赤と黒
スタンダール、冨永明夫、中央公論社、1963。
第一部
フランス東部、スイス国境沿い、ジュラ山系の支脈のひとつヴェラ山を背負っ
た町ヴェリエール。
機械化の進む町、急流の水車で機械を回し、何十もの鉄槌が落ちる。うら若き
娘の細腕が鉄片を出せば、それは釘になる。
製釘工場を経営する町長レナール、本人は工場経営を恥として政治活動に盛ん。
家の増築の為に、ソレル氏経営の製材工場に立ち退いて貰った。それで大枚を手
にし、もっと良い土地に移った元百姓のソレル氏。
時は1830年代、ユルトラ（＝極右王党派）、ジロンド（＝穏健革命派）、ジャ
コバン（＝過激革命派）、リベラル（＝自由主義）、ボナパルティスト（＝ボナ
パルト派）とに分かれている。王政復古の時代で、有力者の多くはユルトラ。革
命勢力を封じる為に、外国勢を味方に付けようという動きもある。
忠誠散歩道を作る為に、まわりの樹々を伐採したレナール町長。しかし、予算
獲得の手腕は評価される。
シェラン司祭の目付けとして派遣された助任司祭マスロン、間伐された枝を利
権としてから、植木屋の枝の落とし方がひどくなったと評判。
新興のヴァルノ氏、ヴェリエール貧民収容所の所長に就任。食費を横領して財
を肥やしているとは、町の人がみんな知っている。
シェラン司祭は八十近い、高徳。パリから派遣された官吏アペールを伴って貧
民収容所を訪れるシェラン師、それを門前払いする番人。
横領では共謀しながら、見栄を張り合うレナールとヴァルノ。ソレルの息子を
家庭教師に付けようとするレナール。
レナール夫人は三十、土地きっての美貌だが純情で、最新のパリの帽子を買っ
て貰う機会を逃していると、地元婦人連から舐められている。
ソレルの製材工場、水力で鋸が上下に動く中を、大柄な二人の兄が木材を押し
て働く。三男ジュリヤンは天井の梁で読書。殴りつける父親、川に飛んで落ちる
本。
額が狭く、美貌だが病弱なジュリヤン。地元の娘達から好意の眼で見られるよ
うになったのも、ここ一年くらいの事。
幼い頃、イタリア遠征の軍隊を見て以来、ナポレオンに憧れるジュリヤン。し
かし、十代で地元に派手な教会が建立させるのを見に及び、僧侶志望になる。そ
れ以来、ラテン語聖書の丸暗記に勤める。記憶力はあるが、情感に乏しいジュリ
ヤン。
子供が可愛いくて溜まらないレナール夫人、顔も知らぬよその男が割って入る
のを恐れる。不安から表を見れば、男装した少女のような人物が顔を真っ赤にし
て戸口を伺っている。用を聞けば、それが家庭教師であるとの事。子供への懲罰
や暴力を恐れていた夫人は、拍子抜けして上機嫌になる。
子供、家人らの前でラテン語聖書を暗誦するジュリヤン。かわいい司祭様と、
下男、料理番にも好評。夕食に町中の有力者を招き、ジュリヤンの暗誦をさせて、
得意満面のレナール氏。
内心、上流社会への憎悪を募らせるジュリヤン。レナールとヴァルノとの会食
に同席して、貧民救済事業に手を染めてから財産を三倍にした事はみんな知って
いるのに、どうしてそんな奴に敬意を払う必要があると怒る。
金の事しか頭にない周囲の中で、表面は淡泊なジュリヤン、レナール夫人の好
意を得る。レナール氏を口説いて、本を買わせるジュリヤン。
実家は資産家でもある、小間使いのエリザ、ジュリヤンに好意を寄せる。その
告白を受けたシェラン師、ジュリヤンに縁談を持ち掛けるが断られる。間を取り
持つレナール夫人。
春、ヴェルジーの別荘へ移るレナール一家。従姉デルヴィル夫人の登場、両夫
人と庭を散歩するジュリヤン。レナール夫人の手を握る事に心を奪われるジュリ
ヤン。十時の鐘とともに、その手を握る。
レナール氏、下男とともに、屋敷中のベッドの敷き蒲団の中身の詰め替え作業
を行う。ジュリヤンの危機、ベッドにはナポレオンの肖像が隠してある。ベッド
の窓際の下にある箱を取って燃やしてくれと、夫人に依頼するジュリヤン。それ
を、どこかの女性の肖像と勘違いする夫人。
授業を一日空けた事を非難されるジュリヤン、それを逆手に取り、どこへ行っ
てもやってゆけると迫り、月五十フランに賃上げ。ついでに、信仰の理由で五日
の休暇を取る。街道沿いの巨岩に上で勝ち誇るジュリヤン。
夫に隠れて、夫人の手に接吻する癖のついたジュリヤン。ジュリヤンへの想い、
姦通という言葉を恐れる純情な夫人。
さらに三日の休暇、材木商の友人フーケを訪ねる。三千フラン、六千フランの
仕事はざら、一緒に組まないかとの誘い。それを断り、帰途の高山の洞窟で一夜
を過ごすジュリヤン。
パリから新しい衣裳を取り寄せるようになったレナール夫人。この人は恋をし
ていると、デルヴィル夫人。
堅物のシェラン師の免職、後任にはマスロン師。
レナール夫人への恐怖を、軍隊流に克服するジュリヤン。今夜二時に部屋に伺
うと通告する。深夜、予告通り部屋を訪れるジュリヤン。部屋は明るく、ベッド
から降りた夫人、「ばか！」と叫ぶ。その両膝を抱き、涙を流すジュリヤン。思
いを遂げる。
レナール夫人に忠告するデルヴィル夫人、何かと二人の間に割って入る。もう
十年早く会っていたらと、夢中の夫人。
ヴェリエール役場の主席助役にモワロ氏を据え、次期町長にも推薦しようとい
う地元有力者の運動。町の大通りが国道となり、拡張工事が必要。敷地を削られ
る九軒のうち三軒がモワロ氏の所有。残り六人の財産家を黙らせ、何よりモワロ
氏の承諾を得る為の擁立。道路工事に絡んで、レナールやヴァルノは利権がある。
国王陛下のヴェリエール行幸。モワロ擁立を印象づける為、本人が苦手な馬に
乗せて指揮官に任ずるレナール氏。国王の為と聞いて引き受けるモワロ氏。
ジュリヤンを着飾らせる事に夢中のレナール夫人、かつて言い寄ったヴァルノ
から飛びきりの馬を借り、地元の裕福な工場主の息子ら六人を差し置いての暴挙。
近郊の聖クレマン納骨堂にも寄る予定、王側近のラ・モール侯爵が旧知のシェ
ラン師の消息を尋ねるのは必定。そこでマスロンを口説いてシェラン師の出席を
取り付けるレナール氏。
当日、何千の百姓が埋め尽くす街道。嘲笑を買うモワロ氏の騎乗姿、それに続
く警護隊。九列目の先頭、銀モールの肩章、空色の制服に身を固め、りりしく歩
を進める美青年は、何とソレルの小伜。誰それさんのような金持ちの工場主を差
し置いてと非難轟々。あいつは陰険で、油断のならない奴という噂。
教会で昼食を取る国王、急ぎレナール邸へ引き返すジュリヤン。軍服を脱いで、
ふだんの黒い僧服に着替える。納骨堂のシェラン師の下へ駆け付け、遅いと小言
を貰うジュリヤン。
僧侶や従僕が行き交う教会、雰囲気に呑まれて、そこらをほっつき歩くジュリ
ヤン。傷んだ司教冠を直し、祝福を与える仕草を練習している若い司教に出会う。
やがて陛下の到来。ラ・モール侯爵、百姓に一万本のぶどう酒を振る舞う。リベ
ラル派、祝賀のイルミネーションを王党派の百倍も立派にして良いと主張。
それから一週間、材木屋の伜ジュリヤンを警護隊に抜擢した暴挙が噂される。
あの高慢なレナール夫人に決まっているとの噂。末っ子のスタニスラスの発熱、
神様の罰とうろたえるレナール夫人。司祭や夫にすべて告白したい気持ち、非難
を浴びて生きる事こそ本望。子供好きを装って、それを押し停めるジュリヤン。
不倫の証拠を掴んだエリザ、ちょっと小用のあったヴァルノ氏にそれを話す。
詳細を伝える差し出し人不明の手紙、レナール氏に届けられる。
ふたりの危機、レナール夫人の入れ知恵。以前から夫人に言い寄っていたヴァ
ルノ氏、その同じ紙を使って、夫人宛のもう一通の手紙を作成する。文面は、百
姓の小伜とは手を切れという内容。それを見たレナール氏は、警戒を解くまでは
行かなくても、すべてはヴァルノの策謀と解釈する寸法。
誰にも相談できない、レナール氏の煩悶。どいつも、こいつも、俺の災難を聞
いたら、手を打って喜ぶ奴ばかりだ。
かつての親友ファルコス、新聞発行停止処分を受け、レナールに尽力を願った
男。それに対して、印刷業は煙草と同じく国家専売事業にすべしと、にべもなく
撥ねつけた事が悔やまれる。
作成した手紙を自分に送られたものと装って、それを夫に見せるレナール夫人。
ついでに、ジュリヤンの解雇を願う。夫の歓喜の表情、すべてをヴァルノの策謀
に決め付ける夫。しつこくジュリヤンの解雇を願う夫人、一週間だけ暇を出す事
に同意するレナール氏。
ヴェリエールの休暇、恩師シェランの為に本棚を作るジュリヤン。往来でヴァ
ルノ氏と会ったジュリヤン、ブザンソンの神学校ゆきを希望する。
帰宅すると、ヴァルノ氏からの招待。何とか警察沙汰にならずに棒でぶちのめ
したいと、昨日まで思っていた相手の招待を受けるジュリヤン。男のような容貌
の夫人。収税吏、間接税事務官、憲兵将校ら、夫人を伴って到着。食堂の壁ひと
つ隔てた向こう側は貧民収容所、そこでの贅沢な会食。
隣は腹を空かしているだろうに、と同情するジュリヤン。隣から歌声。召使に
目配せするヴァルノ氏、召使が消えて間もなく、その歌声はやむ。
収税吏が音頭を取って、王党讃美の歌をうたう。これが、いずれ達する汚らわ
しい栄達の道。自分がたらふく肉を喰う間、哀れな囚人が歌うのを止めさせねば
ならない。戦場の危険に身を晒して出世するナポレオンの時代は何と快かった事
か。
話題が変わり、またしてもラテン語聖書の暗誦で座をさらうジュリヤン。内心
の軽蔑は隠せない。ワインを勧めながら、ひと壜いくらと言う主人。グラスを割っ
た召使を、セットだったのにと散々叱る夫人。物を持っている事が、人一倍嬉し
い連中。
ヴェルジーへの帰還、すっかり懐いている子供達、兎を見せる。兎まで可愛い、
家族に再会したような気持ち。ヴァルノ家からの勧誘のある事を知っている子供、
コップを売ったお金を先生に上げれば、先生はうちに居てくれると尋ねる。子供
を抱きしめるジュリヤン。
ヴァルノ氏の来歴。図々しく、がさつな、野人の類。もとはレナールの子分と
して出発。何にでも首を突っ込み、たえず方々を飛び回り、恥をかいてもすぐ忘
れ、自分個人の主張というものはないから、権力者から町長と並ぶ程の信望を得
る。
ヴァルノ氏の手口というのは、ざっとこんな調子だ。土地の食糧卸し商たちに
むかっては「君達のうちで一番馬鹿な奴を二人よこしてくれ」と言い、法律家連
に向かっては「一番無学な奴を二人教えてくれ」と言い、医者仲間に向かっては
「とびきりの薮を二人」と言う。こうしてそれぞれの職業から一番鉄面皮な連中
を駆り集めた上で、さて彼はこう言うのだ。「さあ、一緒に町を治めようじゃな
いか」
こういう連中のやり口は、レナール氏の感情をひどく傷つけた。がさつ一方の
ヴァルノ氏は、何が起ころうと傷つく事を知らなかった。しかし、世間からあか
らさまな真相をつきつけられたらぐうの音も出ないヴァルノ氏。シェラン師解任
の失敗を補う為に、ますます権勢家のフリレール副司教に近付く。
この十九世紀、貴族で権力のある者が気骨のある男に出会うと、これを殺すか、
追放するか、投獄するか、立ち直れないほど侮辱するのが常道。
町有の屋敷の競売、相場800フランのところ、県庁課長に300フランで落札させ
る。フリレール、ヴァルノ、マスロンの陰謀。仲間と思われて心外なレナール。
ナポリの歌手ジェロニモの訪問。
レナール排撃を計るヴァルノ、エリザに名門貴族家の仕事を世話する。シェラ
ン師、マスロン師、両師にジュリヤンの不倫を洗いざらい喋べるエリザ。これに
よって、秀才ジュリヤンをレナール家から引き離す計略。
ブザンソンの神学校へ行くか、親友フーケの下へ身を寄せるかしろ、むこう一
年はヴェリエールから離れろとジュリヤンに命令するシェラン師。
断れないジュリヤン、承知するレナール夫人。ヴァルノ側に手渡さない為に、
学資600フランを出すレナール氏。
フランス屈指の都市ブザンソン、大通りに面した巨大カフェに入るジュリヤン。
天井の高さは６ｍ、二つの玉突き台を囲む青年達の体格に圧倒される。荷物を落
としたり、きょろきょろしたりするジュリヤン。十五の頃からカフェに通い馴れ
た連中からは憐れまれるだろうが、情熱を秘めた内気さが克服されれば地方人は
大きな力を発揮すると作者の説明。
カウンターの娘が声を掛けるので、出てきたばかりだと白状するジュリヤン。
アマンダに気のある大柄な青年、ジュリヤンを睨み付ける。決闘も辞さじと、負
けずに睨み返すジュリヤン。勇気と小柄さとの好対象で、好意を持つアマンダ。
アンバサダー・ホテルに普段着を預けるジュリヤン。
神学校の訪問、内装は漆喰仕立て、シェランの親友である校長ピラール師の面
接。ラテン語聖書は堪能だが、キリスト教初期の聖者はほとんど知らないジュリ
ヤン。321名の生徒がいるが、誘われても秘密結社、秘密修道会に入らぬように
との忠告。
慚解聴聞僧の選択。ここにも、ピラール師とカスタネード師とを巡る派閥争い
がある。ピラール師を選ぶジュリヤン。
神学生のうち十人は聖者のような暮らしで、見神の能力さえあるが、ほとんど
病人扱い。百人くらいは、疲れを知らぬ勉強家だが、たいした事を学んでいる訳
ではない。残り二百人は、無教養な百姓の伜、畑を耕すよりはラテン語を唱えて
パンにありつく方がましという連中。ナポレオン時代なら軍曹だが、今はここで
司教を目指そうというジュリヤン。
ジュリヤン宛のレナール夫人の手紙を勝手に開封し、焼き捨てるピラール師。
この女は少なくとも不信心者ではないと安心する。
旧友フーケの訪問、レナール夫人は熱心な信仰家になったと報告。リベラル派
の立憲新聞があれば、ここで高く売れるとジュリヤン。神学校にリベラルとは、
世も末。
級友からあまのじゃく、悪徳に染まっていると見られるジュリヤン。権威や規
範に盲従する事なく、自分で考え、自分で判断するという悪徳。傲慢な態度を改
め、下手に出ると、今度は鼻であしらわれるジュリヤン。首席を取ると憎まれる、
優秀な生徒がわざとへまを書いて五十番に付けている。大尽（＝グロ）に楯つい
て何になる、という皆の態度。しまいには級友が哀れにみえるジュリヤン。
スパイや密告の横行する神学校。アマンダの住所を書いたカードにつき、ピラ
ール師の注意を受けるジュリヤン。部屋に帰ると、トランクは掻き回された形跡
がある。やたら外出を進めてくれたカスタネード師、真に受けていれば放校は間
違いなし。
食べる事、せいぜい司祭に出世する事が話題になる神学校。ついて行けないジュ
リヤン、マルティン・ルターという仇名を付けられてしまう。高慢なジュリヤン
に鉄拳制裁を加えようとする者まで現われて、自衛の為に鉄のコンパスを所持す
るようになる。
聖体行列の日、シャ・ベルナール師について大聖堂の飾り付けをするジュリヤ
ン。高さ９ｍの円柱を飾り、さらに高さ12ｍの天蓋に羽根飾りを付ける仕事。陽
気なパリの職人も火が消えたようになり、議論百出で誰も動かない中、高所作業
を手際良く行う。
行列が聖堂を出た後、泥棒を見張る為にひとり残るジュリヤン。懺悔室を出た
レナール夫人、その顔を見て気を失って倒れる。あっちへ行ってくれとデルヴィ
ル夫人。
ピラール師、ジュリヤンを復習教師に任命。予想に反して、以前ほど皆から憎
まれなくなったジュリヤン。フーケ、神学校に鹿と猪を寄贈。食堂と調理場の間
の通路に置かれた獣の死骸、神学生の興味を惹きつける。ジュリヤンは上流階級
の出身と見なされ、かつての嫉妬や羨望は陰を潜める。
神学試験、首席は司教の食事に招待される。フリレール副司教配下の試験官、
何とか難癖を付けてピラール秘蔵の秀才ジュリヤンを198番に落とす。
土地を巡ってフリレール師と訴訟沙汰になったラ・モール侯爵。身内の栄達を
餌に裁判官を買収したフリレールの手口に対し、関係者はピラール師を推薦。懸
命の努力の末に敗訴は回避したが、それ以上に友情が生まれた。侯爵から師の愛
弟子に500フランの学費贈呈。
迫害に耐えかねて校長を辞任するピラール師、ブザンソン司教館への報せをジュ
リヤンに任せる。始めて司教に面通しされるジュリヤン、眼の前でその手紙を開
封する副司教フリレール。この男は、魚の骨を取るのがうまいという特技で、司
教に取り入った。七十五才の司教、真実は小児の口にありと、ジュリヤンに下問。
聖書、キケロ、ホラティウスを暗誦し、自分は198番だとぶちまけるジュリヤン。
気に入られて、タキトゥス全集を贈られる。
ピラール師の退任、同時にパリ近郊の司祭職に就任、たいへんな出世。目端の
利く者は、ラ・モール侯爵の大臣就任も近いと見て、フリレール師に薄笑いを見
せる。
社交や訴訟で忙しいラ・モール侯爵、ジュリヤンを秘書に推薦するピラール師。
フーケを訪問。さらに深夜、梯子を担いでレナール邸侵入。番犬はしっぽを振
る、レナール夫人の窓辺に梯子を立てかけるジュリヤン。愁嘆場、ここで退いた
ら恥さらし、快楽に溺れていつしか朝。終日ここに身を潜め、夜を待って脱出す
るというジュリヤン。
梯子の片付け、ビスケットとワインを運ぶ夫人。下男、女中、来客の多い屋敷。
夜まで放ったらかされて、飢え死にしそうなジュリヤン。下男が不審な梯子を見
つけて泥棒騒ぎ、寝室の戸を叩く夫。窓から飛び降りるジュリヤン、庭の低い方
へ一目算に走る。「走っている最中、風を切る弾丸の音がしたと思うと、間髪を
入れず銃声が聞こえた」 並んで走る犬、しきりに発砲する下男、小作人。
追っ手はパリ街道を行くだろうと、ジュネーヴ街道を歩くジュリヤン。
第二部
郵便馬車、ジュリヤンと同席した二人の年輩者の会話。田園生活に憧れて田舎
に住んだが、また都会に逆戻り。その訳は、貧民への施しを各種宗教団体へ回す
のを断ったが為の嫌がらせ。どこかで牝牛が死ねば不信心者のせい、池の魚には
石灰を撒かれる。シャンゼリゼ通りの五階部屋にこそ、孤独と平和がある。
ボナパルトを巡る論争。ボナパルトが治めた十三年間ほど、フランスが外国か
ら尊敬された事はない。あの男が偉いのは戦場だけ、それと1802年の財政改革だ
け。中でも、コンコルダ（＝和親条約）で貴族と僧侶を呼び戻したのは最大の愚
策。
ラ・モール侯爵家は十字軍遠征にまで遡る名家、息子ノルベールと娘マチルダ
あり。面会、かつらを被った小男、それが侯爵。家柄を鼻にかける侯爵夫人。す
ぐに退出して、衣裳と肌着を誂えるジュリヤン。
夕食に同席、客人と教養比べ。ラテン詩人には明るいが、バイロンを知らない
ジュリヤン。
図書室で執務を取るジュリヤン、親に隠れて本を取りに来るマチルド。十九な
がら、ヴォルテールのような風刺の利いたものしか楽しめない。
温和なノルベール、ジュリヤンを馬に誘う。度々の落馬、夕食時にその話を持
ち出して、マチルドも交え、村の若者のように高笑いする三人。
ラ・モール邸の長い食事と、沈滞しきったサロン。ここに出入りする人はみな、
役職にありつくのが目当て。神学校よりも退屈。
サロンでのマチルド。クロワズノワ侯爵、ケーリュス伯爵、リュス子爵ら、若
い士官を遠慮なく茶化して、こき降ろす。
ナポレオン著「セントヘレナ日記」にも記されるシャルヴェ伯爵の登場、聞い
ていて胸のすくような会話。
ロスチャイルドをモデルとするタレール伯爵、あちこちに軍資金を貸している
事をマチルドにからかわれる。三十六で、フランス随一の金持ちながら、自分の
意志を持たないかのよう。
ブルターニュ、ノルマンディーにある地所の管理の為、これらの地方をも旅す
るジュリヤン。ノルベール、マチルドとも疎遠。珍しいうちが花と、自嘲的に諦
めるジュリヤン。
口数が少なく、有能なので、重宝がられるジュリヤン。利益よりも、事業その
ものを楽しむ侯爵。
カフェで因縁を付けられて決闘の約束、名刺を頼りに訪ねた相手はボーヴォワ
ジ勲士（＝シュバリエ）で別人。退出する時に出会った御者が当の相手、見るな
り馬から引きずり降ろし、銃を撃って退散させるジュリヤン。
互いに面子を守る為の決闘、腕に被弾するジュリヤン。たいした怪我でもなく、
拍子抜け。決闘後のボーヴォワジの情報収集。ラ・モールの秘書と決闘したとあっ
ては物笑いの種、ジュリヤンは高名な貴族の私生児との噂をばらまくボーヴォワ
ジ一行。
ラ・モール侯爵、痛風の悪化で外出できず。退屈しのぎにジュリヤンを重用す
る。噂を裏付けるように、夜間は青の燕尾服を着せて優雅に振る舞わせる。
渡英、フィッツ・フォーク公爵のサロンで立居振舞が見事だと褒められるジュ
リヤン。
ラ・モールの入れ知恵で勲章を授与され、ショーヌ公爵の末子と身分を偽るジュ
リヤン。かつてのヴァルノ氏、ジュリヤンを頼って侯爵に面会を願い出る。まだ
小僧っ子で断るジュリヤン。
富くじ事務所長の空席。後任の人事を任されたジュリヤン、それを気紛れに身
近な人物に与える。後、前任所長とも親しかった高名な幾何学者がその地位を請
願していた事を知り、後悔する。
レス邸の舞踏会、フールモン嬢の全盛も去年まで、今年の女王はマチルド。ジュ
リヤンとルソーについて語るマチルドは、博識をひけらかして楽しそう。何でも
言いなりの求婚者のクロワズノワ侯爵を、退屈と感じる。（この辺り、マチルド
の独白が多く、作者が楽しんで書いている様子が伺える）
片隅にいるアルタミラ伯爵、故国で死刑判決を受けた人物。爵位は金で買える
し、財産が欲しければロスチャイルドの娘と結婚すれば良い。死刑判決だけは金
で買えないと夢中になるマチルド。その魅力に屈せず、南米ペルーの将軍と語る
アルタミラ。
アルタミラと意気投合するジュリヤン、ダントンを持ち上げる。小耳に挟んだ
マチルドの興味。無意識に革命を恐れる貴族令嬢、ジュリヤンこそ革命後に生き
延びる人物という心理がある。
故国の大使ダラチェリも列席、アルタミラ引き渡しを外務大臣に要求した当の
人物。勲章目当てに、ひとつの町の町民全員を縛り首にしかねない男。ジュリヤ
ンの憤慨。立ち聞きをするマチルド、退屈さはけし飛ぶ。
ラ・モールの出自。実母カトリーヌ・ド・メディシスに幽閉された後の王シャ
ルル四世の盟友。シャルル四世の妻はナヴァール公国王女マルグリット。シャル
ル救出に失敗して処刑されたラ・モールの首を、その愛人でもあるマルグリット・
ド・ナヴァールが愛惜の念を持って抱いたという逸話あり。その血を引くマチル
ド。
サロンで横柄に振る舞うマチルド、図書室ではジュリヤンと親しく話す。兄と
妹が組んで、自分をからかっているのだと解釈する。
聖心会修道院に居た頃から、ひどくちやほやされたマチルド。こういう不幸は
取り返しが付かない。家柄、財産、容姿、あらゆる面で恵まれているから、他人
より幸福になって当然と教え込まれる。王侯の倦怠と乱行も、原因はここに発す
る。
ジュリヤンを巡って、兄と対立するマチルド。ノルベール、ケーリュス、クロ
ワズノワ、リュス諸氏の冷たい態度。
マチルドからの恋文、クロワズノワに勝ったと狂喜するジュリヤン。しかし、
これは貴族社会の面目にもかかわる。クロワズノワの従僕が四人がかりでこの手
紙を奪い返すかも知れない。手紙を聖書の表紙に隠し、フーケの下に送るジュリ
ヤン。
材木商の伜ごときに、と返事を書くジュリヤン。マチルドの部屋は、母親の部
屋を通らないと入れない。深夜に梯子をかけて窓から来てくれとの、マチルドか
らの手紙。
これは陰謀、さっさと出張に出掛けようとするジュリヤン。しかし、家柄のな
い自分は愛情を実証しなければならない、ここで退いては一生の悔い。これがケ
ーリュスらの陰謀なら、顔を目掛けて打ってかかれば良い。
午前一時、梯子を掛けて部屋に侵入するジュリヤン。愛を捧げるにふさわしい
人と、抵抗はわずか。終わってから、この人はわたしの主人になってしまったと
後悔するマチルド。
プライドの高いマチルド、たった一夜の事で優位に立たれたくない。加えて、
ジュリヤンが情事をばらすかも知れないという懸念も手伝って、冷たい態度を取
る。二日もすると、クロワズノワと相擁して泣きたいくらいに落ち込むジュリヤ
ン。
図書室で、行きあたりばったりの男と言われ、壁の剣を取ってマチルドに突き
付けるジュリヤン。
庭の散歩、ケーリュスやクロワズノワに想いを寄せた事もあると言われて、嫉
妬に苦しむジュリヤン。溶けた鉛を飲まされるよう。
ジュリヤンのように、何らかの才能に恵まれた青年の運命を左右するものは何
か。彼らは一つの党派に必死にしがみ付いている。その党派が成功を収めれば、
世の中のありとある結構なものが、彼らの上に雨と降り注ぐ。いかなる党派にも
属さない学者こそ、憐れというもの。いたってあやふやな、わずかばかりの成功
を博してさえ非難の的になるし、徳高い人々がその功を奪って勝ち誇るに決まっ
ている。
ジュリヤンの記憶力を見込んだ、ラ・モール侯爵の依頼。ユルトラの秘密会議、
そこでの議事録を頭に叩き込んで貰いたい。馬車に乗る二人、どことも知れない
サロンに到着。メンバーの中には、聖体行列で会ったアグドの若司教、ナポレオ
ンを裏切ったブールモン将軍もいる。いったん席を外し、また同席させられるジュ
リヤン。
その内容、かつてジャコバン弾圧の為に400億フランを出資したイギリス。し
かし、イギリスは不況に喘ぎ、イギリスの出資がなければ、近隣諸国も二回まで
は兵を出してくれない。教会が中心となって、ジャコバンに対する武装勢力を作
るべきだという提案。
議事録を要約して侯爵が密書を作成、それをジュリヤンに暗誦させて出発。
宿場の親爺、馬がないと偽って足止め。途方に暮れたジュリヤン、同宿にジェ
ロニモを見つける。小僧に小遣いを渡せば、村外れの厩屋に十二頭の馬がいると
の事。
深夜、親爺に伴われた僧侶、ジュリヤンの荷物を探る。薄眼を開けて見れば、
それはカスタネード師。後にジェロニモを見れば、薬を盛られて熟睡。食事の代
わりにチョコを食べていたジュリヤン。
ドイツ領内でさる公爵に落ち合うジュリヤン、暗誦が終わると、今度はストラ
スブールで待機。
ロンドン滞在以来のロシア貴族コラゾフ公爵の訪問、人懐っこい公爵。体を許
した女に、三日で捨てられたとこぼすジュリヤン。その女性にわざと冷淡に振る
舞い、ほかの女性に言い寄って焼き餅をやかせよと助言する公爵。得意絶頂のコ
ラゾフ。ずっとフランス風を学んできたロシア貴族、これでやっと師匠格のフラ
ンス人に講釈を聞いて貰えた。恋文の例文集まで用意する。
パリへ帰参、侯爵への返書。アルタミラに熱を上げるフェルヴァック元帥夫人
に夢中だと装うジュリヤン。
マチルドとクロワズノワとの婚約。
フェルヴァック夫人への手紙、十五通目にして、サロンへの招待。繁くなる文
通。こんなこと、もう我慢できませんと割って入るマチルド。
歌劇場、フェルヴァック夫人の桟敷から、ラ・モール夫人の桟敷へ席を移すジュ
リヤン。泣き続けるマチルドを確認。
イギリスのある探険家は、一匹の虎を子供の時から育てたが、手元にピストル
を置く事を忘れなかった。裕福で甘やかされたマチルドも、その虎のような存在。
マチルドの妊娠、父への手紙。侯爵の怒り、ピラール師の下へ身を寄せるジュ
リヤン。ソレル未亡人になっても良いという覚悟のマチルド。折れた侯爵、娘夫
婦にラングドックの地所を譲る。年20600フランの収益あり。
ジュリヤンを殺すか、良い身分に引き立てるか、後者を選ぶ侯爵。勲士ジュリ
ヤン・ソレル・ド・ラ・ヴェルネに対し、軽騎兵中尉の職を任命。
ラ・モール、ピラール陣営、ジュリヤンの出自を飾る為にフリレールに妥協。
軍隊で受けの良いジュリヤン、思いがけず、最初の夢を実現してしまう。
ラ・モール宛のレナール夫人からの手紙。その内容、ジュリヤンには一片の信
仰心もなく、ある家に入って成功を求める場合、その家の婦人を誘惑するのが常
套手段のひとつ、云々。
ラ・モールの翻意、家出。マチルドから見せられたその手紙は、涙で消えかかっ
た、まさしくレナール夫人の手になるもの。
ジュリヤン、ヴェリエール急行。教会で祈るレナール夫人、その後ろ首めがけ
て銃を二発。
ジュリヤン逮捕、弾丸は肩に当たって命拾いしたレナール夫人。
二ケ月後には死刑と覚悟するジュリヤン。金貨で看守を買収し、情報を集める。
レナール夫人が生きていると聞いて、神に感謝する。
恩師シェランの面会、かつての面影はなく、昔日の亡霊としか見えない。落ち
込むジュリヤン。
フーケの奔走で、空気の良い高層階の部屋にいられるジュリヤン。意外と潔癖
なフリレール、ジュリヤンをラ・モールとの和解の材料に使うつもり。
マチルドのブザンソン訪問、面会。本人は質素な身なりをしているつもりでも、
人目を引いて、有力者を頼って町中を歩き回る姿は評判になる。
マチルド、町を支配するフリレールと面会。ラ・モールの娘、しかも友人のフェ
ルヴァック夫人はフランス随一の権勢を誇る某司教の姪。膝が震えるフリエール、
陪審員の中に自分に忠実な者を十人近く潜ませるのは訳もないと請け合う。
マチルド、フェルヴァック夫人へ依頼、伯父の司教からフリレール宛の直筆文
を獲得。
レナール夫人のブザンソン到着、三十六人の陪審員全員に手紙を書く。自分に
たいした怪我はなく、ジュリヤンの才能と学識を弁護。
陪審員のうち、フリレールの息のかかったのがヴァルノ、モワロ、ショラン、
以下の連中。
公判、地方全体の関心を呼ぶ。ブザンソンの宿屋はどこも満員、往来でジュリ
ヤンの似顔絵を売る者もあり。傍聴席は若い女でいっぱい、デルヴィル夫人の姿
もあり。被告ジュリヤンの登場、ずいぶん若い、子供みたい、似顔絵より良いと
私語。
ジュリヤンの弁明。死刑は当然、レナール夫人は母に等しき存在。下層階級に
生まれ、貧困ながらも教育に恵まれ、驕った金持ちが社交界と呼ぶあの世界へ、
身の程知らずに入ろうとしたのが私の罪。
フリレール配下のヴァルノ、使命よりは、根深い嫉妬の方を優先。傍聴席、裁
判官までが啜り泣く中で、計画的殺人により有罪、死刑を宣告。
地下牢に移されるジュリヤン、控訴せず。マチルドの面会を受けながら、レナ
ール夫人を想う。
レナール夫人の面会、控訴するよう説得。ラ・モール宛の手紙は、信仰の為と
偽ってマスロン師が強いて書かせたもの。ジュリヤンの驚きと、喜び。
ジュリヤンに会わせろと座り込みを続ける、イエズス会の若い牧師。打ち明け
話を仕入れて、ブザンソン中の若い女に触れて回るのが目当て。
ヴァルノを始めとする連中の富、権勢、名誉。対する自分は心の気高さしかな
い。
クロワズノワ侯爵、マチルドを侮辱したタレールと決闘して死亡。二十四才。
国王シャルル十世の前に膝まづき、命乞いをしようと申し出るレナール夫人。
ふたりの事を世間の見世物にするような真似は止めてくれとジュリヤン。
断頭台、顔色ひとつ変えないジュリヤン。遺言を聞いたフーケ、ひとりの通夜。
深夜、マチルドの訪問。ジュリヤンの首を抱き、額に接吻するマチルド。
ジュリヤンの遺体、遺言通り、ヴェリエールを見降ろすジュラ山の洞窟に葬ら
れる。洞窟を大理石の彫刻で飾らせるマチルド。三日後、レナール夫人、あとを
追うように死亡。
スタンダール略伝
1784.1/23、マリ・アンリ・ベール、スイス、イタリア国境に近いグルノーブ
ルに誕生。父は高等法院弁護士。
1790、７才、母アンリエット、死亡。
1793、10才、ルイ十六世処刑。
1799、16才、ナポレオン、クーデター。
1800、17才、5/、ナポレオンのイタリア遠征軍に参加。6/、アルプス越え、ミ
ラノ入城。9/、少尉に任命。
1802、19才、軍籍離脱、パリで劇作家を目指す。
1806、23才、軍隊復帰、ナポレオンに従ってベルリン入城。
1808、25才、梅毒発症、水銀療法。
1810、27才、パリ社交生活、参事院書記官、帝室調度検査官に任命される。
1811、28才、愛人アンジェリーナと豪遊、ダリュ夫人に求愛、アンジェラと熱
愛。
1812、29才、ナポレオンのモスクワ遠征に参加。仏軍退却中の食糧徴発係り。
1814、31才、パリ陥落、ナポレオン流刑。ベール、年900フランの軍人恩給あ
り。しかし、就職活動には失敗。
1815、32才、これより、ミラノに長期滞在。
1827、44才、12/、アントワーヌ・ベルテ事件起こる。
1829、46才、「赤と黒」執筆、翌年刊行。
1838、55才、「パルムの僧院」執筆、翌年刊行。
1840、57才、バルザックの絶賛、世間受けはせず。
1842、59才、晩年は健康不良、痛風、卒中の発作。卒中にて永眠。
綴り
Le Rouge et le Noir Stendhal Henri Beyle
王政復古時代（1814-1830）
1814.4/、ナポレオン退位。
6/、ルイ十六世の弟、ルイ十八世の即位。
1815、ナポレオン、エルベ島脱出。百日天下。イギリス王室の呼び掛けで欧州
軍集結、ワーテルローの戦い。
7/、ルイ十八世、復位。外国連合軍の傀儡政権。亡命貴族、イエズス会僧侶の
権限強化。王よりも右寄りのユルトラ派による共和派、ナポレオン派に対する弾
圧テロ。
1824、王弟シャルル十世の即位。新聞取締法、亡命貴族に対する賠償法、涜聖
処罰法、長子相続法を制定。首相ヴィレール、マルティニャック、ポリニャック
と続く反動政策。
1830、シャルル十世、アルジェリア侵攻。
7/、市民階級の不満、七月革命。王政復古の終わり。
モデル事件
1827.7/22、グルノーブル近くの寒村の教会、元神学生アントワーヌ・ベルテ、
かつて家庭教師をしていた家のミシュー夫人を狙撃、重傷を負わせる。
貧しいながら優れた才能を買われて神学校入り、病弱でミシュー家の家庭教師
となり、恋愛事件を起こして追放。グルノーブルの大神学校に入って放校、コル
ドン家の家庭教師になり、そこの令嬢と恋愛事件を起こして追放。
すべてを逆恨みし、他の男に対する嫉妬も手伝っての凶行。同年十二月死刑判
決、翌年二月処刑。
もうひとつのモデル事件
1830.1/、大臣の姪マリ・ド・ヌーヴィル、幼馴染みグラッセと駆け落ち。ロ
ンドンまで逃避行。
上記ふたつの事件、王政復古で出世の道を閉ざされた市民階級の青年の不満。
さらに、いつ終わるかも知れない傀儡政権下で縁組みさせられる女子の不満があ
る。
寸評
愛嬌のない小説です。自分で要約を書いといて言うのも何ですが、原作小説を
読むよりは要約を読む方が楽しいくらいです。いわゆる美味しい文章というもの
がない。風景描写、心理描写で、これはと思わせる文章が皆無なのです。しかし、
革命後の反動時代の腐敗のメカニズムをえぐり出す手腕はたいしたものです。行
政とマスコミが結託して予算を喰い潰し、行政が、新しい役職を得る為の猟官活
動の場となっている現代日本が、警告として読むべき作品です。
スタンダールは軍人。ジュリヤンとラメール夫人との不倫も、まず手を握る、
唇を奪う、深夜に戸を叩くと、戦略的な軍事的発想で展開されています。本当に
相手が好きでたまらないとか、相手の幸福を願うとかいうようなものとは違う。
この作品は、情操教育には使えません。でも、ナポレオンの主だった遠征に参加
しているのは、羨ましい限りです。声ぐらい掛けて貰ったんでしょうか。