ゾラ著　ジェルミナール-後

ジェルミナール　木の芽月（後編）

　　エミール・ゾラ、河内清、中央公論社、1964、

第五部

　坑夫の半分がストライキと知らせを受けるドヌーラン、歌手志望の姉リュシー、 22才、画家志望の妹ジャンヌ、19才。甘やかされて育ちながら、不況になると慎ましく、家政婦のように出入り商人と言い争い、着物を繕い直す姉妹。ブルジョワ三家は、本日も鉄工場見学の予定。
　仲間をストに誘うシャバル、淫売宿を恐れて働こうとするカトリーヌ、そこへドヌーランの登場。いつも明朗で、気前の良いドヌーランとシャバルの賃金交渉。相手の腹を探るドヌーラン、この男は見栄で、何者かへの対抗心で動いていると見抜き、才能のある労働者が将来を危険に晒すな、監督にしようと説く。妥協はしないが、本日は入坑しようとシャバル。
　火山性の不毛地帯タルタレを馬車で見学する令嬢一行、その中の緑の丘は、地熱によって作られた自然の温室。
　ヴァンダーム坑で働くカトリーヌ、大変な熱さ。水平坑道の北寄りはタルタレに近く、気温45度にもなる。ついにシュミーズ一枚になるカトリーヌ、熱さに加えて恐怖の伝説。淫欲の罪でタルタレの地下で燃え続ける昔の運搬婦たち。「もしも壁の中からストーブのように真っ赤に焼けた娘が、火のような眼をして突然現われ出るのを見たら、あたしはどうしたら良いだろう」
　地熱に加えて、隣合った廃棄坑道では、ずっとガスが燃え続けている。よって気温は60度近い。中継所で、脚が自慢なんだとからかわれるカトリーヌ。
　またしても水平坑道、空気が悪く、耳が鳴り、喉が焼ける。無我夢中でシュミーズも取り、丸裸の牝動物。裸になっても楽にならない。耳鳴りで耳はつんぼ、こめかみは万力で締め付けられるよう。ランプも消え、窒息寸前のカトリーヌ。
　様子を見に来たシャバル、悪い空気に当たったに違いない。苛立ちは納まり、献身的な気持ちで介護するシャバル。両手に抱えて、涼しい所を求めて歩き、湧き水を飲ませる。「時々こんなに優しくして」
　モンスーの奴らがケーブルを切ったとの叫び、ケージでは出られない。梯子縦坑へ急ぐ坑夫達。
　カトリーヌを先立てて登るシャバル、余りに遅いので逆転する。坑底から地上までは７ｍ梯子が百二もあり、四角い穴を抜け、狭い踊り場に立たねばならない。始めは元気なカトリーヌ、数を数えて登る。
　つかえて隊列が止まる。不安に駆られる人々、梯子が壊されている、下に引き返せとの知らせ。誰かが滑り落ちただけとも。混乱の後、再び上昇。手足のこわばるカトリーヌ、苦痛がひどく、筋肉が焼ける。果てしない上昇、めまいと吐き気。大粒の雨。
　ようやく五十九、まだ四十三。巨大などよめき、少年人夫が踊り場の角で頭を割ったとの事。地下水脈を越える。見上げるランプが幻惑を誘い、死んでゆきそうな気持ちにさせる。あと五つで足を滑らせるカトリーヌ、気絶。誰が助けたか知らないが、地上に着いて回復。
　早朝から、竜騎兵や憲兵が巡回との噂。七時半、単なる警戒の為の騎馬行進が過ぎる。九時、モンスーの労働者集合、予定通りヴァンダームへの行進。
　防寒に酒を煽るエチエンヌ、三百を率いてヴァンダーム坑へ。ひとりで立ち塞がるドヌーラン、相手は増えて五百。押したのは女達、欄干がねじ曲がり、先頭を階段に押し付ける群衆。階段、支度部屋、選炭場から人が溢れ、炭坑を占拠。ボイラーをやっつけようとブリュレ婆、やすりを振り回し、ケーブルを切ろうとルヴァク。坑内に人がいると止めるが、裏切り者には良い気味。予めケージを引き揚げるエチエンヌ、それが終わらぬ内にやすりの音。
　五つのボイラーに対して十の焚き口。二人の火夫を追い払い、シャベルで石炭を掬い出すブリュレ婆。ルヴァク夫人は両手使い、広間に焼けた石炭の山。排気栓をひねるジャンラン、鉄砲をぶっ放すような蒸気の放出、雷鳴をとどろかせながら空になる五つのボイラー。とりあえず水をかけて、焼けた石炭を冷ます群衆。沸き上がる蒸気でかえって意気が上がる。
　坑内労働者の出坑、裏切り者をやっつけろの大合唱。見つけ出されたシャバル、仲間に入れてやろうと無理に同行させられる。自分が離れたら皆に殺されると案じて、情夫につき従うカトリーヌ。
　角笛を吹くジャンラン、スカートをからげて走る女房達、一千に膨れ上がった群衆は次の炭坑をめざす。
　静かになったヴァンダーム坑、被害を見て回るドヌーラン。切断されたケーブル、「やすりがどぎつい傷痕を残し、その生々しい傷口がグリースの黒い色の中できらめていた」　巻揚げ機、動かなくなったクランク軸。さらにボイラー、火が消え、口をあんぐり開けて水浸しになった焚き口。すっかり破滅。
　甜菜畑を横切って進む坑夫らの群。女達が先頭、憲兵も女に打ってかかる事はできない。続いて、鉄の棒を林立させる男衆。「パンをよこせ！　パンをよこせ！　パンをよこせ！」
　正午、排水ポンプを止めて、水で炭坑を潰せとの提案。労働者としての心が、それに抵抗を覚えるエチエンヌ。４km先のミルー坑へ導く。
　ひとりでミルー坑を守るカンディウ爺、頭が偏狭で頑固さで固まっている。「お前らの眼の前で縦坑に飛び込んでしまうぞ」　向きを変える群衆。マドレーヌ坑を通り、人数は千五百に膨れ上がる。
　二時、クレーヴクール坑、出坑した労働者と出喰わす。運搬婦は女達から鞭打たれ、子供は平手打ち、男は殴られて鼻血を出す。
　七百人が働くサントーマ坑へ行こうと提案、そこには憲兵がいるという噂。ではフートリー坑へ行こう、そこは竜騎兵がいるという想像。ではヴィクトワール坑へ行け、５kmの行進。
　三時、二千の集団、ヴィクトワール坑着。散り散りになって逃げる土工たち。レールをはがすルヴァク、鋳物を壊すマユ、女房連はランプ置き場を破壊。小さな売店はあっという間に略奪。
　グレゴワール邸前を通りがかる群衆、パチンコをお見舞いするジャンラン。
　再びガストン・マリ坑へ、二千五百人。憲兵は農民に惑わされてよそへ。火を止め、ボイラーを空にするまで十五分。シャバルに鉄槌を持たせて排水ポンプを壊させるエチエンヌ。皆の殺到、ねじは飛び、鋳物は砕け、湯がほとばしって空になる。臨終の最のしゃっくりに似た最期のごぼごぼという音が聞こえた。
　シャバルを四つん這いにさせて水を飲ませる女達。酔いが回って、ナイフでの決闘を挑むエチエンヌ。カトリーヌの平手打ち、「卑怯者、こんなにして置いて、まだ足りないのか」　退散を許すエチエンヌ。
　竜騎兵はクレーヴクールへ行ったと伝える行商人、モンスーへ向かう群衆。
　午前九時、娘達を乗せた馬車を見送ったエンヌボー氏。監督頭ダンセールの情事を心良く思わない氏。使用人が炭坑でかわいい娘をつまんで楽しめば、支配人はすぐ首にするのが常。　十一時、知事への電報をためらう氏、甥ネグレルに作成させた知事宛文書を取りにその部屋へ。香水の匂い、乱脈ぶり、あけひろげた寝床の中には、金色の小瓶。それはエンヌボー夫人が肌身離さぬ、気付けのエーテルの入った小瓶。妻がここで寝たのだ。召使の前で、小瓶を掌に隠すエンヌボー氏。
　ベッドを睨み続け、苦悩の長い年月を思うエンヌボー氏。妻との不和、愛人、そして甥。少し振り向いてくれたら、自分は膝まづいたであろう程のものを、青二才にくれてやっていたのだ。
　階下には五人の使者、各方面の報告。知事や軍隊に電報、午後からは手紙や電報を読むのみ。夕方五時、エンヌボー邸を取り囲む群衆。
　エンヌボー夫人と令嬢達の馬車、鉄工場、ガラス工場の見学。小さい農家で搾りたての牛乳を一杯所望するというセシールの気まぐれ。近くを通る群衆、農家に隠れて見守る一行。髪をふり乱した女房、赤ん坊を抱えた女房らが千、ついで二千の男、土色一色の服装で見分けがつかない程。臆せず帰るエンヌボー夫人。　エンヌボー邸を取り囲む群衆、パンをよこせの大合唱。馬鹿野郎め、俺が幸福と思うかとこぼす氏。泣き崩れる。
　エチエンヌを呼び止めるラスヌール、近くの酒場では、ザカリ、ピエロン夫妻が、行進に加わらず待機。列に戻るエチエンヌ、群衆はエンヌボー邸に対して投石を開始。止めても聞かぬつぶての嵐。
　向かいのグレゴワール夫妻、所用でエンヌボー邸を訪ねる。その時だけ投石が止まる。「根は悪くない連中、うんと怒鳴ったら御飯を食べに帰る」　御婦人方はまだ帰っていない、夫妻の不安。パイ生地がまだ届かないと料理女、群衆に襲われたのか。
　百ｍ離れた所に馬車の到着、そこから小道づたいに進んで、離れの庭の門を叩く案。夫人と令嬢達が門を叩く所へ、殺到する女房連中。いきなり現われた、着飾った貴婦人たちに驚くばかりの群衆。リュシー、ジャンヌ、夫人はうまく戸口の中へ。勘違いしたネグレルが閂を降ろし、扉の外に残されたセシール。
　絹、毛皮、羽根飾りの帽子、香水、時計が、群衆を激高させる。それらを剥ぎ取り、毒づく群衆。きれいな身なりでも中身は腐っている、けつを剥いてやる、この売女はわしらから盗んだ、人が凍え死んでる時に毛皮、長いこと不公平が続いているから衣服を取り替えよう、等々。セシール、「皆さん、お願いです、あたしをいじめないで下さい」
　その白い首筋を掴むボンヌモール爺、何を思ってか指を締める。放してやれとマユ夫人、ルヴァクから奪った斧をふるい、メグラの店へ導くエチエンヌ。爺から婆さん連中の手に渡されるセシール、そこへ馬上のドヌーラン登場。娘の胴を抱えて馬を使い、人込みの中に割って入る。みごと救出、肩に石をぶつけられるドヌーラン。「機械の次は、俺の骨を折ってみろ」
　実はショール一枚なくしただけのセシール、かすり傷ひとつ負わず。ヴァンダームがモンスー傘下になる事で顔を明るくするエンヌボー氏。
　メグラ食糧店を襲う群衆。支配人邸に避難していたメグラ、店に戻ろうと、塀づたいに隣の納屋に登る。牡猫野郎があそこにいる、猫をやつけろの合唱。何とか店の屋根にたどり着くメグラ、だが傾斜が急。足を滑らせ、樋で撥ね、塀で撥ね、道に落ちて石で頭を割る。噴き出す脳漿、メグラ死亡。
　「じゃ、親切な神様はいらっしゃるんだ。とうとうくたばっちまいやがった」これでも喰らえと口に泥を詰め込むマユ夫人。あれを引っこ抜いてやろうとブリュレ婆、ルヴァク夫人が足を上げ、ムーケットがズボンを降ろし、婆が力を込めて肉をもぎ取る。お前がわしらの娘を孕ませる事はもうない、体で支払う事は終わり、パン欲しさに尻を突き出すのは沢山、まだ借りがあったが良ければ返そうか、と嘲罵。
　肉の塊を棒の先に突っ立てて行進するブリュレ婆。殴られ、裏切られ続けたメグラ夫人、薄ぼけた窓ガラスの向こうで笑うかのよう。蒼ざめる男達、あれは兎の肉かと屋敷の令嬢。そろそろ憲兵が来るとの予感、馬の脚音。まるで風が吹いたかのように、きれいさっぱりと空っぽの街道。メグラの遺体のみ。やがて憲兵に護衛されて、粉屋の小僧がパイの生地を届けに参上。

寸評
　炭坑という舞台を、ここまで使い切った作品がほかにあるでしょうか。ランボー、ダイハードといったアクション巨編の元祖は、ここにあるんじゃないでしょうか。

第六部

　軍隊がモンスーに駐留、二時間ごとに交替する歩哨。誇りを傷付けられた労働者、ストライキ強化。綿密な調査、エチエンヌのみ指名手配。ジョワール師の後任、ランヴィエ師、ブルジョワ階級を激しく攻撃。
　ジャンランの隠れ家に住むエチエンヌ、補給を引き受けるジャンラン。貴重な蝋燭は食事の時だけ、暗闇が苦痛。闇が頭にのしかかり気が狂いそう。二週間後、亡命の噂で警戒が緩み、夜だけ外出するエチエンヌ。
　破産、地方の破壊、恐慌の悪化。精糖所、製粉工場、ケーブル製鋼所、ガラス工場、続々と閉鎖される工場、火が付いている熔鉱炉は三つのうち一つ。予想もしない石炭の不足。リール、ドゥエ、ヴァランシエンヌまで波及、銀行家は夜逃げ。
　ミルー坑では百ｍにおよぶ地盤沈下、畑の持ち主への賠償。出水、落盤による炭坑の荒廃。パリではモンスーの行進が新聞種に。しかし、数百万の損失に耐える資本家、モンスーはヴァンダームを吸収して焼け太り。
　ボタ山の上で歩哨に声をかけるエチエンヌ、どうだい兄弟、こりゃ雪だぜ。ブルターニュ地方の出で、故郷には母と姉がいると兵士。
　雪続きのモンスー、見渡す限りの白い大地。ボタ山で石炭を拾うと、素手で雪を掘るアルジール。マユ家とルヴァク家の小競り合い、最初に言ったのはピエロン夫人。じゃあ、そこへ行こう。スカートを上げた夫人とダンセール監督との密会、大騒ぎした値打ちはあらあ。急いで逃げるダンセール、取り繕うピエロン夫人、一番きれいで金持ちという自信。帰宅したピエロン、女房を弁護。飢えで気が立っている男集、あわや殴り合い。
　アルジールの容体悪化、来ない医者。行きつく所まで行った貧乏、爺さんのハンカチ、思い出のボール箱まで売り払う。やっと来たのは医者ではなく、ランヴィエ師、日曜礼拝を勧めるが、施しは持たず。
　エチエンヌの訪問、弱気なマユ、降参するくらいなら家を焼くと夫人。物乞いから帰った幼児二人、収穫はなし。医者の訪問、暗い中、マッチを擦って診察を助けるマユ。小鳥のように痩せ、背中の瘤しか見えないアルジール、最後の微笑み。医者の手の中で息を引き取る。「さっきも一人死んだ、必要なのは私ではなく肉だ」　指を焦がしてマッチを落とすマユ。「神様、どうしてあたし達を連れて行ってくれないんです」と夫人。
　ラスヌールの酒場、スヴァーリンとエチエンヌ。「ヴォルー坑では明日から仕事が始まる、ネグレルがベルギー人を連れて来た」とエチエンヌ。様々な意見。いつも膝に載せていた兎が喰われたと聞いて涙するスヴァーリン。
　シャバルとカトリーヌの来店。「俺をスパイと言った奴、片をつけてやろうか。のらくらと、そうでない者がいる。もぐらが出て来るのは夜だけか」と挑発。戦う二人、仲裁しようとするラスヌール、させて置くスヴァーリン。負けたシャバル、ナイフも取り上げられて、カトリーヌに悪罵して退場。
　残されたカトリーヌとエチエンヌの散歩。気まずく口を利かない。シャバルは殴るが、十のうち八人の娘は、それほど幸運でもない。家に着くカトリーヌ、シャバルは不在。
　ボタ山を散歩するエチエンヌ、歩哨に近付くジャンラン、ナイフで首を掻く。二人で死体の片付け、廃坑の奥、狭い切り羽の跡。「自分たち自身も閉じ込められる危険を犯して、踵で蹴って坑木を折る」　たちまち岩が割れ、這い出す二人。振り向くと、天井は下がり、死骸を押し潰す。
　シャバルに追い出されたカトリーヌ、角石に腰を降ろし、呼び戻されるのを待つ。寒さの余り、親の家に向かうが入れず、さまよい続ける。
　ヴォルー坑を守る六十人の兵士、煉瓦塀を背に二列横隊。ベルギー人を入坑させじと集まった坑夫の群れ三十人。割って入るムーク爺、新米馬トロンペットが死んだ。その運び出し作業。
　28才の隊長を説得するエチエンヌ、それは聞かれず。事務所にはネグレル、ダンセール、その背後に機械工スヴァーリン。坑夫の群れ四百人に膨れる。兵隊は引き揚げろとの叫び。剣を前にの号令、剣先を労働者の群れに突き付ける。
　さあ殺せ、と合唱。三本の剣を束にして掴むルヴァク。シャツを開き、胸をはだけて、青黒い傷痕だらけの肌を見せ、体を剣先に押し付けるマユ。「試しにやってみろ、てめえら勇気があるんなら」　背後には一万からの仲間がいるという勇気。
　兵士達の立場は微妙、青くなったり、赤くなったりする兵士。監督リションムの仲裁、窓にネグレルの顔が映って水泡に。坑夫の数五百人。援軍は到着せず、隊長、弾込め命令。
　先頭のムーケット、尻を見せる。カトリーヌは、離れた材木山の上に。一寸した揉み合い、三人の捕虜を事務所に。
　釈放しろ、との叫び。煉瓦山へ走る子供達、女達はスカートを広げて運ぶ。膝で二つに割り、煉瓦を投げる女房連、子供達。あられのように降る煉瓦。迷子犬のように惨めなカトリーヌ、高みから煉瓦を投げる。
　先頭に居て、危うく頭を割られそうだったエチエンヌ、振り向いてカトリーヌの姿に驚く。男は審判役、これは当たり、これは外れ。涙するリションム、やがて男も投石に加わる。マユをけしかける夫人、殺せ殺せと喚く。
　引くに引けない兵隊、身を守る本能に駆られて、命令は聞けない様子。肩を外す軍曹、指をつぶす新兵、腹を打たれて倒れる古参兵。三度、射撃命令を下しそうになった隊長。頭の中での対立、煉瓦は倍増。射て、と言いかけた時、ひとりでに発砲。三発、五発、やがて一斉射撃。
　ベベール、リディ、重なり合って倒れる。ブリュレ婆、リションム監督、倒れる。ムーケ、仲間に血を浴びせて倒れる。ムーケット、善良さからカトリーヌを庇って被弾。胸の真ん中を撃たれたマユ、真っ黒な水溜まりに顔を突っ込んで倒れる。駆け寄る夫人、口の回りは血の泡。事務所の窓にはネグレルとダンセール、その背後には思い詰めた表情のスヴァーリン。ライヴィエ師の叫び。

寸評

第七部

　モンスーの銃声、パリに反響。負傷者25名、死者14名、うち二人子供、三人は女。捕えられたルヴァクは英雄扱い。平静を装う政府。
　モンスーに派遣された三人の取締役、和解工作。ベルギー人は解雇、軍隊は撤収、消えた歩哨は不問。
　喪に服するマユ一家、カトリーヌは戻り、エチエンヌも逮捕を恐れず下宿。
　五日目、夫人の眼に耐えられず、近くを散策するエチエンヌ。人気は過去のもの、顔を上げればおびやかすような男たち、女たちはカーテンを開く。飢えと涙で開かれた大きな眼、陰にこもった非難。
　家に帰れば、ヴォルー坑に戻ろうと言うカトリーヌを、非難する夫人。貧乏のありったけに、鉄砲まで喰らう始末。
　また散策するエチエンヌ、拳が突き出され、母親は子供に後ろ指をさし、爺さん連は唾を吐く。フィロメーヌを伴ったザカリ、「おや、こいつ太りやがった、他人の命は体にいいんだな！」
　二人の子を失ったムーク爺とシャバル、エチエンヌに煉瓦を投げる。それに連られる群衆。エチエンヌを店に匿うラスヌール、ふたりの乾杯。
　グレゴワール邸、ネグレルとセシールの婚約。エンヌボー氏、レジヨン・ドヌール勲章の候補に、ランヴィエ師転任、ドヌーラン権利譲渡。
　日曜日の夜、エチエンヌとスヴァーリンの邂逅。アヌーシカ最後の日、俺は何度も叫びそうになったが、彼女が眼で制止した。彼女の死から、何人かの英雄が生まれる。俺は何の未練もない。明日の入坑を勧める張り紙。男一人なら勇敢になれる、飢えて死にそうな群衆は力がないのだ。縦坑の内側に地圧が掛かり、ケージが途中５ｍもこすれるという話。
　ヴォルー坑に向かうスヴァーリン、上着には錐、鋸、鉄槌、のみ。ランプなしで降下、地下374ｍ地点で縦坑に向かう。マッチを擦って状態を確認、腕の良い職人の巧みさで作業にかかる。波の打ち寄せる仕切り板、ほとんど湖と言って良い地下水脈。炭層のすぐ上、小麦粉のように細かく、水のように流れる黄色い砂。坑夫が奔流と呼ぶ地底の海、黒い波が渦巻き、嵐や難破さえ起こる。
　ピシューと呼ぶはなはだしい水漏れ、ねじ、詰め物を外すスヴァーリン。坑底まで180ｍ、何度も滑り、仰向けになる。のこを引き、板を外す。明日の夜まで持つか。午前三時、地上に出るスヴァーリン。
　カトリーヌとともにヴォルー坑に出勤するエチエンヌ、スヴァーリンと出会う。戻れと言っても聞かない。男の心に女がいる時、その男はもう駄目なんだ、こいつは死ぬかも知れない。別れを告げるスヴァーリン。
　四時に入坑。ダンセール、一番強い奴が這いつくばったかと認める。シャバル、ほかの野郎が、俺の体でまだあったかい所を取ったって構わない、残り物が好きなんだ。障害を越え、嵐のような水を被って降りるケージ。322人の入坑。
　こんな売女、惜しかねえと言いながら、カトリーヌを小突き、突き飛ばすシャバル。落盤の片付け、支柱作業。遠くで物音、近くに居ない人。揚げ場に行くと、すでに膝までの水。坑枠が破れたとエチエンヌ。出水を見上げる人々、長い騒音が続いて、一枚の板が落ちる。さらに次の板。
　辛うじて昇るケージ、地下にはまだ百人。落ちた板で二人死亡、一人水死。坑夫を見捨てて先に逃げるダンセールとピエロン。最後の崩壊、使えないケージ。残り二十人。
　すでに事務所を取り巻く女達、ボタ山の上にはスヴァーリン。桶で降りるネグレル、水門から出るような水、鋸や繰りこの跡。巨大な悪に対する恐怖。上昇、エンヌボーとの相談。宙吊りになり、死の危険に身を晒す勇気のある男がいた事への驚き。
　家族を案ずる、千人からの群衆。二時、三時、変化なし。三時半、選炭場の崩壊、陥没、轟音。十分後、巻揚櫓、機械室の崩壊。夕暮れ、さらに大地の痙攣、残った建物すべて転覆、巻揚機械の断末魔、一気に崩れる煙突、畑まで届く地割れ。ネグレルの叫び、エンヌボーの涙、堤防の決壊、運河の奔流、周囲は湖のよう。スヴァーリン、彼方へ。
　会社は陰謀団を想定、ダンセールは解雇。雇われ技師となったダンセールとネグレルによる復旧と救出作業。ストを忘れ、賃金も貰わず働く坑夫たち。閉じ込められた人々が生きていると想定しての作業、坑道の奥を叩いて返事を待つ毎日。
　ザカリが音を聞き、接近作業。石炭は水晶のように音を伝える、だが岩盤の厚さは50ｍ。二時間交替で、一日六ｍ。熱中する坑夫の窒息、作業は滞って九日で 32ｍ。内部に取っては十二日目、まだ音は続く。
　九日目、不注意にランプを開けたザカリ、稲妻のようなひらめき、ガス爆発。ザカリ死亡、残る二人も喉まで火傷。作業十二日目、音が止む。
　グレゴワール、エンヌボー両家のヴォルー見学。慈悲心から坑夫町を訪ねるセシール。夫を失い、息子を失い、落盤でびっこになった子供、飢えで死んだ少女のマユ家は評判。一家は留守でボンヌモール爺のみ、隣のルヴァク夫人が案内。先に出る両親、食糧と靴を置くセシール。セシールとボンヌモールの睨み合い、十分後、戻った両親の眼には、絞め殺されて床に倒れるセシールの紫色の顔。放心したままのボンヌモール、説明し難い殺人の誘惑。
　知らせを聞いて、ネグレルを抱くエンヌボー夫人。甥は家に残そう、御者よりはましだからとエンヌボー氏。
　坑底、ムークと分かれるシャバル一行。通風坑を登るエチエンヌとカトリーヌ、浸水は胸まで。物音で振り向くと、そこには折れた坑木で行き止まりになった馬のバタイユ。傷を恐れず進むが、増水して最後のいななき。
　さらに進む二人、そこでシャバルと再会。交替で石を叩く三人、二日分のパンでカトリーヌの気を引くシャバル。胃がひきつれるほどの空腹、かわいそうな娘、地の底でまで取り合いをするなんて。
　一日の最後、カトリーヌにパンをやり、愛撫を要求するシャバル。エチエンヌの衝動、片岩を揺さぶって剥がし、シャバルの頭に落とす。パンもランプもない。
　岩を叩く音を確認、木靴で返事をする二人。地下六日目、朽ち木、革ベルト、布を食べる二人。七日目、流れ来るシャバルの死体。九日目、迫り来る狂気、またシャバルが来るという恐怖、愛し合う二人。
　さらに二日、カトリーヌが静かに寝ているのに安心。震動と怒鳴り声、暗闇の中で辛うじて見える黄色っぽい一点にうっとりして見飽きないエチエンヌ。運ばれて、お粥。深い苦悩ゆえの、ネグレルとエチエンヌの和解。カトリーヌは死亡。
　モンスーの病院で六週間過ごしたエチエンヌ、パリのプリュシャールからの誘い。最後の日、入坑する労働者の群れに交じるエチエンヌ。女房がいるんだ、がきがいるんだと、かつての仲間達。あんたを恨んでいないとマユ夫人、まだ四人を喰わして行かないといけない。その眼には静かな信念、今度こそ大打撃を与えてやろう。選炭場で働くジャンラン。そこらを散策するエチエンヌ、この畑の下にはマユ夫人がいるのではないか。

寸評

解説と略歴

　1884.2/、アンザン炭坑ストライキをモデルに。
　エチエンヌは「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの三男、ナナの兄。
　アデライドという気狂い女が、始めルーゴンという真面目な農夫と結婚し、そ
の死後、マッカールという呑んだくれの商人を愛人とする。そこから始まる物語。

　1840.4/2、エミール・ゾラ、パリに生まれる。
　1852、12才、セザンヌと同級。
　1866、26才、マネ擁護。
　1867、27才、「テレーズ・ラカン」出版。
　1876、36才、「居酒屋」連載。翌年出版、非難轟々、35版。
　1880、40才、「ナナ」出版。
　1882、42才、「ごった煮」出版。
　1884、44才、「生きる喜び」出版。アンザン炭坑取材、「ジェルミナール」執筆、翌年出版。
　1886、46才、「大地」執筆、翌年出版。
　1890、50才、「獣人」出版。
　1893、53才、「パスカル博士」出版。
　1897、57才、前々年からのドレフュス事件に関与。陸軍大尉ドレフュス、ユダヤ系故にスパイ容疑を受けて地位剥奪。これを擁護、「曙」紙に寄稿。軍を批判して懲役一年、英国に亡命。
　1899、59才、ドレフュス再審、ゾラ帰国。
　1902.9/29、62才、パリでガス中毒で死亡。
　1906、ドレフュス無罪確定。

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