージュ。妊娠を告げるマルスリーヌ。
　一刻々々が官能的な毎日。牧場の牛、斜面のりんご、自然と人間との調和。
　管理人の息子シャルルの帰還、模範牧場で修業して、今年で十七。健康、敏捷で快活。
　貯水地の修理。セメント充填の前に、水を掻き出す。すでに十五年ものの溜め池、大型の鯉やはやを追う。大人、子供を交えての作業。大きな水音とともに、不意に水の表面が波立ち、大きな魚の背が見える。ぬかるみで雑魚を追う子供達、大人は四人。どっと歓声が上がって、うなぎの登場。たまらず水に入るシャルルと主人公。時に、ぬかるみにはまる事もある。話すよりも、シャルルと打ち解ける。
　シャルルと領地を回る主人公、小作人は六人。あざみ、よもぎ、えにしだの茂る土地。手入れが悪いと、土地はどんどん値打ちがなくなるとシャルル。
　地主の牛馬を預かる小作人。しかしそれも、小作人の牛馬を、地主の燕麦や乾草で養う為のからくり。小作人の牛が病気で倒れれば、それは地主の牛だった事にする。主人公の眼を開くシャルル。
　二歳駒を訓練するシャルル。広場の真ん中に一本の杭を打ち、数ｍのロープで馬をつなぐ。疲れてゆっくり走るようになった所へ、ひらりと飛び乗る。
　馬に乗って、朝から領地を回るシャルルと主人公。森のはずれ、茂みを抜けると、ぐっしょりと朝露に濡れる。不意に視界がひらけて、広々としたオージュの渓谷が見える。海まで見えるかと思うほど、青々とした地平。さしのぼる朝日が靄を彩りながら、それを押し分け、撒き散らしてゆく。
　起きたばかりのマルスリーヌ、彼女が好きだという、草の匂いを運んで行く。
　ふたりの小作人の契約解除、いっぺんに百hrの土地の管理責任。小作人のほかに、近隣から手伝いを呼ばねばならない。りんごの収穫、熟れ過ぎて地面に落ちるりんご、高い所のは竿で叩いて落とす。りんごを踏み潰さずに歩く事は不可能。
　秋の澄んだ空気、世界が広がったかのよう。さもなくば、地平線がすぐ近くで、届きそうに見える。農場でなければ、マルスリーヌの傍らで過ごす毎日。
　シャルルは再び模範農場へ、新しい小作人ふたり。主人公とマルスリーヌはパリで暮らす。アパートの家賃と修理は、年収を上回るほど。
　学者と付き合うよりも、本を読んだ方がまし。作家や詩人とは、人生を語れると思ったが、彼らはそれを表に出さない。主人公の講義、文化とは、生から出て生を殺すものだという結論。
　訴訟、醜聞の渦中にある親友メナルク、ホテル数室を借り切り。専用の召使、食事も別、壁や家具が醜悪だと言って、ネパール渡来の織物を掛ける。ビスクラに寄ったメナルク、主人公の足跡を追って、少年モクティルにたどり着く。小さな挟みを取り出す、少年は主人公の眼に気付いていた。
　社交、木曜日ごとのパーティ。誰それは妻のソファに寝そべり、誰それは大事な収集品を素手で触って皺を付け、誰それは紫檀の机の上に葉巻を置き、誰それは泥の付いた靴で絨毯の上を歩いた。すべてに鍵を掛けてしまいたい主人公。植民地省から新しい使命を受けたというメナルク。
　マルスリーヌの容体悪化、しぶしぶキニーネを服用。
　メナルクとの別れ、シラズの酒とペルシアの菓子。帰宅すると、マルスリーヌは呼吸困難、陣痛、流産。
　マルスリーヌ、静脈血栓。付きっきりで看病する主人公。腕も動かせないマルスリーヌ、眼と小さな声であれこれ所望を述べる。リボンや宝石の入った化粧箱から何かを手に取りたい。これかな？　こっちかな？　ちがう？　これでもない。少し焦れったがっているマルスリーヌ。欲しがっているのは、小さな数珠。
　血栓から様々な余病、彼女は傷物になってしまった。
　穏やかな季節、再びモリニエールへ。マルスリーヌ快方、頬に血の気がさし、微笑みにも力が。来客よりも、農場を好む主人公。鎌を研いで親指を傷付けた農夫に、いたく同情する。
　雇われ農夫ピエール、気紛れな仕事ぶりに驚嘆の眼を見張る主人公。管理人ボカージュが無断で追い出してしまう。
　帰って来たシャルル、山高帽を被り、紳士然とした身なり、頬髭。がっかりする主人公。
　十二に区分けして、一年づつ手を入れる森。兎、蝮、芽を出した倒木に、腰を降ろす主人公。
　お喋べりビュット。材木商ウルトヴァンは、自分の娘と関係を持っている、この界隈で知らぬ者はない。ある晩などは、長男が女中を暴行、悲鳴を聞いて駆け付けた父親は、女中を押さえ付けて手助け。
　密猟の事をうっかり口に出すビュット、にっこり笑って続きを促す主人公。
　管理人ボカージュの隠し子アルシード、森のあちこちに罠を仕掛けて兎を取る。罠の場所を変える主人公、四日待って、アルシードを捕まえる。和解して、一緒に罠を張る。野兎、山兎、きじ。
　密猟の罠を十も摘発するボカージュ、去年、罠ひとつ暴けば十スー支払うという約束。自分で罠を仕掛けては、それを暴かれる主人公。実は、自分の仕掛けた罠を持ち帰って、父親から小遣いを貰っていたアルシード。
　主人公がぐるになって密猟をやっていた事を、真剣に怒るシャルル。密猟者とぐるになるのは、管理人を馬鹿にする事、自分の持ち物を尊敬しなさい、いちいち理に適っている。領地を手放す決意。

第三部

　アルプス湖畔のヌーシャテル、看病と夜伽に生き甲斐を見いだす。結核の疑い、サン・モリッツへ。
　馬車の旅、生卵入りのスープ、黒パン、粗末な食事。夜中に咳込むマルスリーヌ、まだ血は吐かない。
　シーズン前のがら空きのホテル。歴史研究では野性的なものを好み、束縛や抑圧を嫌う主人公。マルスリーヌには献身的。
　春になってイタリア行き、コモ、ミラノ、ローマ。ナポリは雨で散々。
　トランク八つの旅。三月、再びローマへ。スペイン広場で、アーモンドの花を買い占める。マルスリーヌの留守に、部屋一面の花。あまりの匂いに、体調を崩すマルスリーヌ。満開の花は健康な強者の喜び、弱者には一輪で充分だった。
　ソレントは、風が良くない。遺跡の少ないナポリは、過去が幅を利かす事のない生きた街。夜歩きする主人公、目が覚めて心細く、泣くマルスリーヌ。
　パレルモ、マルスリーヌを褒める少年御者。お前も美しいと、抱き寄せて接吻する主人公。
　シラクサの貧民街を歩く主人公、労働者と一緒になって物を食べ、賭けに興ずる。小銭をばら撒いて、働くのはやめろと演説する。
　海を渡ってテュニス、アラブの土地。路上で眠り、虱を移される。
　再び、ビスクラ。主人公を見て、集まって来る子供達。たった三年で、何という変わりよう。どんな疲労が、悪徳が、怠惰が、どんな賤しい労働が、彼らを変えたのか。バシルは皿洗い、アシュールは砂利敷き、アマタールは片眼、サデックはパン屋、アジブは肉屋でぶくぶく太り、ブーバケルは十五でもう結婚、おまけに酒飲み。モクティルは？　牢屋から出たばかり。
　ビスクラからトゥグールへ、馬車の旅。美しいモクティルも一緒、王者のように満足げな様子。
　砂まじりの風がマルスリーヌを苦しめ、余りの光がその眼を痛める。安宿、貧しい食事、何ひとつ喉を通りそうな物はない。深夜まで看病。眼をやれば、鼻の穴を見てしまう。モクティルに手を引かれ、深夜に脱出。
　とあるカフエ、アラブ女の踊り。それはモクティルの情婦。三人で奥の部屋に入り、モクティルが兎と遊ぶ間、主人公は女に誘われるままに。
　汗びっしょりで帰る主人公。真っ暗闇の中、ベッドで半分身を起こすマルスリーヌ。片腕でどうにか体を支えている。シーツも、肌着も、手も、血の海。顔半分も血に染まり、大きく見開かれた眼の凄まじさ。数珠を手に持たせて、胸に当てる主人公。明け方、またも吐血。
　マルスリーヌ、フランス墓地に埋葬。
　エル・カンタラの安宿、食事を運ぶ少年。少年の姉はウーレッド・ナイル族で、婚前に踊り子となり、売春する風習がある。毎年冬にはコンスタンティーヌへ行き、ゆきずりの人に体を売っている。素晴らしい美人で、ここへ来たての二、三週間、夜になると家のそばを通りすぎるので、随分と悩まされた。ある朝、弟の少年が、二人が一緒に寝ているのを見つけて怒ってしまった。少年を宥める為に、姉を遠ざける主人公。

狭き門

　　　菅野昭正　訳

　父死亡。十二才のジェローム、母、家庭教師アシュバートン、伯父ビュコラン邸へ行く。屋敷には古いガラスと新しいガラス。古いガラスは緑色に曇り、泡があり、郵便配達がそこを通ると、いきなり背中に瘤ができる。
　いとこアリサ、ジュリエット、ロベール。派手好きな伯母ビュコラン夫人、肩や胸を露わにした姿、娘達の姉に間違われる若さ。
　母と伯母とは仲が悪い。伯母を避けて、呼び止められる少年。「どうしたの、ジェローム、あたしが怖いの」　着付けの手直し、触られた所を洗う少年。
　伯母の発作、家中大騒ぎ。お芝居と忠告する母。
　伯母よりも、母にそっくりなアリサ、知的な美しさ。無邪気なジュリエット。
　二年後、プランティエ伯母の家で過ごす母子。近所なので、アリサに会いに行く。ビュコラン伯母の足元に膝まづく、軍服姿の謎の青年。ジェロームを見て、涙するアリサ。
　母の行状に心を痛めるアリサ、信仰とないまぜになった純愛を誓うジェローム。
　再びの休暇、もう一人の伯母フェリシー、騒々しい性格。フェリシーを弁護する叔父、あの騒々しさも、若い頃は可愛いらしい活発さと映った。
　怖い夢を見たとアリサ、婚約を誓うジェローム。後日、やはり婚約は延ばしましょうと手紙。ジュリエットの干渉。
　徴兵帰りの親友アベル、僕はジュリエットに惚れてしまった。
　ジュリエットに対する年輩の求婚者、焦るアベル。ジュリエットをジェロームに譲ろうとするアリサ。
　アベルの怒り、ジュリエットはお前に惚れていたんだ。
　アリサとジェロームの文通。
　年輩のテシエールとジュリエットとの結婚、満足げなジュリエット。
　宗教にのめり込むアリサ、アテネ学院へ行くジェローム。
　三年後、再会。愛より勝るものを語るアリサ。
　アリサ死亡、その日記。煩悶と苦悩の連綿たる記述。
　十年後、ジュリエットと再会するジェローム。アリサの思い出に生きる覚悟。

アンドレ・ジッド略歴

　1869.11/22、パリに生まれる。父ポールはパリ大法学部教授、母はジュリエット、実家ロンドー家は名門、資産家。一子。
　1877、８才、アルザス学院停学、病弱で14才まで通学できず。
　1880、11才、父死亡、神経発作頻発。
　1882、13才、従姉マドレーヌ、その母の情事に心痛。
　1893、24才、アルジェ旅行、結核で倒れる。
　1895、26才、アルジェ旅行、マドレーヌと結婚。
　1896、27才、ラ・ロックの地所で村長に選出される。
　1901、32才、「背徳者」
　1908、39才、「狭き門」
　1913、44才、「法王庁の抜け穴」
　1914、45才、第一次世界大戦、パリで赤十字の仕事に協力。
　1917、48才、美青年マルク・アレグレとスイス滞在、同性愛。妻マドレーヌ、夫の手紙を焼却。
　1923、54才、女性エリザベートと同棲、娘カトリーヌ誕生。
　1925、56才、「贋金つかい」　マルク・アレグレとコンゴ旅行。地所、売却。
　1928、59才、「女の学校」
　1932、63才、ソビエト共産党への共感。
　1933、64才、パリ、反ファシズム大会で講演。以降、政治活動は活発。
　1938、69才、妻マドレーヌ死去。
　1940、71才、パリ占領、非占領の南仏を転々。
　1947、78才、オックスフォード大名誉博士、ノーベル文学賞。
　1951、82才、肺充血にて永眠。

参考
　贋金つくり書評　なんか人間関係がごちゃごちゃした作品らしいです。
　ジッド略歴　詳しい生涯です。
　ラ・ブレヴィーヌ村　田園交響楽の舞台となったスイスの村のルポ。
　法王庁の抜け穴書評　学者の入信、秘密結社によるローマ法王の誘拐。
　アンドレ・ジッド　簡単なジッド紹介。
　桜山読書会　田園交響楽の感想あり。
　
　

寸評
　「狭き門」　馬鹿々々しくって読んでられない。うじうじした、どっちつかずの登場人物、腹が立つほどのくだらない内容。これがフランス文学、これがノーベル賞作家と、驚きます。

　女の学校、ロベール、はもっとうじうじした感じ。

　「背徳者」だけがよく出来ていて、これは名作。でも、かなり元手の掛かった作品。こんなのが名作って言われているようじゃ、お金持ちしか小説は書けませんね。

　狭き門と背徳者のモデルはマドレーヌ夫人。ジッドは同性愛故に妻を裏切りながら、後にほかの女と子を設けているのです。写真で見ると、いつも満足しきった笑顔。こんな奴、殺されてしまえと思います。饒舌は不実さの証拠と言いますが、狭き門はその見本みたいな作品です。

　オックスフォード大、ノーベル文学賞がどれだけ名誉なものであるかは、「赤い楯」を読めば判ります。

　ジッド、モーリアック、おかまには見境いなしにくれてやっているのに、とはノーベル文学賞に対するセリーヌの弁です。

book