ゾラ著　ジェルミナール-前

ジェルミナール　木の芽月

　　エミール・ゾラ、河内清、中央公論社、1964、

第一部

　無職者エチエンヌ、喰いっぱぐれ、夜道を歩いて炭鉱町モンスーに着く。ひとり焚き火の番をするボンヌモール爺、黒い唾を吐いて相手をする。ここには仕事はない。
　坑夫町マユの家、朝四時から家の支度をする十五才の娘カトリーヌ。父マユの起床、兄ザカリ、弟ジャンランを起こす。せむしの妹アルジール、まだ幼児のレノール、アンリ。乳児エステルを抱くマユ夫人。夜勤のボンヌモール爺と合わせて一家は九人。
　近所の物音から、住人の様子を推理するカトリーヌ。坑夫ルヴァク、土工ブートルーに部屋を貸し、今では奥さんまで共有。十九の娘フィロメーヌ、ザカリとの間に二子あり、未だ縁組せず。向かいのピエロンの家、美人妻と通じている監督頭ダンセールはいないか。
　コーヒーの支度、暖炉に火を灯し、バター付きパンの弁当をこしらえるカトリーヌ。金がない、食べ物がないと慌てる夫人とマユ。
　ボタ山を登ったり、陸橋を歩いたりするエチエンヌ、揚げ場に迷い込む。人荷ケージ、深さ554ｍ、ケーブルが切れたらおしまい。
　カトリーヌを少年と間違えて声をかけるエチエンヌ、俺達は仕事があるだけましだとマユ。
　誰とでも寝る陽気な十八娘のムーケット、トロッコを押す役。マユ組のもう一人の娘が急死。あの男を呼んでこいとマユ。
　切り羽の奥で、マユ、ルヴァク、ザカリ、シャバルが鶴橋をふるう。それをスコップで掬い、トロッコで運ぶのがカトリーヌとエチエンヌの役目。
　全員ランプを持って地下へ。人荷ケージの降下、まわりのものが消える、振動、直径４ｍ、水滴から洪水。通り過ぎる洞窟の幻影、それは第一の揚げ場。カトリーヌを少年と思い、胸の膨らみを肘と勘違いするエチエンヌ。肘が入ってるのは、あんたの眼の中だよとカトリーヌ。
　煉瓦で丸天井を作った広間、四つの水平坑道、まだ２km先。進むにつれ狭くなる坑道、最後は通風縦坑を登る。先に到着していたシャバル、エチエンヌを心良く思わない。「じゃ、男のくせに、娘っ子のパンをかじるんだな」
　振り向くエチエンヌ、君は女の子だったんだな。「やっと判ったの」
　四人の作業、薄い炭層、横向きに寝そべった姿勢で鶴橋をふるう。一番辛い所を受け持つマユ、気温35度、ランプが顔を焼く。しつこく顔を叩く水滴、十五分でびしょ濡れ。腕、頭は真っ黒。
　坑木を運ぶエチエンヌ、支柱が必要。上下に切れ込みを入れて、柱を嵌めて岩を支える。今さら、崩れ落ちる事は心配していない父親。真っ黒に煤けた体は、汗で溶けて流れて小川となり、水溜まりとなった。
　カトリーヌに続くエチエンヌ、切り羽から斜坑まではトロッコがやっと通る大きさ。「坑木が曲がり、早くも折れていた。真ん中で折れて、弱すぎる松葉杖のように蒼白い長い裂け目を見せていた。その折れ目で体をすり剥かないように用心しなければならなかった。そこで人々は、太腿くらいの大きさの柏の丸太でも破裂させる、次第にのしかかる重圧のもとで、今にも背中がめりめりと砕けるかのようなひそかな不安に怯えながら、腹ばいになってそっと通った」
　700kgのトロッコを持ち上げて軌道に戻すカトリーヌ。先では少年人夫にトロッコを預ける。
　十時に昼食、カトリーヌの弁当を半分貰うエチエンヌ。身の上話、上役を殴って鉄道を辞めた、酒を飲むと別人になる。コーヒーまで頂く。この娘に唇付けすべきかどうか迷うエチエンヌ、シャバルが通りがかってカトリーヌに乱暴な接吻。六ケ月前から来て、からかうだけの仲。
　青く燃えるランプ、しげしげ見るエチエンヌ。切り羽の奥、炭層の裂け目、小鳥の鳴き声に似た小さな音のする所へ案内するカトリーヌ。「手を当ててみな、風が吹いてるみたいだろ。これ、爆発ガスなんだよ」　ランプの炎が青いのは、ガスがたくさん出ているせい。
　作業の続き。手足をふやけさせる水、無理な姿勢から来る痙攣、息苦しい闇も、利益への熱中の中では忘れられる。しかし、一日が進むにつれ、空気が汚れ、ガスや熱さのせいで眼がかすむ。
　一時、中休み。炭層が切れて、土に変わる。契約を結ばせた会社の悪口。マユの弁明、地層というものは20ｍ毎に変わる、公平に考えてやらにゃならぬ。スパイへの恐れ、鉱脈の中にある石炭が聞き耳を立てているかのよう。シャバル、「かまうものか。ダンセールが肌のきれいな金髪女を手に入れたって、そりゃ俺には文句はねえがな」
　支配人エンヌボー氏の甥・炭坑技師ネグレル、監督頭ダンセールの登場。坑夫らと同じ服装、同じく炭塵まみれのネグレル、落盤事故や爆発事故では真っ先に飛び込んで勇気を見せる。岩がのしかかっていると注意、２ｍ置きでは駄目、支柱を倍にしろ。三フランの罰金、賃金を上げてくれれば支柱作業にも気を配る。
　ぷりぷり怒って支柱作業。八つ当たりされても文句を言わぬエチエンヌ、彼も上役の仕打ちには不満。半時間残して引き上げ。坑道を戻る一行。連結したトロッコは馬が引いて運ぶ。
　ケージが来るまで馬部屋を覗く二人、水平坑道の外れで、丸天井、二十頭の馬を収容できる。藁の中で眠るムーケット、馬番のムーク親爺は父親。最年長の馬のバタイユ、もう陽の光さえ覚えていない。ケージから降りたのは新米馬のトロンペット。それに寄り添うバタイユ、相手から若草や太陽の匂いを嗅いでいななく。
　ケージ前で五十人の集まり。ムーケットをつねるザカリ。炭車の値段を下げ、支柱を別勘定にするという技師の話に憤る一同。
　浮上、ムーケットの尻をぴしゃりと叩く兄ムーケ。マユ組の炭車、一台は軽く、一台は質が悪く、二台が受け取り拒否。一同、ランプ係りに八つ当たり。支度部屋、ストーブで体を暖める。シュミーズ一枚で体を乾かすムーケット。木靴を履いて出てゆくマユ一家。外は選炭場、フィロメーヌの籠から一部を浚っていたブリュレ婆、口論。髷は飛び、顔に手形がつく。ザカリが応援しようとするのを止めるマユ。監視人が来て元へ。
　ラスヌールの酒場に寄る一同。長いパイプを持つラスヌール、弁が立ち、労働者の先頭に立って働いているうち解雇、酒場の亭主となり、炭坑の真っ正面で店を開く。喉を潤す労働者。
　社会活動家プリュシャールからの手紙。それはリールの職工長だった人だ、俺はその下で働いていたと叫ぶエチエンヌ。二つある二階の下宿部屋のひとつを世話するラスヌール。

寸評
　炭層、支柱が裂ける程の重圧、天然ガス、意想外な地下世界の仕掛けです。単に、土を掘れば良いだけではなかったんですね。

　昔のセクハラってさ、叩いたり、つねったりしてたんですねえ。ただ単に触るだけとか、揉むだけに比べたら、随分と乱暴です。どちらが良いんでしょうか。

第二部

　資本家グレゴワール家の様子。グレゴワール夫人、58才。料理番の老女メラニーと、オノリーヌ20才。御者フランシス。朝から焼きたてパンにチョコを掛けて食べる生活。グレゴワール氏、60才。娘のセシール18才、まだ朝寝。爪先たてて娘の寝顔を見る老夫婦。
　四万フランの年金の起源。十八世紀初頭の石炭ブーム。デリュモー男爵、探鉱の失敗、落盤、洪水との戦い、国王の採掘権、地主貴族との交渉。近隣の鉱区からの猛烈な競争、三つの鉱区を結んでモンスー炭鉱株式会社となる。その権利を 288に分割、一株は一万フラン。男爵の取り分は123株、その屋敷の管理人初代グレゴワール、一万フランで一株購入。大革命で屋敷は譲渡、百年で株価は百倍の百万フラン、配当は四万フラン。現グレゴワールは四代目。百万で売れと勧められたが断り、半年後、恐慌で六十万に下がったが悔いはない。落ち着いた余生。
　セシールの目覚め、「ぽかぽか焼きたてのパンをチョコレートに浸けたら、本当に美味しいわ」
　従男ドヌーランの登場、50才。起業家肌のドヌーラン、株を百万で売却、近くのヴァンダーム炭鉱を経営。娘二人あり。
　翻ってマユの家庭、爺と四人の子供に食べさせる物のないマユ夫人。幼児二人連れてグレゴワール荘へ物乞いの決意、残って乳児の世話をするアルジール。
　道で泥遊びをする子供をひっぱたきながらの行進、支配人エンヌボー邸の前を通る。メグラの食糧品店、会社の許可を得て営業、次第に周囲の小売商をつぶす。
　小太りのメグラ、信用貸しを断る。かよわい夫人。「人の噂では、妻の座をほかの女に明け渡す。借りを延ばしたい坑夫は、その娘か女房か、醜くかろうがきれいだろうが、それを派遣するだけで良かった」
　真っ黒なべたべたした泥の中の行進、金はやらないが物を出すグレゴワール家。施しはセシールの役、亭主は六代もここで働いていると口説き。衣類、肩掛け、パンを貰うが、銀貨は断られる。
　帰り、今度は強気でメグラに交渉、食糧のほか銀貨を勝ち取る。今度はカトリーヌを寄こせ。母、「カトリーヌはきっとひっぱたいてやるに違いない」
　帰宅したマユ夫人、パン、バター、コーヒー、じゃが芋、豚ひき肉。スープを作るアルジール。帰り道、菓子パンを食べてしまった幼児二人を叱る夫人、遠出して疲れたんだよと肩を持つアルジール。芋の皮をかじる幼児達。コーヒーひと包みを持ってピエロン宅に向かう夫人。
　急がなくて良いのにとピエロン夫人、28才。坑夫町一の美人、子供なし、母は因業のブリュレ婆、娘リディは夫の連れ子。噂話に取り巻かれながら、しごく裕福。会社から、菓子を売る許可を得て副収入あり。「子供がなくて幸せ、少なくとも身ぎれい」と褒めるマユ夫人。コーヒーを飲んで噂話。カーテンの白さが女の甲斐性、ルヴァク宅の汚さ。下宿人を置けば良い、だが一緒に寝たら、亭主は酒場に入り浸りになる。歌うたいは病気持ち、ジョワゼルにはひとつの炭鉱を全滅させた女がいる。兎小屋の屋根で若者と娘が結ばれる話。孫まで儲けながら、息子ザカリを手放したがらぬマユ夫人の気持ち。稼ぎ手がへる。
　帰り、ルヴァク夫人の誘い。気の良い下宿人ブートルー、フィロメーヌの子に肉を分けてやる。昨夜、ピエロン夫人が例の旦那と運河沿いにずらかった話。大笑い。かくべつ美人でもないのに肌を磨きたてる女、上役の機嫌を取る為に女房を差し出すピエロン。ルヴァク夫人、眼で催促。ザカリの稼ぎはマユ宅へ、フィロメーヌの稼ぎはルヴァク宅へ、結婚は春まで延期で合意。
　窓の外、エンヌボー夫人を取り巻く一団。ピエロン宅を訪問。会社が坑夫町を人に案内する時は、必ずここから始める。ついでマユ宅、急いで帰宅する夫人。予想に反して、何もかもきらきら輝いている自宅。帯勲の紳士、毛皮を着た貴婦人の訪問。石炭を配給、引退すると年金と、エンヌボー夫人。ここなら暮らせると貴婦人。アルジールは大成功、布巾を持った小さい家政婦の何と可愛いこと。母への褒め言葉。
　ルヴァク夫人とピエロン夫人の立ち話。あれだけ稼ぎながらいつも文無し、今朝はグレゴワール邸へ物乞い。メグラはカトリーヌ目当てだが、のっぽのシャバルがとうに転がしている。
　合流するマユ夫人、噂の矛先は訪問団へ。増える野次馬、口をつぐむ二人。
　マユの帰宅、豊かな食物。カトリーヌの入浴、ザカリ、ジャンラン、助け合って洗う。珍しい肉、近付く幼児達。「こいつらは食べたのか、俺は不公平は嫌いだ」　みんな食べたと偽る夫人、膝の上で肉を与えるマユ。
　子供らはそれぞれ外出や二階へ。マユの入浴、石炭の切り傷で作った入れ墨。坑夫仲間の言う接ぎ木。青い木目のある大理石のような光沢をもった太い腕や広い胸。夫人との楽しみ。胸をはだけて戸口に立つマユ。
　リボンを買いに出るカトリーヌ、庭で豆、芋、キャベツを作るマユ。
　エチエンヌの散歩、フィロメーヌを裏道に誘うザカリ、炭鉱の娘は早熟、リールの女工もそう、十四で早くも堕落した娘達。仲間に暴君ぶりを発揮するジャンラン、幼いリディとパパママごっこ、ベベールは蚊帳の外。
　古い炭鉱の周りは、逢引きの名所。その真ん中に住むムーク親爺、「草むらに一歩踏み込めば、必ずどこかの一組を踏みつける事になった。薪を拾ったり、兎の餌を探すと事態はいっそう悪い。小道とすれすれに投げ出された脚につまづかない用心をしなければならない」
　カトリーヌを呼び止めるシャバル、俺が買ってやろうと申し出る。メグラの店はいけない、「かまうもんか」　目当てのカトリーヌが男連れでしゃあしゃあと来店、怒って顔を真っ赤にするメグラ。みんな俺の靴に唇付けしても良い筈なのに。
　倉庫でカトリーヌを抱くシャバル、ずっと尾行ていたエチエンヌ。またひとり女が崩れ落ちたのだ。

寸評
　ぽかぽか焼きたてのパンをチョコレートに浸けたら、本当に美味しいわ。
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　冷蔵庫で冷やしたバナナに、ホイップ・クリームを掛けたら、本当に美味しいわ。

第三部

　三週間で作業に馴れたエチエンヌ、皆が一目置く職人。支柱作業を任される。マユの信頼、ザカリ、ルヴァクの友情、シャバルとは冗談を言いながらも、眼差しが喰い合っている。
　ラスヌール酒場のもう一人の下宿人、ロシア貴族の末子スヴァーリン。機械工、革命思想から労働者の仲間入り。人影のなくなった夜九時の酒場、三人の会話。インターナショナルのプリュシャールから手紙を貰うエチエンヌ、世界的な労働者組合。会費が高く付くとラスヌール、無政府主義者＝アナキストのスヴァーリン、労働者を救うには破壊しかない。本を貸し合う仲。
　採炭夫に昇進するエチエンヌ、新しい切り羽を請け負うマユ組。
　七月最後の日曜日、モンスーの氏神祭の日。この日の為の兎をじゃが芋と煮る。夫と子供を母親に任せて、遠くの従妹の所へ行くピエロン夫人。その従妹には髭があると笑う隣人。娘の稼ぎがあっても、孫二人を押し付けられて、そろそろ不満のルヴァク夫人。
　男衆は九柱戯、エチエンヌに近付くムーケット。ヴォルカン亭へ繰り出す仲間達。リールの淫売の屑みたいな歌姫が五人、肌もあらわな恰好で舞台を行進。ビールよりもジンの店。ストライキに備えて、予備基金を作ろうと説くエチエンヌ。露店商の並ぶ一画では、カトリーヌに肩掛けを買うシャバル。広場では、かわらひわの鳴き声競争。混雑する中で、釘工の一人がカトリーヌの腿をつねる。ザカリ、「これは俺の妹だ、俺の妹を尊敬させてやる」
　釘工を探すと言いながら、ヴォルカン亭へずらかるザカリ。
　ボン・ジョワイユ軒の舞踏場で打ち上げ。六人も愛人のいるデジール後家が、ここの女将。五時から踊り、七時には満員、シャバルとカトリーヌ、エチエンヌとムーケット。八時、子連れのマユ夫人、ルヴァク夫人の登場。両家の縁組を認める話、空いた所へエチエンヌを下宿人として迎えるマユ。気兼ねなく子供に乳を飲ます母親、早くもビールを飲み、そこら中で小便をする子供ら。夜十時にお開き、シャバルも基金に仲間入り。
　ジャンランと寝るエチエンヌ、かまわず着替えるカトリーヌ。顔をそむけながら、少しづつ彼女を知る。踵から首筋まで牛乳のように真っ白。十秒で着替え、妹の隣に潜り込むカトリーヌは、まるで蛇のようにしなやか。秘密のない生活、入浴だけは別。
　やがてひと月、羞恥が消え、ベッドに腰を降ろし、シュミーズ姿で髪を結う習慣を戻すカトリーヌ。また、落ちたピンを拾うエチエンヌ。下宿代は45フラン。
　プリュシャールとの文通、エチエンヌの饒舌、マユ夫妻の共感。ルヴァク、ザカリ、シャバルらの訪問。予備基金の成功。ラシャの服、上等の長靴を買うエチエンヌ。
　会社が賃下げするとの良くない噂。スヴァーリンの推理、この恐慌で会社も参っている。基金の充実していない今、会社から挑発してストライキを起こさせれば、それはすぐに鎮圧され、労働者は敗北して賃下げが通る。
　折り合う事が大事とラスヌール、プリュシャールもストには反対。基金が貧弱なのでインターナショナルへの参加を進めるエチエンヌ。
　給料日には屋台の並ぶモンスー、逢引きの度にカトリーヌを言葉責めするシャバル。
　掲示。支柱作業は別勘定、その代わり、石炭車一台分の値段を50サンチームから40サンチームに値下げ。畜生め、支柱作業はせいぜい８サンチーム、実質２サンチームの賃下げ。
　四日の休みと20フランの罰金を引いて、九日間の稼ぎが50フランのマユ。以前は半月で150フランも貰っていたのに。帰宅するマユ。大粒の涙を眼にはちきらせながら、テーブルに50フランを投げ出す。見て、夫人も泣く。どうやって九人の家族を喰わせてゆけるのか。表では大騒ぎ。一台の馬車が通りがかる、エンヌボーの女中がマルシエンヌへ魚を買いに。坑夫町は涙でいっぱい、ラスヌールの店でストライキ決定。
　スト決行はまだ先。外泊するカトリーヌ、遊び回るジャンラン。危険を忘れて働く一団、ランプが青くなって、始めて耳を澄ませる。日に三度も支柱作業に煩わされるマユ。遠くで落盤、仲間を思って駆け付ける一団。ジャンランと採炭夫ベルロックが下敷きに、単調に続くうなり声。鶴橋をふるうマユ、ザカリ、リションム。エチエンヌと並んで平気で働くシャバル。誰ひとりスープの為に去ろうとしない。背骨を砕かれた男、両脚をやられてまだ息のあるジャンラン。
　地上の監督所で診断、脚を切るかも知れない。ネグレルとダンセール、またあの支柱の不手際。判らず屋どもは、支柱を強制したらストライキだと言っている。家族の嘆き。
　三週間、切断は免れ、器用なちんばとなったジャンラン。50フランの援助。ヴォルー坑からジャンバール坑に移るシャバルとカトリーヌ、同じモンスー鉱区内。

寸評
　白人の舞踏好きは筋金入りです。子供連れで行くというのですから、話になりません。我々日本人にとっては、馴れない、怪しげな所でも、懐かしい場所なんでしょうねえ。

第四部

　十二月一日の月曜日、エンヌボー夫妻、グレゴワール一家を招いて昼食会。甥ネグレルと娘セシールの結婚準備。朝四時にストライキ勃発。
　年輩ながら、女神のようにがっしりしたエンヌボー夫人、昼食会は決行。
　孤児だったエンヌボー氏、鉱山学校を卒業して技師へ。製糸工場主の娘と結婚、すぐに不調和。地方からパリに就職した夫、愛人を迎えた妻。手当たり次第に幸福を掴む女の前に、叱る気力の失せたエンヌボー氏。愛人に捨てられ鬱病の夫人、二人してモンスー鉱山へ。
　たった四万フランの為に田舎詰めにするのかと責める夫人、金持ち娘らしい残酷さで言い張る。何とか心を捕えたいエンヌボー氏、対する冷たい眼差し。
　甥ネグレルの下宿、叔母らしく世話を焼く夫人。やがて男女の仲に。夜間、足音を聞いて疑いを持つエンヌボー氏。しかし、夫人がネグレルとセシールの縁談を進めようとするので安心。
　甥ネグレルの報告、連中は今は温和しい、間もなく代表をここに送るだろうと思う。十一時、グレゴワール家の到着。やや遅れて、従弟ドヌーランの到着。電報の山に眼を通すエンヌボー氏。
　まずオードブルから。夫人、「牡蠣を出すつもりが、女中が石を投げられると怖いと申しまして」　一同、どっと笑う。グレゴワール氏、「ここには、奴らに取られたくないソーセージの輪切りがあります」　また笑い。
　革命をネタにして、果てしない冗談。コップを置くにも、フォークを置くにも、いちいち用心。料理の皿が出る毎に、占領下の町で略奪をまぬがれた食べ物にありつくように歓呼して迎える。わざとらしい陽気さの下にひそむ恐怖が、かえって笑いを招く。
　十八ケ月も続く恐慌について。鉄道、港、運河、投機に金を使い過ぎ。この辺りも、甜菜が年三度も収穫できるかのように精糖所を作り過ぎ。今は利益が出るのを待つ時期。インドは飢饉、アメリカは鉄の輸入をストップ。
　川鱒に、ロシア風のサラダ。召使が声を落としたので、その背後に、虐殺と強姦の一団が押し寄せているかのよう。
　エンヌボー氏、ストライキはせいぜい二週間。グレゴワール夫人、パンや肉の引換券を配る計画。
　会社に便宜を計り、賄賂としてモンスーの株を貰った大臣もいる。ある公爵は、何百万という金を女や大宴会や無駄な贅沢で街に投げ捨てている。わたしは正直な人間らしく、贅沢もせず、投機もせず、貧乏人に施しながら暮らしていると、グレゴワール氏。
　起業家ドヌーランの立場。もしストライキがヴァンダーム坑にまで及べば、自分は破滅する。エンヌボー氏の策、隣の炭鉱が破産するまで事態を悪化させて置いて、それを安値で買い取る。ぜひ譲ってくれと言われて、愚痴を悔やむドヌーラン。
　食後のデザート、りんご入りプディングのワイン浸け。パイナップル、ぶどう、なし、月並なシャパーニュ酒はやめて、ライン産のワイン。夫人が催促して、仲睦まじく振る舞うネグレルとセシール。
　コーヒーと同時に、代表団の到着。待たせて置け、とエンヌボー氏。鍵穴から覗く若い衆。
　ラスヌール店での集会、代表団の選出。一番愛され尊敬されている、最良の労働者であるマユを先頭に立てる事で一致。みんなの為に死んでおくれと、マユ夫人。ボンヌモール爺、四十年前はサーベルを振るって追い払われた。
　翌朝、再びラスヌール店に集合。エンヌボー邸到着は二時。
　客間に通された二十人の代表。レースで柔らげられた繊細な光、骨董趣味の椅子、年代物のたんす。朝から髭をそり、きちんとした格好をしたが、椅子に座れない代表団。足に絡みつく絨毯、暖房のきいた熱気が、人を不安に、息苦しくさせる。席を勧めるエンヌボー氏、ある者は座るが、ある者は刺繍をした絹の椅子に気遅れして座れない。
　分別あり、古顔のマユが先頭に立つ。これは騒ぎ好きの反抗じゃない、パンが食べられるように願いたい。賃金を上げてくれたら、支柱作業にも丁寧に取り組む。続いて窮状を訴え、どうせくたばるなら何もしないでくたばる方がましと結ぶ。
　諸君は扇動され、インターナショナルに組み込まれるんだとエンヌボー氏、エチエンヌから眼を離さずに言う。予備基金は会社が管理すると宣言。今回の提案は賃下げの擬装とエチエンヌ。会社も苦しんでいる、半分近くの鉱山が破産しているとエンヌボー。最後にマユの手を取るエンヌボー、ジャンランの様子を尋ねる。月曜日には入坑してくれると信じている。退散。
　エンヌボー夫人、「あたし達が客間に移る前に、窓を開けて風を通しといて頂戴」
　ストライキ二週間目、全国的な広がり。ヴォルー、クレーヴクール、ミルー、マドレーヌ。死に絶えた工場、忘れられた炭車、物の持つ沈黙の悲しみ。ボイラーの冷却、ストックが尽きて底の見えた石炭。知事、憲兵が巡回して引き揚げ。
　坑夫町、予備基金三千フラン、各方面からの寄付は尽きる。迫る飢餓。暴君のごときメグラ、娘の顔いかんによってパンを与えたり断ったり。ことに寒さの厳しい冬、餓死と凍死の恐怖。奇跡を信じる大衆、水のようなスープに耐える。多くの手紙を受け取り、代議士を夢見るエチエンヌ、プリュシャールの応援。
　エチエンヌとマユ夫人の議論、よそで働くカトリーヌの訪問、連れ戻すシャバル。夫人の昔話、十五の時の恋人とマユ、男はそれっきり。ずっと間違いをせずに生きて来た。白く、輝くような体。散歩するエチエンヌ、紅鱒を釣り、三フランで売ったマユ。
　デジール後家の酒場で秘密集会。客足が絶えて怒りの納まらぬ後家、坑夫の味方。到着の遅れるプリュシャール、ストの失敗を案ずるラスヌール、マルクスを思うエチエンヌ、東のバクーニンを慕うスヴァーリン。その回想、ロシアの宮殿に爆弾を仕掛けた、警察隊長を山刀で襲った、愛するただ一人の女性が、ある雨の朝モスクワで絞首刑に処せられるのを群衆の中から眼を離さずに見つめた。
　一時、二時、冷やかしで来たザカリ、ムーケ。やっとプリュシャールの到着、声が枯れ、忙しい毎日。聴衆は百人。流暢で幾らでも喋べれるラスヌール、まずインターを攻撃するが、皆の不興を買う。日曜説教のようなプリュシャールの演説、インターへの勧誘、三年で世界を征服する。皆の賛同。ストライキにはインターが援助を送る。憲兵の訪問、通さず頑張るデジール後家。皆の潰走、隊長が入った時にはもぬけの殻。
　さらに二週間、ロンドンからの送金は四千フラン、三日分にもならない。メグラに潰された小売商が商売を再開、それも続かず。路傍で倒れた女を介抱するエチエンヌとムーケット、男女の仲に。
　会社も一日数十万フランの損失、坑道、切り羽の荒廃、落盤、地盤沈下。
　エンヌボー、マユの二度目の会見。支柱は別勘定、ただし炭車２サンチーム値上げ、決定した訳ではないが責任を取る。坑夫は５サンチームを要求。
　二十人でメグラを囲む女房連。ブリュレ婆に情夫にしてくれと言うメグラ、ルヴァク夫人が引き受けると言い、結局空手で引き上げる。
　鳩時計を三フランで売ったマユ家。椅子もない、思い出のボール箱は売らない。子供には、乞食みたいな真似はさせない。ルヴァクにパンを借りにいって断られ、ピエロン宅へゆく夫人。婆は不在、兎肉の匂い、地下からリディの泣き声。兎肉をたらふく喰う為に、婆を追い出し、娘を閉じ込めた夫婦。「世間の人が何と言おうと、女房の身持ちが悪いと、その家にはとんだ幸せが持ち込まれるものだ」　坑夫には薄情なジョワール司祭。
　明日の晩、森で集会を開くと言うエチエンヌ。眼を輝かすボンヌモール爺。
　器用に走り回るジャンラン、配下とともに、運河で魚を取り、野原で莓、はしばみ、こけももを食べる毎日。食糧店でベベールに棒鱈を盗ませるが、分け前はやらず、二人を立たせたまま去るジャンラン。ベベールとリディ、虐げられた者同士の共感。
　廃坑となったレキヤール坑、坑底の水平坑道がよそとつながっているので、通風の為の煙突として縦坑が残されている。底では、「地獄のような炉が石炭の巨大な烈火となって燃えさかったので、その空気の呼び寄せが隣のヴォルー坑の隅から隅まで嵐のような風を吹きまくらせたのであった」
　ムーケットを待つエチエンヌ、通りがかるジャンランを追う。梯子も踊り場も腐り勝ちなレキヤール坑を降りるジャンラン、深さ524ｍ、次々と続く７ｍ梯子、降りるにつれて増す通風縦坑からの熱気。梯子の数30、深さ210ｍ、こうもりの飛び交う揚げ場の丸天井。そこから水平坑道に入る、はじけた坑木は剣のように肌を突き刺す。１km程歩いて到着、藁を敷き、酒壜を並べ、食糧を積んだ山賊の巣窟。
　「こら、お前は世間を馬鹿にしてるのか」「一緒にやらねえか」　鱈を奢るジャンラン。熱さは和らぎ、ちょうど良い気温。有毒ガスも抜けて、古い坑木の匂いがするだけ。
　待ち呆けのムーケット、あなたの心には別な女がいる。
　ザカリ、ムーケ、ほか二名、農園、野原をまたいでのクロス競技（ゴルフ）　兎を追うジャンラン一行、それと交差して進む。乗馬するエンヌボー氏、あちこちで逢引きする男女を見かける。自分に身を任せる女ともう一度やり直せるなら、すべてを投げ出して良いのにと貧乏人を羨む。
　木を開いたばかりのプラン・デ・ダームの森の空き地、ぶなの高木が白い柱廊のように回りを取り囲む。まだ横たわる倒木、一方では長さを揃えた材木の山。霜の夜、満月が地平線にかかる。
　三千近い群衆、高みにはエチエンヌ、マユ、ラスヌール。はるか後ろ、材木の上にはジャンラン一行。ここには憲兵は来ない、誰ひとり口を閉ざす者はいないとエチエンヌ。野次、「そうだ、森は俺達のものだ、誰だってここじゃ喋べる権利がある」　月はまだ低く、高い梢しか照らしていない。
　経緯から始めて、今の窮状を訴え、正義を求めるエチエンヌ。「我々は新しい奴隷だ。海が漁師のもの、大地が百姓のものであるように、炭坑は坑夫のものであるべきだ」　両手を伸ばすエチエンヌ、その時、昇った月が梢から差し込んで、彼を照らした。月光に白く輝く両手は、皆に財宝を分かつかのよう。
　「俺達の番が来た、俺達こそが富と権力を握る番だ」　歓呼、むしろ女たちの熱狂。この人気こそエチエンヌの力。
　ラスヌールの演説、すでに落ちた偶像。凍った苔を投げ付ける人々。眼に涙を溜めて降りるラスヌール。
　壇上に上がるボンヌモール爺、誰にも理解できない長い物語。炭坑で死んだ身内、女房の肺炎、国王に対する森の集会。老人を抱くエチエンヌ。ここで戦わねば子供達が苦しむ、炭坑にまつわる様々な病気を話すエチエンヌ。豚野郎を始末しようと、遠くパリを指さす。
　総意、ストライキは続行、明日入坑するという仲間を阻止。いまだ操業を続けるヴァンダーム坑で働くシャバルが槍玉に上げられる。火を消して、ポンプを止めると約束するシャバル。明日の朝はヴァンダームまで行進。

寸評
　月光に照らされた白い手、ロックスターです。それ以外の何だと言うのでしょうか。しかも、場所が貯木場＝ウッドストックです。エチエンヌはこれから、ベトナム反戦運動の為に一席ぶつのです。

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